第17話 威圧と緊張

「陛下、定時報告です」


ワサトが定時報告に執務室へ来たのは昼過ぎのことだ。

王宮内で特に不審なことは起きていないという報告だ。少しでも何かあれば隊長であるワサトに話が行くように指導されており、そのワサトから俺に定時で報告するのが義務になっている。


「わかった。報告ご苦労」


書類に目を通しながら頷くが、ワサトは退出しようとしない。

不審に思い、「どうした?」と顔を上げ目が合うとワサトがニコッと笑みを浮かべた。


「今朝、湿布薬の補充に行った際にラナに会いました」

「ラナに?」

「えぇ。陛下はラナによくお会いになっているんですね。ラナが今日はオウガ様から夕飯に誘われているので、陛下に会いに行けないと伝言を受けたんですよ」


そう話すワサトは顔だけ笑みを浮かべるが、その瞳は真剣そのものだ。俺をじっと見つめてそらさない。


「……そうか」

「はい。ではちゃんと伝えましたからね。あぁそうだ、陛下」


踵を返したワサトがゆっくりと振り返る。悪い笑みを浮かべながら。


「ラナが来ないなら、今夜は一人飲みでもするおつもりですか? それでしたら俺もご一緒しても?」

「あぁ、別に構わないよ」

「では私も参加してよろしいですか?」

「えぇ、バルガ殿。ふたりで陛下が飲みすぎないよう目を光らせましょう」


二つ返事で頷く俺とバルガに、ワサトは一礼して部屋を出て行った。


全く、俺らしかいない執務室であんなに含むいい方をしなくてもいいのに……。

そう思うが、いつどこで誰が話を聞いているかわからない。用心するに越したことはなかった。


ふぅと小さくため息をついて気持ちを落ち着かせる。

オウガが動き出したか……。

ラナを誘ったのは、きっとシュウ前王妃の件のお礼と称してだろう。ラナに断る権利はない。いつかこうなるとは思っていたが、ついにラナを標的にし始めたな……。

ラナはワサトに自分の居場所を伝えていた。ラナ自身、オウガを警戒してだろう。


その気持ちを理解したワサトは俺に伝え、「今夜飲みましょう」と誘ってきた。本当に飲みたいわけではない。

つまり、「オウガの元へ行くなら俺もお供します」ということだ。


「余計なお世話だ」


俺が飲みすぎないように目を光らせる。つまりそれは、俺がオウガの元で暴れすぎないように目を光らせるということだ。

全く、信用ないな。

苦笑し、口元に弧を描くがその目は鋭く細められる。


「カザヤ様。今からでもラナに予定を入れますか?」


囁くようにバルガが告げる。

しかしそれには首を横に振った。


「いや……、そんなことをしたら俺たちが感づいたのがばれる。ラナには悪いが、そのまま食事会に行ってもらおう」

「よろしいのですか?」

「しかたない」


バルガは承知しましたと一礼をして部屋を出て行った。


一人になった部屋で、俺は舌打ちをつく。

本当は仕方ないとは思えない。今すぐにでもオウガの元へ行って、ラナを巻き込むなと叩き潰してやりたくなる。

しかしそこでしらばくれられても厄介だ。


ラナが捕らえられるのか、危害が加えられるのか……。どこまでされるかわからない。オウガがラナの体に触れるところを想像するだけで、腹が煮えくり返るようだった。

と、同時に自嘲の笑みが漏れる。

ラナが危険になるとわかっていて、俺は国王としてオウガを断罪しようとしている。つまりはラナはある意味囮だ。

愛するものを囮に使うなど、最低な行為だ。

自分の冷酷さと冷めた部分に呆れる。


「さて、どうするか……」


一応、ワサトかバルガの部下を潜入させるべきか……。

多くの警備隊らを連れて行くわけにはいかない。オウガ側の刺客に囲まれても、俺とワサトとバルガがいればある程度は抑えられるし何とかなるだろうが、なにせ状況が読めないからな……。

