王宮に薬を届けに行ったなら

佐倉ミズキ

第1話 薬師ラナ

王宮の薬剤師として勤めて3年。

私、ラナ・はカーロンスはこの状況を理解しようと必死だった。

第一王子カザヤ様の部屋で所在なさげにソファーへ座る。


一晩ここで過ごすなんて無理だよ!


そう何度も思うが言葉に出す勇気はない。


「ラナ、風呂が沸いているから今のうちに入れ」

「お風呂!? ですか!?」


ビクッと肩を震わす私に、カザヤ様はニヤッと笑う。


「あぁ、夜はまだまだ長いからな……」


そう言いながら私に近づいた。


――――


時は遡ること数時間前。


「ラナ、騎士団から手当のお礼にってモモが届いたわよ」

「わぁ、ありがとうございます!」


薬師部屋で薬の調合をしていると、先輩のマリアがモモの入った袋を手渡してきた。

袋の中からは甘いいい香りがしている。


「冷やしておくので後でみんなで食べましょう」

「はーい」


そう声をかけるとみんな嬉しそうに返事をしてくれた。

ここは王宮直属の薬師部屋。

王宮内全てにおいての薬の調合はここで行っている。

王宮医師から指示された薬の調合だけでなく、王族や使用人の怪我や病気の看護も仕事として含まれているから薬師と看護の両方を担っている部分が大きい。

このモモは先日、王宮騎士団の訓練時で騎士たちの手当てをしたのでそのお礼をわざわざ持ってきてくれたのだ。


「そういえばラナ。そろそろカザヤ様のところへ薬を届けに行く時間じゃないの?」


マリア先輩に指摘されて私はハッと時計を見る。

しまった! 新しい薬の開発に没頭していたらいつの間にかこんな時間だった。


「大変! 行ってきます!」

「行ってらっしゃい」


薬の入った籠をもって、慌てて部屋を飛び出した。

薬師部屋は王宮の敷地内にあるが、王宮の中心である建物までは距離がある。急がないといけない。

一つに束ねた長い淡い茶色の髪を揺らしながら小走りで進む。


「こんにちは。カザヤ王子にお薬です」

「こんにちは、ラナ」


警備兵に挨拶をしながら、宮殿の奥へ奥へと向かう。

奥へ行くにつれ、使用人の人通りはほぼない。警備兵があちこちに立っているだけだ。


目指すは第一王子のカザヤ様の寝室だ。

カザヤ様は御年24歳。

産まれつき体が弱くて寝付いてばかりで、王宮医師がいうにはこの年までよく生きられたものだという。体が弱いので公務も出ることはほぼなく、その姿を見たことがある人は少ない。


