第4話 夢じゃなかった

あぁ、夢だったのか。


目が覚めた時にホッとした。

変な夢を見たものだ。カザヤ様の部屋に閉じ込められて、黒ずくめの男たちが侵入してきて……。

そもそもあのカザヤ様が健康体だったなんてあり得ない。ずっと寝付いていたのだから。


「夢で良かった……」

「何がだ?」


少しかすれた声がすぐ横で聞こえ、私ははっと目を開けた。まさかと顔を横に向ける。


「おはよう、ラナ」


カザヤ様が寝起きのなんとも色っぽい顔で私のことを微笑みながら見ている。その声はいつも薬を届けに行ったカザヤ様の穏やかな声。

そのカザヤ様が私の隣に寝ていた。


「ゆ、夢……?」


そうか、私は目が覚めた夢を見たのか。カザヤ様が隣に寝ているはずないじゃないか。あぁ、でも最高の夢だわ。

そう思って再び目を閉じる。

しかし――……。


「さっきから何しているんだ? それにしても昨日はよく寝ていたな。俺、ベッドから落とされるかと思ったぞ」


やはり目を開けると、隣にはカザヤ様が横になっていた。


あぁぁぁ、夢じゃなかった!


慌てて布団をかぶって距離を取る。

私の様子にクククと笑うカザヤ様に、昨日のことは夢でなかったと思い知らされた。しかも、あんなにショックなことが連続だったのによく寝ていたなんて恥ずかしすぎる。


でもさ……。

そもそも寝起きでもこんなに格好いい人がいる?


私はどこを見ていいのかわからず、目をきょろきょろしながら胸はドキドキと高鳴っていた。この高鳴りはカザヤ様から醸し出される色気だけではない。

だってよく考えると、私、昨日、あの後このベッドで寝てしまったのだ。こうしてカザヤ様が隣で起きるということは、私と一緒に寝ていたということで……。

どんどんと冷静になると、自分のしでかしたことに冷や汗が流れてくる。


「お、おはようございます! あ、あのっ!」


慌てて飛び起きると、カザヤ様が半身を起こして私に手を伸ばした。大きくて温かなその手は私の頭を優しく撫でる。


「もう頭痛はいいのか?」

「え? あ、はい。もう痛くはありません」

「そうか、それは良かった」


カザヤ様は満足したかのように微笑むと、大きく伸びをしてピョンと勢いをつけてベッドから飛び降りた。


「さて起きようか。今日から朝議に出席しなければならない」


隣の部屋へ向かうカザヤ様の背中を唖然と見つめる。

そこで服も乱れて髪もぼさぼさだと気が付いた。慌ててそれらの身だしなみを整える。


「お目覚めですか、陛下」


カザヤ様を追って隣に部屋へ行くと、バルガがテーブルに朝食を並べていた。

部屋の中は昨日の荒れた状態が嘘のように元通りになっている。血の匂いも汚れも一つもない。

まるで何事もなかったかのように……。


そこではっと気が付く。

陛下……。

そうだ、カザヤ様は昨日国王陛下になることが正式に決まったのだ。私は青ざめてその場で平伏した。


「カザヤ様! 昨日は申し訳ありませんでした。陛下のベッドで寝てしまうなんて……。ご無礼をお許しください!」


とんでもないことをした。カザヤ様は国王陛下になられたお方。そのお方とベッドを共にしてしまうなんて!

しかも隣で熟睡してしまった!