うーん、どうしようか……。


必死で頭の中を動かして策を練っていると、執務室がノックされた。


「カザヤ様、お忙しいところ申し訳ありません。ご面会です」

「面会?」


バルガが控えめに扉を開ける。

その後について入ってきた人物に俺は息を飲んだ。


「あなたは……」

「お忙しい所、失礼しますね。国王陛下」


どこかわざとらしさをにじませつつ、シュウ前王妃は恭しくドレスの裾を掴んで簡単な礼を取る。

彼女がこの部屋に来るのは初めてだ。

いや、そもそも俺を訪ねてくること自体初めてな気がする。一瞬驚きで言葉を失うが、すぐに身を立て直してソファーに座るよう促した。


「前王妃、どうされたんですか? 突然」

「今さらではあるけれど、あなたに国王就任のお祝いをしていなかったと思いましてね。おめでとうございます、カザヤ様」


優雅な振る舞いでニッコリ笑みを浮かべている。

本当の目的はお祝いなどではないだろう。その意図が見えずに、どう返していいのかわからない。


「ありがとうございます。まさか前王妃にお祝いしていただけるとは思いませんでした」

「あら、そう? 新しい国王誕生を祝うのは当然のことですわ」

「就任したのが俺でもですか?」


低めの声でそう尋ね返すと、前王妃は視線だけを俺に寄こした。

本来なら自分の息子であるオウガに国王になって欲しかったはずだろう。しかしこの余裕の笑みは一体なんだ?

……本当にくえない人だな。

前王妃はスッと目を細めた。


「前国王は新国王について、私に進言すらさせてもらえませんでしたわ。意見すらお聞きにならなかった。私は結局、最後まであの方にとっては‘第二王妃’でしたのよ。ですから私にとやかく言う資格などありませんの」


フフっと笑みをこぼす。


「この国の全ては新しい国王に任せておりますからね。でもね、前王妃として責任は取らなければとは思っているんですのよ?」

「責任……? どういうことですか?」


優雅に微笑むシュウ前王妃の目は、俺と同様に笑ってなどいない。

張りつめた緊張感が部屋を満たす。


「ラナは可愛いわ。あなたが大切にするのもよくわかるわ」


囁くような声に、俺はピクッと肩を揺らす。前王妃は赤い唇に笑みを浮かべたままだ。


「……ラナに贈り物をしてくださったとか。ありがとうございます」

「あらやだ。どうしてあなたがお礼を言うの? もしかしてもう恋人気取り? 思いも通じ合っていないのに?」


揶揄するようにくすくすと笑うその様子に内心舌打ちをする。


確かにはっきりと思いは告げてはいない。

しかし今までの態度や先日のキスから、ラナだってこの気持ちには気が付いているはずだ。そしてまた、それに対してラナが迷いを見せていることにも俺は気が付いている。

大きな身分の差はない。しかしラナは今までの国の慣習や慣例から、二人の関係が望むような形にならないだろうと思っている。


だからこそ俺に対してどういった態度で接すればいいのかわからないのだろう。

きっと今までのようにただの薬師として接していた方が楽だったのかと思うかもしれない。前王妃はそうした俺たちの機微を見抜いている。


「男って言葉を使わないのよねぇ。前国王もそうだったわ。言わなくても伝わるだろうみたいなね……。嫌になっちゃう」


女の口調になった前王妃は意味ありげに俺を見た。


「あれだけ毎日仕事終わりに呼びつけていれば普通は何かあるべきでしょうけど。意外とピュアなのね。そんなことしているとオウガに取られてしまうわよ」


初めは国王として敬意を払い、敬語を使っていたようだがそれももう取り払われている。そんな中で忌々しい名前を聞き、俺は自然と低い声を出した。


「なるほど。あなたの本題はそこですか」

「……あら、纏う空気が変わったわね」


俺の放つ冷たく重い空気に、前王妃が少しだけ顔を引きつらせる。


「何をご存じですか?」


圧をかけながらそう尋ねると、前王妃は小さく息を吐いた。


「そう威圧をかけないで。いつも冷静沈着なあなたが、ラナのことになると変わるのね。それが知られたらどうなるのかしら」


遠回しに指摘され、俺は目をそらし気持ちを抑える。


「一つだけ言えることは……」


そう言いながら前王妃は席を立つ。


「ラナが私の贈り物を大切にしてくれているならラナは大丈夫よ。責任は私が取ることになるのだから」


意味ありげに微笑むと、前王妃は従者を伴って部屋を出て行った。




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