第16話 北の塔での食事会

数日後。カザヤ様銃撃の犯人が捕まった。

二か月前まで王宮に出入りしていた布商人だという。布商人はカザヤ様の衣装の生地を取り扱おうとしていたが断られ、腹を立てたという話だった。


「なにそれ……。ちょっと無理くり過ぎません?」


ディア薬師長の報告を聞いたマリア先輩は不審そうに眉を寄せる。他の同僚も首をかしげていた。

確かに動機が無理やりすぎる。ただの布商人がどうやって襲撃する暗殺者を雇えたのだろう。しかも、商売を断られたからと言って一国の王を襲うとするなんてするだろうか。


「しかし布商人がそう遺書を残して、牢屋で死んでいたのだから仕方ないでしょう。朝議もそれで話は解決という方向で進んでいる」

「でもどう考えても犯人は……」


呟いた同僚を薬師ディア薬師長が睨んだ。


「それ以上は慎みなさい。証拠はないの。犯人死亡でこの襲撃事件は幕を下ろしたのよ」


さぁ仕事に戻りなさい。

その一言声で、この話は終了となった。マリア先輩はまだ納得は行っていないようで不満そうに口をとがらせている。


表向きは解決と言うことになったけど、カザヤ様もきっと裏ではまだ調査はしているのだろう。

それにみんなも口には出さないけれど、オウガが犯人だと思っている。

あぁ、こんなことがいつまで続くのだろうか。

常にカザヤ様の身が危険なままだ。


「……カザヤ様」


そっと唇に触れる。

あの時のキス以来、まだ会うことはできていない。


‘俺の気持ちは不純物ではない’

つまりは……、カザヤ様も私のことを……?


そう考えると胸の奥が温かくなり、恥ずかしい反面満たされた気持ちになる。でもだからと言ってどうなるのだろう。

心を通わせたところで、カザヤ様との未来を考えるのは難しいだろう。それでも、あの日のキスがとても嬉しくてたまらない。

もっともっと、カザヤ様に溶けてしまいたかった。


そこまで考えてハッとする。

仕事中に何を考えているんだろう。集中しなければ。

首を振って大きく息を吐いて気持ちを入れ替える。

すると。


「ラナ、お客様よ」


ディア薬師長が硬い声で耳打ちをしてきた。

目線で外に出ろと合図をしてくる。


何だろう……。

緊張した面持ちのディア薬師長に着いて行くと、薬師部屋の外にいたのはオウガだった。

低い背にでっぷりとしたお腹。油で撫でつけた髪型のせいか、実年齢よりも10歳ほどは上に見える。正直、前国王陛下にもシュウ前王妃にも似ていなかった。


「オ、オウガ様……!?」


驚きで足を止めるが、ディア薬師長に促され慌てて礼を取る。

どうしてオウガ様がこんなところに……!?