「顔をあげろ、ラナ。謝る事など何一つないだろう」

「しかし」


尚も顔をあげない私の前に、カザヤ様がしゃがみ込む。


「ラナ、眠れと言ったのは俺だ。お前は何も気にすることはない」

「そういうわけには……」

「それに、お前が隣で寝たことは俺にとっては……」


そう言いかけたところでバルガが「カザヤ様!」と制止をかける。カザヤ様はバルガに叱られ、肩をすくめて「はいはい」と言って立ち上がった。

俺にとっては、の後に何を言おうとしたんだろう。

カザヤ様は私に微笑みかけると手招きをした。


「朝食を一緒に食べよう」

「えっ、いえ、私は…」

「遠慮するな。バルガもそのつもりでお前の分を用意しているぞ」


見るとバルガは手慣れた手つきで、二人分の朝食をテーブルに並べていた。困惑した目でバルガを見るが、私をチラッと見るだけで何も言ってはくれない。

恐縮しつつ、カザヤ様の向かい側の椅子へ腰を下ろした。


「昨日は怖い思いをさせてすまなかったな」

「いえ……、あのカザヤ様」

「なんだ?」

「国王陛下はお亡くなりになられたのですか……?」


カザヤ様が国王に就任したということはそういうことだろう。

ただちゃんと確かめたかった。


「そうだ。親父は昨晩、息を引き取った。その直後、司教が親父が残した遺言を元に正式に俺の次期国王就任を宣言したんだ。その場は騒然となったらしいな。当然だ、俺は体が弱くて公務もままならないはずなんだからな。国王なんて務まるはずがない。暗殺者たちも簡単に俺を殺せると思っただろう」


しかしカザヤ様の病弱は仮の姿。暗殺者たちはさぞ驚いただろう。


「戴冠式はまた後日だが、もう俺の就任は発表されている。この後の朝議で家臣たちの顔が見ものだな」

「そうですね。みなさん、相当戸惑われていると聞いています」


バルガの言葉にカザヤ様が「だろうな」と頷く。


「カザヤ様はこうなることが分かっていたのですか?」

「あぁ、表に出ないだけでここ最近の政務はほぼ俺がやっていたんだ。親父も俺に継がせるつもりであれこれ教え込んでいる」


だったらどうして病弱のふりなんて……。前国王がカザヤ様を次期国王にと考えていたならそこまでする必要はないのでは?

しかしそこまで考えてハッとした。

そうだ、カザヤ様が国王になると面白くない人たちがいるのだ。


「お前が何を考えているかわかるぞ。まぁその考えはほぼ当たりだな」

「そんな……」


カザヤ様は弟君がいる。

第二王子オウガ様。第二王妃の息子で、カザヤ様とは異母兄弟だ。みんなオウガ様が次期国王になると思っていた。

オウガ様は豪快な性格で、はっきり言えば強欲、自己中心。第二王子という権力を振りかざしているような人だった。

きっともちろん、オウガ様は自分が国王になると思っていただろう。


「病弱の兄など放っておいても死ぬと思っていただろうな。念のため殺そうとしたか、あるいは他の者の命か……」


済ました顔で言うカザヤ様に私は青ざめる。

他の者の命……。考えられるとしたら、あと一人……。


第二妃シュウ様だ。

カザヤ様は言葉に出さないが、そう思っているのだろう。今さらながら、とんでもない話を聞いてしまったと焦ってくる。


「そんな重大な話、私が聞いてしまって良かったのでしょうか……?」


恐る恐る聞くと、カザヤ様は微笑んだ。


「駄目だろうな」

「ではなぜ聞かせたのです?」


まさか、全部聞かせた後に私を始末するつもりじゃぁ……。

青ざめると、カザヤ様は吹き出して笑った。


「大丈夫だ。お前を消したりしなよ」

「良かった……。ではなぜ?」

「この話を聞いたということは、お前は王宮の大切な話を聞いてしまったということだ。ということで、お前はこれから俺の監視下に置く」


テーブルに頬杖を突きながらカザヤ様はニヤッと笑った。


「え!?」

「これからは毎日、ここに顔を出すように」

「毎日!?」

「驚くことじゃないだろう。今までだって毎日来ていたじゃないか」

「しかしそれは薬を届けるためであって……」

「同じようなものだろう」


全く違う!

色々と知ってしまったあとでは全く違うよ!

