第12話 また会いに来て……
「きゃぁ……!!」
大声を上げそうになり、腕を引っ張ってきた相手に口を塞がれる。逞しい腕と大きな手が私の口と体をとらえた。
人影のない物陰に連れ込まれた私は恐怖で声も出ず、身を縮こませる。辺りは真っ暗で、しかも後ろから抑え込まれているため相手の顔が見えない。
どうしよう、どうしよう……!!
心臓が口から飛び出るのではないかと思うくらい恐怖を感じていた。
すると……。
「ラナ、俺だ」
耳元で囁くような声が聞こえた。良く知る、低く甘い響きの声。聞きなれた声に、強張った体の力がゆっくりと溶けていく。
そっと顔を後ろに向けると、そこには困ったように微笑むカザヤ様がいた。
「カ、カザヤ様……」
「悪い、驚かせたな」
私の顔を見て、申し訳なさそうに眉を寄せる。
たぶん、真っ青になっているのだろう。まだ少し手が震えている。
「お、驚かさないでください。怖かった……」
「本当にごめん。ただこうでもしないとお前に会えそうになかったからな」
私を落ち着かせるように、カザヤ様は何度も背中を撫でてくれる。大きな温かい手に次第に呼吸が整っていった。
と、同時にカザヤ様が後ろから私を支える様に体に触れて顔を覗き込んでいることに気が付く。
あの日のキスを思い出し、頬が熱くなるのを感じてそっと目をそらした。
「……カザヤ様、どうしてこんなところに?」
「言ったろう? こうしないとお前に会えそうになかったから」
「会いに……来てくれたんですか?」
呟くように聞くと、悪戯が成功した子供のような顔で頷かれる。
辺りを見ても護衛の姿は見られない。バルガもいないようだ。本当に、一人でここへ来たのだろう。
しかし、いくら王宮の敷地内とはいえ、一人で出歩くなんて少し危険ではないだろうか?
私の表情から、言いたいことが伝わったのだろう。カザヤ様は苦笑した。
「大丈夫だ。剣も持っているし、いざとなっても俺はそれなりに強い」
「はい……」
それは本当だろう。
あの王宮騎士団に交じって練習をしていたくらいだ。並みの兵士よりも腕は立つ。しかし、私なんかに会いに来て怪我でもしたらと思うと心配ではある。
「心配はない。すぐに戻るから」
優しい声で私の頭を撫でてくる。
その心地よい手に、今まで少しささくれ立っていた心が穏やかになってゆくのが分かった。
「あの、ずっとお部屋に行けなくて申し訳ありませんでした」
「いや、気にするな。バルガからシュウ前王妃がお前を手放そうとしないと聞いている」
「バルガ様から?」
あの冷めた顔を思い出す。
バルガは頭が切れると評判の国王付き第一従者だ。私の行動など簡単に情報が入るのだろう。
「仕方ないさ。しばらくはシュウ前王妃に付き合ってやってくれ。ただ……」
カザヤ様は私の目を覗き込む。
「なにかあったら、いつでもいいから俺に報告しろ。お前に何かあってからでは遅いからな」
真剣な目で言われ、小さく頷く。
シュウ前王妃は何を考えているのか、どういった人物なのかいまだに掴めない。私を使ってカザヤ様を陥れようとしている可能性だって高いのだ。私のせいでカザヤ様が危険な目にあうのだけは避けたい。
「ちゃんと報告します。でもなかなか会えないから……」
「俺がまた会いに来るよ」
耳に寄せられた形の良い唇は、低く甘い声でそう囁いた。思わずビクッと体を震わせると、カザヤ様が小さく笑う気配がした。
「だからラナも、俺に会いたいって思っていて?」
どこか甘える様な声色に少しばかり可愛いと感じてしまう私は重症だろう。
会いに来たいと思ってくれている。それだけでとても嬉しくて幸せだった。
私の思いは不純物で、抱いてはいけないのに……。
カザヤ様にこうして思いを寄せられるのなら、私も少しは期待していいのだろうか。
そっと顔を上げると、近い位置でカザヤ様が優しく見下ろしていた。
顔が近い。
