第2話 秘密の扉
「じゃぁお先に~」
「お疲れ様でした」
退勤していく先輩や上司を見送り、私も仕事のキリがいい所で帰りの支度を始める。
そしてハッとした。
「え、これ、なんで……」
薬棚の奥からカザヤ様に渡すはずだった解熱薬が出てくる。今日渡すはずだったのに、慌てていて持っていくのを忘れていたのだ。
「嘘、どうしよう……。すぐに持っていかなきゃ!」
カザヤ様には必要な物だろう。
使用人寮の自室に戻る前に、カザヤ様の部屋へ寄って行こうと考えた。
薄暗い中、宮殿の中を進む。
時々護衛の衛兵にあうが、みな顔見知りなので薬を届けに行くと伝えるとすんなりととおしてくれた。
「カザヤ様にまず謝罪をしなければ……。お優しい方だからきっと許してくださるだろうけれど……」
もしかしたら薬を届ける任を解かれるかもしれない。
不安でドキドキしながら、足早にカザヤ様の部屋に向かっていたので着いたときは息が上がっていた。
扉を叩き、「カザヤ様、ラナです! 失礼いたします!」と返事も聞かずにガチャッと部屋を空ける。
中にいたカザヤ様とバルガがハッとこちらを振り向いた。
そして……。
「え……?」
一瞬、目に映った光景に言葉を失う。そしてすぐにその目を覆われた。
「ラナ! 返事がないのにはいってはいけません!」
鋭い声で叱責したのは私の目を塞ぐバルガだ。
「バ、バルガ様! 申し訳ありません!」
目を塞がれたまま青くなって謝罪をするが、動揺は隠せない。
「ラナ。今、何か見ましたか?」
「……いいえ」
バルガに問われ、小さく首を横に振る。
「本当に? 嘘はいけません。正直に言いなさい」
「……見ました。申し訳ありません」
バルガの冷たい低い声に、身を震わせながら正直に答える。
嘘をついたら、バルガの腰に下げてある剣で切られてしまうかと思うほど空気は緊迫していた。
一瞬だけど脳裏に焼き付いて離れない。バルガと共にいたカザヤ様の姿に……。
「もういい、バルガ。ラナがおびえているだろう。そもそも部屋の鍵をかけ忘れた俺の責任だ」
どこか面白がるようなカザヤ様の声。
「しかし……!」
「いいから」
バルガが渋々と言った感じでと私の目元を覆っていた手を離した。
眩しさに一瞬目がくらむ。
目を開けると、バルカの代わりにカザヤ様の姿が目の前に映った。
「カザヤ様……、これは……?」
軽く微笑みながらこちらを見ているかカザヤ様はズボンに上半身は裸だ。その上にガウンを羽織っている。
見えたその肉体は鍛え抜かれていて、胸板も厚く筋肉質だ。ところどころ傷跡があり、そこには私が処方した湿布薬が貼られている。
今は精悍な顔つきをしており、どこをどうみても病弱な雰囲気がない。目の前に立つカザヤ様は、布団の中で青白い顔をしているあのカザヤ様とは違う人物のように見えた。
「ラナ、君は見てしまった。俺の秘密を」
「カ、カザヤ様の秘密……?」
「そう。俺の秘密」
そう言うと「これ」とでも言うように両手を軽く広げた。
「とりあえず、秘密を知ったからには部屋から出すわけにはいきませんね」
バルガは少し考える様な仕草をしてからカザヤ様にそう伝えた。
「まぁ、そういうことになるね。ラナ、君には一晩この部屋で過ごしてもらうよ」
一晩!? ここってこのカザヤ様の部屋で!?
「ど、どういうことですか? どうして私が……」
「君は俺の秘密を知った。だから部屋から出すわけにはいかないんだ。特に今夜はね」
カザヤ様の言っていることが分からず、ただひたすら混乱する。
秘密ってカザヤ様のこの健康そうな体のこと……?
「食事と着替えの手配をしてきましょう。カザヤ様、扉に鍵をおかけくださいね」
「あぁ」
「え、ちょっと待ってください、バルガ様!」
バルガは私の制止を無視して部屋を出る。
カザヤ様は姿勢よくすたすたと歩き、ガチャンと部屋の鍵を閉めた。
私がここに泊まることは決定事項なの!? どうしてこうなった!?