そう言いたかったが、カザヤ様は立ち上がって支度を始めた。


「夜、お前の仕事が終わったらここに来い」

「し、しかしカザヤ様もお忙しいのでは……?」

「夜はここで執務をするから大丈夫だ」


忙しいことは否定しないのね。そうよね、これから前国王陛下の葬儀の手配もあるし、他にもやることは山積みだ。

そんな時に私がここにきてどうするのだろう。


「ラナ、カザヤ様はこれから朝議です。あなたも仕事でしょう? 行かなくていいのですか?」


バルガ様に促され、カザヤ様の部屋から退出することにした。


数時間ぶりに部屋から出て、ほっと息を吐く。自分でも知らないうちに緊張していたみたいだ。


しかし……。

カザヤ様の監視下に置くってどういうことだろう。

昨晩の出来事や今朝の話を聞いたからと言って、命令で口止めをすればいいことであり、わざわざ監視下に置く必要はない。


「危険人物だと思われているのかなぁ……」


周囲にぺらぺらと話したり、オウガ様側に付くかもしれないと思われたのだろうか。

この一年、毎日のように薬を届け、ある程度は信頼関係が出来ていたと思っていたのだが、それは私だけのようだった。

なんだか気が沈み、一度寮に戻ってだらだらと着替えをしていたせいで、仕事にはぎりぎりになってしまった。


「ねぇ、聞いた!? 昨晩、国王陛下が崩御され、次期国王にはなんとカザヤ様が就任されるらしいわよ!」


薬師室へ行くと、マリア先輩が興奮した様子で話しかけてきた。朝議に出た薬師長ディアから聞いたのだろう。

マリア先輩だけでなく、薬師室内みんながざわざわとその話題をしていた。


「カザヤ様ってお体が悪かったんじゃないの!? ラナ、あなた何か知っていたの? カザヤ様に何か聞いていた?」

「い、いえ……。私もさっき知ったばかりです」


さっき、と言うか昨晩なんだけど似たようなものだろう。


「カザヤ様は国王になって大丈夫なのかしら?」

「お体が回復されたってことなのか?」


薬師室のみんなが私に注目してくる。

そりゃそうだろう。この一年、毎日のように薬を届けに行っていた。私が何か知っていると思うのが普通だ。


「私は何も知らなかったんです。カザヤ様はいつも布団の中に寝込んでいました。専属医師の診断だと体調の変化も特にはないようで、指定された薬をただ届けていただけですから……。いつのまにかご回復されていたんですね~」


私の言葉はどこか白々しく聞こえてしまう。


でも本当に知らなかったんだし、その通りだったんだからこれ以上は何も言えないんだよ。そもそも本当は病弱も身を守るために偽っていたことだったとして、誰がそれを信じるんだ?

私でさえもいまだに嘘かと思うほどなのに。


本当のあの病弱なカザヤ様はどこかに居て、今朝のカザヤ様は別の人だったとか……。

まぁ、そんなことはあり得ないんだけど。


「本当に何も知らなかったの?」

「知らないですよ。薬届ける時に軽い雑談する程度で、ほとんどお話をしたことがないんですから」

「栞貰っていたでしょう?」

「もらったからと言って、別に何も……」


マリア先輩はどこか探るような目をしていたが、私が否定していると「そっか」とどこかつまらなそうな顔をした。

ゴシップ好きだから何かあるかと思ったんだろうなぁ。

……絶対に、言えない。

カザヤ様の監視下に置かれて、毎日カザヤ様の部屋へ通うことになったなんて。


「さぁ、仕事しましょう」


ディア薬師長の声掛けにみんなが持ち場へ戻る。


「ラナ、ちょっと」


ディア薬師長は長くて綺麗な足を組みながら、私に問いかける。


「カザヤ様の件、本当に何も聞いていなかったのね?」

「はい……。カザヤ様が健康だなんて初めて知りました。お加減が良くなったようで、担当薬師として安堵しています」

「そう……。ならいいわ。カザヤ様から、ラナは引き続き薬師担当する様にと話があったわ。これからもカザヤ様のことは専属医師とあなたに任せます」

「承知いたしました」


深く礼をして席に戻る。

思わず深いため息が出て、机の上の薬袋が小さく舞った。


「夢なら良かったのに……」




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