カザヤ様が触れる肩から心臓の音が聞こえてしまいそうだ。
「ラナ……」
カザヤ様の顔が近づく。避けられない。
甘く熱を含んだ瞳に見つめられ、私は体が縛り付けられたように動けなかった。このままでは溶けてしまう。そんな気すらした。
カザヤ様から目を離せずに、動けないでいると背後で小さな物音がした。カザヤ様の表情が一瞬で険しくなる。
鋭い目で後ろの気配を感じる様にジッと息を殺すが、害はないと判断したのかフッと体の力を抜いて私に微笑みかけた。
「このままここに居たら怒られそうだ。また来るよ」
カザヤ様の体が離れると、ほっとしたと同時に寂しさを感じてしまう。
「そんな顔をするな。離れがたくなる」
「えっ、いえ私は別に……」
慌てて顔を隠すように俯くと苦笑された。じゃぁなと頭をひとなですると、カザヤ様は暗闇に紛れる様に帰って行った。
ホッと息を吐く。
緊張とドキドキとでうまく呼吸が出来なかった。でも胸の中がじんわりと温かい。
ほくほくした気持ちで、さぁ部屋に帰ろうと振り返るとそこにはバルガがひっそりと立っていた。
「ひゃっ!」
驚きで小さな悲鳴が出る。
「バ、バルガ様! 驚かさないでください!」
この主従は人を驚かせないと気が済まないのかと思うほどだ。バルガは軽く私に頭を下げると、カザヤ様の後を追うように去って行った。
もしかしてさっきの物音はバルガ様……?
見られていたのかと、胸がヒヤッとした。
カザヤ様への気持ちに不純物は紛れていないかと聞かれたばかりだ。それなのに、親密そうに顔を赤くして顔を寄せていれば嘘だとバレバレだろう。
会いに来てくれると行ったカザヤ様の気持ちは嬉しいけれど、バルガが見ているなら素直に受け取れないような気がしてきた。
もういっそのこと、素直に認めたらよいのだろうか。
でも……。
胸の中で、おびえる自分が顔を出す。
カザヤ様を想ったところで、カザヤ様はいつかお妃様を迎える日が来る。一国の国王だ。きっと隣国の姫君や王女が婚約者としてあてがわれるだろう。私の実家は一応貴族で子爵家だけど、国王の妃になれるような階級ではない。
「って、何を考えているのよ。私ったら」
部屋についてボスっとベッドにダイブする。
妃だなんて、なんてことを考えてしまったのだろう。そんなあり得ないこと。
「ありえないよね……」
私はただの薬師だ。
薬師としてカザヤ様を癒してあげればいいと言われたが、まさにその通りである。
でもどうやって? この気持ちを隠すならどうやって癒せばいい?
会いに来てもらったら嬉しいし、体が触れるだけでドキドキする。あのキスも、もっと深いキスが欲しいと思ってしまうこともある。
国王になって、病弱のカザヤ様ではなく本来の姿のカザヤ様を近くで見ていたらどうしようもなく惹かれてしまう。
見た目だって、背が高くて凛々しい綺麗な顔立ちで、鍛えているから体つきもいい。剣術も政治の能力も長けている。性格だって優しいし頼りになる。
そんな人を間近で見ていて、好きになるなという方が難しい。
でも、好きになったところで辛い結末しか浮かばない。自惚れるわけではないが、今は可愛がってもらっていると思う。
しかし、ずっとこれが続くわけではない。いつか妃候補として婚約者が現れ、カザヤ様はその人と結婚するだろう。
私は一介の薬師としてそれを祝福しなければならない。
どんなにカザヤ様を想っても、相手は国王陛下。決して報われることのない想いだ。だとしたら、この気持ちが膨れ上がって取り返しがつかなくなる前に、消し去ってしまわなければならない。
きっとシュウ前王妃付きの薬師になった今がそのチャンスなのだ。
淡い恋心など捨て去らねばならない。
いつか、妃を迎えるカザヤ様に「おめでとうございます」と笑顔で祝福する日のために……。
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