あぁ、カザヤ様の体を見てしまったからか……。でもさすがに王子の部屋に泊まることは避けたい。
「カザヤ様、お願いです。そのお体のこと……、秘密にされていたことは誰にも言いません。ですから自分の部屋に返してください」
「それはできない。今夜はとても大切な日なんだ。その日に秘密を知ったお前を野放しにはできない」
「誓って秘密のことは言いません! お約束いたします! ですから……」
懇願するが、カザヤ様はチラッと冷めた目で私を見るだけだった。
この人は本当にカザヤ様なのだろうか……。
いつも布団の中にいたカザヤ様しか見ていないから、動くカザヤ様を初めてみる。
こんなに背が高いなんて知らなかった。体つきも想像とは違う。弱々しい雰囲気など一つもない。
唖然としている私に、カザヤ様は私にソファーへ座るよう指示した。座るか躊躇したが、私が座るまでカザヤ様は口を開かない。
仕方なくカザヤ様の前にそっと座った。
「部屋から出すことはできない。それ以外は何でも答えよう。ラナ、何が知りたい?」
部屋からはやはり出られないのかと落胆する。
肩を落とした私は、仕方なく他に気になっていることを恐る恐る聞いてみた。
「カザヤ様……。ご病気ではなかったのですね?」
「あぁ、それが俺の秘密。王宮内でもバルガと専属医師、王宮騎士団隊長、国王しか知らないことだ。俺はもともと病弱なんかではない」
「病弱ではない? では今までの薬は……?」
週に一度、痛み止めと湿布薬を届けていた。病気ではないのならどうして必要だったのだろうか。
「身分を隠して王宮騎士団の練習に紛れていた。騎士団隊長のワサトだけは俺が紛れて鍛えていることは知っていたが、決して他の騎士と差別することなくしごいてくるからな。毎日傷だらけ。痛み止めも湿布もそのために必要だったんだ」
そうだったのか……。
薬はそのために必要だったのか。
思い返せば、いつも痛み止めと湿布薬を所望していた。傷の手当や治癒に必要だったのだろう。まさかそんなことに使っているなんて思いもしなかった。
寝たきりだったから体が痛く、湿布や痛み止めを飲んでいると思っていたのだ。
カザヤ様の王宮医師の主治医からもそう言われていた。
「しかしどうして嘘をつく必要が……?」
「気になるか?」
フッと微笑むカザヤ様にドキッとしてしまい目線をそらす。
いつもの布団の中から話しかけてくるカザヤ様とギャップがあって、どう接したらいいのかわからない。
「俺は生まれつき、命を狙われる立場にいたからだ」
その言葉にハッとする。
命を狙われる立場。
確かにカザヤ様は第一王子。普通なら次期国王となるべくお方だ。そのお方の命を狙うものがいるのだとしたら、それは……。
私が口を開こうとした時、部屋の扉が不規則に数回叩かれた。
カザヤ様はその音を聞いて扉を開ける。すると、バルガが食事と着替えを持って入ってきた。
「カザヤ様の分の食事もお持ちしました。すでに毒見済みですのでご安心して食べられます。あと、これはラナの着替えです」
「ありがとうございます」
洗いたての綺麗な夜着を手渡される。
バルガはテーブルに手早く食事の支度をすると、時計を見てからカザヤ様に言った。
「隣の部屋に控えております。何かあれば合図してお呼びください」
「わかった。よろしくな」
バルガは一礼すると部屋を出て行ってしまった。カザヤ様はきちんと鍵を閉める。
「さぁ、食事にしよう」
「え、一緒にですか!?」
「一緒にだ。俺との食事は嫌か?」
「いえ、とんでもない!」
慌ててカザヤ様の前に座るが、正直緊張でどうしたらいいのかわからないくらいだ。
ただの薬師が王子殿下と共に食事をとるだなんて、一生に一度もない。緊張するなという方が無理がある。
ぎこちない形になりつつも、用意された食事は使用人食堂の食事よりもはるかに洗練されて一流の美味しい味がした。
一緒に食事をしながらもカザヤ様は時々、窓の外や周囲の気配を探るような様子を見せることがあった。
「ひとつお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「なんだ?」
「なぜ今日は大切な日なのでしょう? カザヤ様は一体何に警戒されているのですか?」
一番気になっていたこと。
命を狙われるから、ずっと健康なことは隠して病弱ということにして身を守っていた、というのはわかる。
こっそり鍛えていたということも。
では、なぜ今日は私までも部屋に閉じこもり外へ出てはいけないのか。
秘密は漏らさないと言っているのに……。
「今日、国王が崩御されるからだ」
「……え?」
まるでたいしたことではないとでも言うような口ぶりでとんでもないことを言い出した。
私は言葉を飲み込めず、ぽかんと口を開ける。
「国王陛下が……、崩御される……?」
確かにずっと体調が悪く、危篤状態にあるとは聞いていた。もう長くはないだろうと。
しかしなぜそれが今日!?
