第13話 贈り物
せっかくいい雰囲気だったのに、とんだ邪魔が入ったな。
俺は背後の気配に心の中で小さく舌打ちをする。仕方ない、ここはいったん帰るか。
ラナに別れを告げ、王宮に戻る。途中、立ち止まってその気配が近づくのを待った。
「どういうつもりだ?」
俺は軽いため息とともに、そいつに話しかける。そいつはハッとしたように足を止めるが、俺にばれていたと気が付くとゆっくりと歩いて近寄ってきた。
「申し訳ありません」
言葉ではそう言いつつも、全く悪いと思っていないところがバルガらしい。
「そんなに俺がラナに近づくのが気に入らないか?」
「そういうわけではございません」
「そうか? お前、ラナに牽制していただろう?」
そう問いかけると、かすかに眉を顰める。
「ラナに俺への気持ちに不純物はないかと尋ねたらしいな」
「なぜそれを……」
「王宮内で俺に情報を与えてくれる奴なんてたくさんいるからな」
あちこちに密偵はいる。
そのことはバルガだって知っているはずだ。納得したように小さく頷くと、バルガは口を開いた。
「選んだ言葉が悪かったですね。しかし牽制ではありません。現に私はラナに一言もカザヤ様を好きになってはいけないとは言っていませんからね」
確かにそうは言っていないが、あの言い方ではラナに誤解を招いてもおかしくはない。
「ただカザヤ様がいくらラナを気に入っていても、それが長く続かないことは承知の上では? 一時の戯れとして側に置くのなら何も言いませんが……」
俺は今度こそ音に出して舌打ちをした。いくら一番信のおける従者であっても、触れてはいけない部分というものがあるんじゃないか?
ため息をついて軽くバルガを睨む。
「わかっているよ。で? 何か話があるんだろう?」
「先ほど、シュウ前王妃付きの侍女が一人処刑されました。先月、侍女になったばかりの娘です。罪状は暗殺未遂。紅茶に入った毒をラナが見破ったそうで、シュウ前王妃に害はありません」
簡潔に話すバルガの言葉に、一瞬眉を顰める。
「ラナが毒だと気が付いたのか。ラナに飲ませたな……」
「ラナは薬師です。耐性はあるのでしょう。前王妃もそれをわかったうえで、毒味役をさせたのだと思います」
俺はギリッと奥歯をかみしめた。
前王妃は俺が可愛がっていると知ったうえで、ラナに薬師として毒味させたのだろう。もしこれでラナが倒れでもしたら……。
先ほどまでのラナを思い浮かべる。
特別変わった様子は見られなかった。話し方も声も、手や体の不自然な震えもない。本当に体に害はなかったのだろう。
しかし、あの前王妃付きのままだと今後もこういうことが頻繁に起こるのではないか? いくら薬師で毒の耐性を持つとはいえ加減だってある。
しかし俺の権限で引き離そうかとも思うが、前王妃の私的な決定はなかなか口出しが出来ないというのが現状だ。
「オウガの方はどうだ?」
「最近はとても大人しいですね。何か企んでいるのかもしれません」
「引き続き調べてくれ」
「承知いたしました」
俺が国王になってから、オウガの動きが大人しい。就任直後の襲撃はオウガの手によるものだろうと推測されている。
俺さえいなければ次の国王はオウガだ。嬉々として暗殺しに来ると思っていたのだが……。
強欲で自己中心的なオウガがこのまま黙っているとは思えない。
「引き続き警戒をしてくれ」
俺の言葉にバルガが深く頭を下げた。
数日後。
閣議会議を終えた俺の元にラナの情報が寄せられた。会議後の談笑をするふりをして、若い大臣の一人が声を潜めた。
「薬師に贈り物をされたそうですよ」
誰が誰に何を。そこまでは言わないが、それだけで俺は何の話かを察する。若い大臣は自分の部下を使って王宮内の情報を集めてくれていた。
言葉だけならなんてことない話だが、大臣の表情は真剣でその瞳は含みを持っている。
「ほぉ……。それは羨ましい。物は?」
「異国の金色の腕輪だとか」
「そうか。ありがとう」
そう告げると、大臣は頭を下げて去っていく。
異国の金色の腕輪か……。
ブレスレットではなく腕輪と表現したということはそれなりに存在感がある大きさなのだろう。
あのシュウ前王妃が使用人に贈り物を渡すのはとても珍しいこと。つまり、それは意味のある贈り物だということだ。
「どういう意味か……」
俺は軽く息を吐いた。
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