第3話 黒ずくめとカザヤ様

極上のお風呂に満足した私は上機嫌で部屋に戻った。

つるつるになった肌に、なめらかな生地のワンピース型の夜着がとても着心地がいい。ルンルンな私に、カザヤ様が紅茶を入れてくれた。


「ハッ! いけません、カザヤ様! それは私がいたしますから!」

「いいから。俺も飲むついでだ」


そう言われて真っ赤になる。

カザヤ様が気安い方だからつい甘えてしまいそうになるが、相手は一国の王子だ。

本来なら私がやるべきことなのに……。


「申し訳ありません……」


うな垂れる私にカザヤ様はポンっと頭を撫でた。


「ここに居ろと命じたのは俺だ。俺の部屋にいるお前は客人なんだからもてなされていろ」


もう十分もてなされている気がする。

立派な食事に豪華なお風呂。王子に入れてもらった紅茶。こんな経験、二度とすることはないだろう。


「どうした? 湯あたりでもしたか?」

「いえ……。動き回るカザヤ様を見つめておりました」


ジッーと見つめていたので、怪訝そうな顔をされてしまった。


「見つめてどう思った?」

「不思議だなと……。私が知っているカザヤ様はいつも布団の中で青白い顔をしていました。こんな風に動き回るところを見たことがありません」

「あぁ、そう言われるとそうだな。病弱な俺に筋肉がついていたらおかしいだろう? バレないようにいつも布団の中にいた」


それでいつも顔しか出ていなかったのか。

カザヤ様はスラッとしているけれど、服の上からも筋肉が付いていることはわかる。確かに病弱の体つきではない。


「ラナが来る前は騎士団に紛れて訓練に参加していて、慌てて戻って布団にもぐるから酸欠で顔が青白くなるのだろう」


おかしそうに笑うカザヤ様に目を見開く。


「だからいつも薄っすらと汗をかいていたのですね!」


パズルがどんどんとはまっていく感じがする。


「じゃぁ、あの栞の花も実は……?」

「あぁ、俺が摘んできて作った。大っぴらに歩けないから贈り物もしにくいから、子供のプレゼントみたいで恥ずかしいけどな」

「とんでもありません!」


私は大きな声でそう言った。カザヤ様が少し驚くが構うものか。


「私、その栞がとっても嬉しかったんです! カザヤ様からいただいた大切な宝物です」


そう力説するとアハハと笑われた。


「そうか、良かった。喜んでもらえたならすごく嬉しい」


カザヤ様が嬉しそうに笑う。

その姿に胸がキュンと苦しくなった。


すると、カザヤ様の部屋の扉が「コンコン」と叩かれる。ハッとした表情になり、一気に空気が硬くなり緊張が走る。

奥の部屋の続き扉からそっとバルガが入ってきた。

その手には剣が握られている。二人は目くばせをしあうとゆっくりと身構えた。


「はい?」


カザヤ様は静かな声でそう返事をした。私がいつも薬を届けに行っていた時と同じ返事の声。その声から扉の先にいるのは病弱なカザヤ様しか知らない人だと察する。


「カザヤ王子殿下、夜分遅くに申し訳ありません。殿下の専属医師であるモレイン様から手紙を預かっております」

「モレインから……? ではそこに置いといてくれないか?」

「承知いたしました」


そして扉の隙間から手紙が差し込まれる。

カザヤ様がそれを受け取った瞬間。

鍵がかかっていた扉が勢いよく開かれ、黒ずくめの男たちが4人入ってきた。カザヤ様はとっさに腰に下げていた剣を引き抜いて、先頭で飛びかかってきた一人の黒ずくめをためらいなく切る。