「昨日から無理やり延命はしているが、今夜が峠だ」
「そんな……」
何でもないような言い方だが、一国の王が崩御されるのは重大なことだ。
「俺は親父に次期国王になるべく育てられた」
「え……?」
「表向きは病弱を装って身を守り、裏では体を鍛えて政務も勉強していた。ここ最近では国王の政務はほぼ俺がこなしている」
まさかの発言に私は目を丸くする。
まさかあのベッドに寝付いていたカザヤ様がそんなことをしていたなんて。
「遺言にも俺が正式に国王になると書かれてあるし、裏ではそのようにもう動いている。本来は俺は第一王子なのだから当たり前なのだが、どうしてもそれが気に入らないやつがいるんだ」
そこで私ははっと気が付く。
カザヤ様は生まれた時から命を狙われていた。
誰に? どうして?
「まさか第二王子オウガ様のお母上……、第二妃のシュウ様ですか?」
私が青くなって聞くと、カザヤ様は片眉を起用にあげた。
「さてな。オウガなのか第二妃なのか……。どっちにしろ、国王が崩御したら今夜俺を殺そうとするやつらがいるだろうな。病弱だから継ぐことはないと言われた俺でも、目の上のたんこぶで邪魔に思うだろう。いっそのこと殺してしまえと画策するかもしれない。そんな大事な日に、お前は俺の秘密を知ってしまったんだ」
カザヤ様はニッと笑いながら「就任発表までは健康体だとバレるわけにはいかないんだ」と言った。
「私が誰にも言わないと誓ってもですか?」
「誓ってもだ。お前が話さなくても、そぶりやぎこちなさから何か感づかれる可能性だってある。それにこんな時間に俺の部屋から出て行くのを見られたら、お前も消されるかもしれないぞ」
「えっ!?」
「冗談だ」
カザヤ様はクククッと喉を鳴らして笑う。
全くもう……。冗談なのか本気なのかわからない。
でも……。
「カザヤ様がご病気ではなくて安心しました」
ホッと息を吐くとカザヤ様はふっと微笑んだ。
「騙して悪かったな」
そう言うカザヤ様の顔が優しくてドキッとしてしまう。
そんな表情、反則だわ……。
食事を終えると、カザヤ様に浴室へと案内された。
「えっ!? あの、私お風呂は別にいいですから!」
カザヤ様の部屋のあるお風呂はプライベートのものだ。そこを使わせてもらうわけにはいかない。
「気にしなくていいから。タオルはこれ。洗剤系はそこの物を使え」
「えっ!? あの!」
カザヤ様はテキパキと説明すると浴室から出て行った。
嘘……、どうしよう。
振り返った扉の先は、広い浴室があって温かなお風呂が入れてある。
王子様の浴室を使うなんてできないよ~!!
手渡されたタオルを見つめる。ふわふわで上質なものだ。こんなタオル、一生に一度しか使えないだろう。それにバルガに渡された夜着も仕立ての良いものだ。着るならば清潔な状態で着たい。
「ええい!!」
意を決してお風呂に入ることに決めた。
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