国民なんて第一王子についてはほぼ都市伝説と化していると聞いたことがあるほどだ。

薬師の中にも、その姿を直接見たことがある人はあまりいない。しかし私は一年前から、一週間に一度お薬を届けに行っていた。

カザヤ様の寝室に直接お届けに行くので、この任を任されているのは私だけ。前任薬師が引退するときに、直接その任を授かった。


どうして私が、と驚いたが薬師試験や王宮使用人試験にトップで合格したからだと思う。

でもこの名誉ある仕事が好きだった。

階段を上り下りして、王宮の奥までやってくる。

扉を叩いて、「ラナです」と声をかけた。「どうぞ」と弱々しく小さい声が聞こえ扉を開ける。


「カザヤ様、失礼いたします」

「あぁ、ラナか……。もうそんな時間だったんだね。いつもすまない」


カザヤ様はベッドの布団に入りながら顔だけ出している。

今日も青白い顔……。


「カザヤ様、お熱がありますか? 汗をかいてますね」

「大丈夫、熱はない。薬はそこに置いといてくれないか」

「承知いたしました」


ベッドサイドのテーブルに置くと、カザヤ様は満足そうに微笑んだ。

いつもこうして薬を届けに行くと布団から顔を出して横になっている。立ち姿は見たことがないが、そのお顔はとても整っている美しい王子であった。


「ラナの痛み止めと湿布薬はよく聞くから助かるよ」

「それは良かったです。お体の痛みはどうですか?」


カザヤ様はいつも布団に寝てばかりいるので、体のあちこちが痛むのだという。そのため痛み止めと湿布薬で痛みを和らいでいるらしい。


「だいぶいいよ。ラナのお陰だ」

「滅相もございません。では、また来週きますね」


そう言って離れようとすると、布団から手が伸びて私の腕を掴んだ。

そのしっかりとした強さにドキッとする。


「カザヤ様?」

「ラナ、テーブルの上にある物……。君にプレゼントだ」

「え……?」


テーブルの上を見ると、手作りのしおりがあった。紫の小さな花で、とても可愛らしい。


「君にはいつもお世話になっているからね。花はバルガに庭から摘んできてもらったんだ」


バルガというのはカザヤ様の第一従者。

眼鏡をかけた気難しそうな顔をしている。彼が摘んでくれたのか。

そしてカザヤ様がその花を押し花にしてしおりを作ったのだという。


「いただいていいんですか?」

「あぁ、いつも本を読んでいただろう? 使ってくれると嬉しい」

「ありがとうございます! 大切にします! ……あれ? でも私がいつも本を読んでいるってご存じだったんですか?」


私は薬学の本以外にもいろんな本を読むのが好きで、暇があればどこでも読んでいた。

しかしカザヤ様の部屋に来るときは読むことはない。


「あ、あぁ。バルガに聞いたんだ。君は本が好きらしいって」

「そうだったんですね。とても素敵な物をありがとうございました」


嬉しくて微笑むと、カザヤ様も笑顔を返してくれた。

一礼してカザヤ様の部屋から退出する。


すると、廊下からバルガがやってきた。


「バルガ様。いつも通りカザヤ様のお薬をお届けしました」

「ご苦労」


バルガは無表情のまま一言言うと、横を通り過ぎようとした。


「それとこれ……。カザヤ様からしおりをいただきました。バルガ様が花を摘んできてくださったとか。ありがとうございます」

「花……? あぁ、なるほど。いいえ、どういたしまして」


一瞬、首を傾げたバルガは納得したかのように頷いた。


薬師部屋へ戻り、もらったしおりを眺める。


「綺麗……」


カザヤ様に直々にいただいたこのしおりは家宝物だ。


「カザヤ様の具合はどうだった?」


マリア先輩と薬師部屋の上司が聞いてきた。


「いつも通りです。顔色は先週よりは多少いいかなって感じですけど、今日も布団の中でした」

「そう……。相変わらず体調が悪いのね。カザヤ王子も今年24歳。ここまでもったのも奇跡と言われているくらいだしね」


一見、マリア先輩の言い方は不敬にも当たりそうだが、これは王宮内ではよく噂されていることだった。

幼いころから体が弱く、外にも出られないカザヤ様はいつも寝たきりだった。公務にもほとんど出ないでいるので、国民からは本当に存在するのかと都市伝説のように扱われていたのだ。


「そうですね……。でもカザヤ様はとてもお優しいんですよ。今日も私なんかにしおりを作ってくださったんです」

「そう! それは大切にしないとね」

「はい」

「私なんか先日、オウガ様が紙で指を切っただけで「手当しろ!」「早くやれ!」って怒鳴られたわよ」


マリア先輩はうんざりしたように肩をすくめた。

第二王子のオウガ様が次期国王になるのではないかと噂されている。しかしそのオウガ様はなかなかの強欲な性格で、人のものや手柄は自分のもの。

使用人への態度も酷く、こき使うのも激しい。裏ではオウガ様が国王になったら国は亡びるのではと噂されているほどだ。


「陛下も最近体調を崩して寝付いているし、もう長くはないと言われているわ。これでもしオウガ様が国王就任したら……」


マリア先輩は声には出さずに口だけで「最悪」と動かした。

カザヤ様の体が弱く、いつどうなるかわからない状態では次期国王就任も難しいだろう。オウガ様の次期国王就任はほぼ決まりだ。

そうなるとこの国の行く末はどうなるのか。


「陛下のお加減はいかがなんですか?」

「もうご高齢だし長くはもたないとようよ。今は王宮師団と薬師長がつきっきりで看病しているけど、もう時間の問題みたいね。オウガ様は自分の就任まであとわずかだと、あちらこちらで威張り散らしているわ」


ですよね、と私も頷く。

これも王宮内では噂されていることだ。


「あぁ~、早く結婚して辞めたーい」


マリア先輩は笑いながらそう言った。

結婚か……。

その時なぜか、カザヤ様の顔が頭に浮かんだ。



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