その素早い身のこなしに、他の三人が怯んだ様子を見せた。

その隙にカザヤ様は男たちと距離を取る。


「ラナを奥へ!」

「はい!」


バルガが私を押して奥の部屋へ逃げるよう促す。しかしその動きに男たちも反応した。

二人がカザヤ様に向き合い、一人がこちらへ駆けてくる。


「キャァァ!」


バルガが私の前に立ち、剣を抜いて男と対峙した。腰が抜けた私は床に這いつくばりながら奥の部屋へと逃げる。


すると。


「お待たせしました」


扉から王宮騎士団隊長ワサトが入ってきた。


「カザヤ様、遅くなってすみません。廊下にもこいつらの仲間がうじゃうじゃしていたもので」

「よく来た、ワサト」


カザヤ様はニッと笑みを浮かべると、向かってくる男たちを相手に剣を合わせる。

その光景に私は隠れながら唖然と見ていた。

ワサト隊長はもちろんだが、カザヤ様はそれに引けを取らないほど強い。バルガも十分な身のこなしだが、二人に比べると劣るのは確かだ。


「あんなにお強いなんて……」


後から次々とやってくる黒ずくめの男たちをいとも簡単に制圧していく。

するとその時、窓ガラスが激しく割られ、一人の男が侵入してきた。そして私に手を伸ばすと、はかいじめにしてくる。


「いやぁぁっ!! 痛い! 離して!」

「うるさい! 黙れっ!」


私の叫びを聞いて、カザヤ様が駆け付けた。


「ラナ!」

「来るなよ、カザヤ王子。来たらこの女を殺すぞ」


黒ずくめの男はニヤニヤしながらナイフを渡しに突きつける。他の男たちは倒したのか、ワサト隊長とバルガも駆け付けた。


「お前……。ここは王子殿下の居室だぞ。場をわきまえろ」


ワサト隊長の言葉に黒ずくめが失笑する。


「仲間を散々倒しておいてそのセリフはないだろう。俺たちはカザヤ王子に死んでもらわないといけない。そのためには何でもするさ」


下卑た笑いをする黒ずくめにカザヤ王子は一歩近寄った。


「俺を殺すように命じたのは王妃か? それとも第二王子か?」

「どっちだっていいだろう!!」

「お前、今、第二王子という言葉にかすかに瞼が痙攣したぞ。命令したのは第二王子か……。結構な人数集めやがって。ここまで大人数とは思いもしなかったぞ」


呆れたようにため息をついたカザヤ様はそのままこちらへ歩いてくる。


「来るな! この女を殺すぞ!」

「その人は放せ。俺を殺しに来たのなら俺にナイフを突きつければいいだけの話だろう」


カザヤ様は持っていた剣を床に落として両手をあげてみせた。


「ほら、丸腰だ」


黒ずくめはニヤァァと笑うと私を床に突き飛ばし、ナイフを振り上げて走り出した。


「死ねぇぇ!!」

「ワサト!!」


ワサト隊長は床に落ちたカザヤ様の剣を拾い上げるとそれをカザヤ様に投げる。黒ずくめから目を離さないまま、その剣を受けとるとカザヤ様は大きく振りかざした。

それは一瞬の出来事だった。

黒ずくめの男は血しぶきをあげながら床に倒れ込む。息一つ乱していないカザヤ様は、剣に付いた血のりを払った。


「バルガ様」


不意に部屋の隅で人影が動いた。

その人影はバルガに何か耳打ちすると、いつの間にか消えていた。


「カザヤ様。国王陛下が崩御され、司教よりカザヤ様が次期国王陛下になられると宣言があったそうです」

「そうか……」


カザヤ様はハァァと息を吐く。

バルガとワサト隊長はその場に膝をつき、「国王陛下、おめでとうございます」と礼をした。


「ありがとう。二人のお陰だ。それにしても予想よりも多かったな」

「申し訳ありませんでした。廊下で食い止めていたのですが、あまりの人数の多さに手を焼きまして……」

「いや、いい。俺の見積もりが甘かった」


カザヤ様はそう言うが、二人はまだこうべを垂れたままだ。

私も同じようにしなければならないのに、体に力が入らず、床にへたり込んだまま。カザヤ様はそれを見て手を差し伸べてきた。


「ラナ、大丈夫か?」

「カザヤ様……、あの……」


思っていた以上に恐怖が押し寄せて、手が震えて言葉も出ない。自分でも血の気が引いているのが分かった。部屋の中は血だらけで、血のにおいが充満している。


初めて人が切られるのを目の前で見てしまった。

すると、私の様子を見たカザヤ様が私の体に手を差し込むと一気に抱き上げた。


「ひゃぁぁ!! カザヤ様、降ろしてください!」

「何を言う。立ち上がれないくせに」


カザヤ様は私を抱えたまま、続き扉がある奥の部屋へと向かった。

そこは戦闘場所にはなっていなかったので綺麗なままだ。


「客室だ。俺の部屋は血まみれだからな。しばらくここで休むといい」

「あ、ありがとうございます」


カザヤ様は広いベッドに私をそっと降ろした。そして戻ろうと踵を返す。


「カ、カザヤ様!」

「なんだ?」

「あ、あの……」

「すぐに戻るから」


そう言うと部屋を出て行った。

奥ではカザヤ様が何か指示する声が聞こえる。血の匂いが鼻の奥に残ってクラッとめまいがする。そのままベッドの上に寝転がった。

もう頭がパンクしそうだ。

そう思いながら目を閉じた。


「大丈夫か?」


薄暗い中、ふいに声をかけられて目を開ける。カザヤ様が私を覗き込んでいた。


「カザヤ様!」


慌てて起き上がろうとするが、頭がズキッと痛んで倒れ込む。

時計を見ると30分ほどウトウトしていたらしい。


「どうした? 怪我でもしたか?」

「いえ……、たぶん血の匂いに当てられただけだと思います」

「無理するな。そのままここで休むといい」


そういうとカザヤ様もベッドに横になった。


えぇ!? 同じベッドに横になるなんて!


慌てて起き上がろうとするが、カザヤ様が私の腕を掴んでベッドに引き戻す。


「大丈夫だからゆっくりしろ」


そう言われてもゆっくり何てできない。でもドキドキすると頭に響くし起き上がる気力がない。仕方なくそのまま横になった。

カザヤ様は私の方を向く。

あぁ、距離が近い……。


「あ、あちらはもういいんですか?」

「洗浄は終わったからな。一応、もう侵入者がないように警備が手厚くなっている。だから安心して眠っていい」


カザヤ様はそう囁くと私の頭を優しく何度も撫でた。


ドキドキするけど……、凄く心地いい。


カザヤ様の大きくて温かい優しい手は私に安心感を与えた。頭の痛みがゆっくりと引いていく。


「私がお部屋にいたことで邪魔してしまったのではないですか? 黒ずくめの男の人に捕まって、ご迷惑をおかけしてしまいました……」

「それはこちらのミスだ。外にはワサト隊長を筆頭に警備を厚くしておいた。それなのに部屋に侵入されてしまった。まさかあの人数で突撃してくるとは思わなくてな。甘かった。お前には怖い思いをさせて申し訳なかったと思っている」

「カザヤ様が謝る事ではありません。守ってくださってありがとうございました」


お礼を伝えると苦笑される。


「もちろん守るよ。俺の大事な薬師だからな」

「カザヤ様……?」

「もういい。少し寝ろ。な?」


寝るつもりなどない。私は自分の部屋に戻りたいのだ。でも、カザヤ様が何度も優しく頭を撫でるから瞼が重くなってくる。

気が付いたときは、窓から朝の光が差し込んでいた。




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