驚きと混乱で冷や汗が流れる。

するとオウガはゆっくりとした歩き方で私の前に立った。


「お前がラナか。優秀な薬師と聞いている。先日は侍女が入れた毒から母を守ってくれたそうだな。礼を言うぞ」


尊大な物の言い方に、いやでもこの人は王族なのだと感じる。そう感じさせない人が側にいるから尚更だ。

オウガの言葉にさらに深く礼をする。


「とんでもございません。当然のことをしたまでです」

「そうか。だが息子として母の命を救ってもらった礼はしたいと思ってね。今日の夜、一緒に食事でもどうかな?」

「お、お食事ですか……?」

「それとも何か予定でも?」


今のところ、カザヤ様からもシュウ前王妃からもお呼びがかかってはいない。ということは、オウガの予定を優先しなければならない。


……行きたくないな。


そう思うが、そんなことは口が裂けても言えるはずがないので、顔を引きつらせながらもニッコリと微笑む。


「ありがとうございます。光栄でございます」

「では仕事終わりに迎えをよこそう」


ニヤッと笑うと、オウガは衛兵や侍従を従えながら帰って行った。

姿が見えなくなったところで、大きなため息をつく。すると、肩を軽くポンっと叩かれた。


「また厄介な人に目をつけられたわね。あなたはどうしてこうも王族に気に入られるのかしら」


苦笑する薬師長を涙目で睨む。


「そんなの私が聞きたいくらいですよ!」

「はいはい、まぁ頑張りなさい」


当然、救いの手を差し伸べてくれるはずもなく、薬師長は戻って行った。

どうしよう……。

オウガは母のお礼なんて言っていたけれど、実際のところはどういう意図があって誘ってきているのかわからない。

カザヤ様の秘密とか弱みを話せなんて言われたらどうしよう。

そう言われてもそんなの私が知るわけがないんだけど……。

重いため息が出る。


「どうした?」


直ぐそばで低い声がしてハッと顔を上げる。

ワサト隊長が首をかしげていた。


「ワサト隊長様。お疲れ様でございます」

「おお。ラナ、湿布をいくつかもらえないか? もう切らしちまって」

「わかりました。今持ってきますね」


薬師室へ戻り、湿布を手にワサト隊長の元へ行く。


「サンキュ。助かった」


じゃぁと帰ろうとしたワサト隊長を咄嗟に呼び止めた。


「あの、ワサト隊長様!」

「なんだ?」

「あの……、カザヤ様に今日はオウガ様から夕飯に誘われているのでお部屋には行けないとお伝え願いますか? またお時間がある時に伺いますと……」


私の言葉にワサト隊長は片眉を上げる。


「……承知した」

「よろしくお願いいたします」


少しだけ遠巻きに夜の内容を伝えると、ワサト隊長は心得てくれたようだ。ワサト隊長、カザヤ様に私の居所が伝われば何かあった時もすぐに知れることになるだろう。

ホッと息を吐くと、仕事に取り掛かる。しかし身が入らないのは当然であった。


シュウ前王妃からもカザヤ様からも声掛けはなく、今日の仕事を終える。

荷物をまとめて薬師室を出ると、少し離れたところにオウガの従者が立っていた。


「お待ちしておりました。こちらへどうぞ」


促されるまま、後をついていく。

オウガの塔は王宮中心部からは少し離れている北側の塔だ。外観や塔周辺はあまり手入れされていないが、塔の中は金や銀の装飾があちらこちらに施されてきらびやかだ。

カザヤ様の塔はシンプルで質素だったし、シュウ前王妃の塔もここまで飾られてはいない。

外と中の様子があまりにも違うため呆気にとられた。


「こちらの食堂でお待ちでございます」


ノックをして扉を開けると、テーブルには豪勢な食事が至る所に置かれ、その先でオウガがニコニコと笑顔で座っていた。


「お待たせして申し訳ありませんでした」

「あぁ、いいよ。さぁ座りたまえ」


長方形のテーブルの先と先に座る。給仕たちが忙しく動き回り食事を出してくれた。


「さぁ、たくさん召し上がれ。母のために命を懸けてくれた薬師に心ばかりの礼だ」

「ありがとうございます」


命を懸けたなどとは大げさだが、ここで断るのは不敬に当たる。


食べなきゃだよね……。


私は少しずつ食べていくことにした。

こんなにおいしそうな料理に毒が入っているかもしれないなんて、顔にも出してはいけないことだ。しかし用心するに越したことはない。

なにせ、オウガは私がカザヤ様と親しくしているのを知っているはずなのだから……。


しかし私の思いは杞憂に終わった。

どの食事も飲み物も毒など入っておらず、とても美味しいものばかりだったのだ。

やはり考えすぎだったのかな……。


「とても美味しかったです。ありがとうございました」

「いいんだよ。ラナに喜んでもらえたなら良かった。兄上とはこうした食事はとらないのかい?」


にこやかにサラッと聞かれ、私は一瞬言葉を理解するのに時間がかかった。


「え……」

「兄上と頻繁に会っているんだろう? こうして食事をとったりするのかい?」

「あ……、いえ……」

「そうか、じゃぁ兄上とは体だけの関係なのかい?」


体だけの関係!?


言われた言葉にぎょっとする。オウガは笑顔のまま世間話をするかのように聞いてくる。しかしその目は笑っていない。


「ち、違います。カザヤ様とは時々お話をさせていただくだけで別に……」

「そうか。じゃぁ兄上の片思いなのかな?」

「片思い!? いえ、私たちはそんな関係ではないですから!」


冷や汗が出てくる。

動揺したところで、給仕が飲み物を運んでくれた。落ち着かせるようにそれをグイっと飲んだ。


「!?」


しまった。

そう思った時は、口の中に違和感が残っていた。

ぐらりとめまいが起こる。咄嗟にテーブルに手をつくと、飲んだ飲み物が倒れて床にこぼれた。


「兄上には何をしてもかなわない。上手くいかないんだ。何度も刺客を送ってやったのにね。でも俺はどうしてもあの綺麗な顔が絶望に歪むところが見たくてたまらない」


オウガは笑いながら一歩一歩、私の方に歩いてくる。

めまいが起こり、意識がもうろうとしてくる私はそれでもオウガの言葉に耳を傾けた。


「刺客……?」


ではやはり、オウガがあの襲撃を指示していたのか。


「何度も何度も送ったんだよ。料理に毒も仕込んだ。でもあいつは結構しぶとくてね。病弱だからいつか死ぬと油断していた俺がバカだったよ。いつの間にか健康になっていて……、いや健康だったのを隠していたのかな? 全く、こんなことになるならもっと早くに消しておけばよかったよ」


肩をすくめて苦笑するオウガの瞳は狂気に満ちていた。まともな精神ではない。


オウガは次期国王に自分がなると思っていた。カザヤ様はいつか死ぬのだからと。その目論見が外れ、今こうして焦っているのだろう。

カザヤ様がとにかく邪魔で、どうにかして殺したくてたまらない。それしか考えられなくなっている。

国のため、国民のために国王になりたいのではない。ただただカザヤ様がいなくなればいいとそれだけしか考えていないのだ。


「いつか必ずあいつを亡き者にする。けど、先にあいつが大切にしている者を壊すのも良いと思ってな」

「壊す……」

「本当はこの前の襲撃事件の時に、どさくさに紛れてお前も消そうと思ったんだけど、お前はなぜか母上の塔に泊まっていた。あそこは俺でも手出しは出来ないからな。命拾いしたな」


椅子から崩れ落ちる私に、オウガはしゃがみ込んでにやにやと笑っている。

あぁ、もう力が入らない。

意識が飛びそう。眠らないように手に力を入れるが、その力も入らなくなってくる。

どうしよう……、カザヤ様……。

言葉にならずに名前を呼ぶ。そうして私の意識はそこで途絶えた。




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