第14話 修羅場

雪本の言った通りに、星霜 冷の動画は、俺好みの清楚系ボイスが多くなっていて、主人公の名前が充ということもあり、俺は悶え死にそうになっていた。


 いや、それはいつも通りなのだが、悶え死ぬ意味合いは違う。


 いつもなら、俺は星霜 冷の声の良さに悶え死んでいた。


 今は、星霜 冷の声に、俺の好きな人、雪本の姿を思い浮かべ、あたかも、雪本に言われているような感覚を覚えて、悶え死んでいるのだ。


 前回、屋上で雪本にあれほど責められてから、俺は雪本と面と向かって屋上で話すことが減った。自分からなかなか誘わなくなったし、雪本からの誘いも断ることが多くなった。


 好きを意識して、上手く雪本と話せなく、そしてイジれなくなってしまっていたのだ。


「どうしたんだよ。どうしちまったんだよ俺」


 俺は1人、頭を抱えてそう呟くのだった。


 ◇


「おーい、充、どうなんだ?調子は。雪本さんと進展あったか?」


「どうだろうなあ。ないと言ったら嘘になるかもしれないが、正直今は後退してる」


「なんか煮え切らないな。どうしたんだ?」


「俺、雪本と上手く喋れなくなってんだよ」


「なるほどねぇ。好きだと気づいた瞬間意識してしまうやつか分かる分かる」


「いや、それはそうなのかもだけどちょっと違う」


「ちょっと違うってなにがだよ」


「それは言えない」


 渡辺は雪本の声について知らないし、性格を俺に聞くのみで詳しくは言えてない。というか言えない。雪本の声がバレてしまう原因になりかねないからだ。だから、雪本の変化についても言えず、相談出来なかった。


「おーいー、俺たちは隠し事なしだろ?言ーえーよー」


「うざいな。言えないもんは言えないんだよ」


「そりゃあ、すまん」


 渡辺は驚いた顔で謝った。


 俺はそんなもどかしさを渡辺にぶつけてしまい、心の中で詫びるのだった。

 

 ◇


 放課後、俺は、雪本に呼び出され、、屋上へと来ていた。


「ゆ、雪本、なんなんだ?」


「今日はですね、最近ハマってる……」


 雪本が何かを話始めるが、俺は雪本の話す姿、その視線の動き、髪のなびき、口の動きに囚われて話の内容が入ってこない。


「どうかしました?」


「いや、な、なんでもないよ」


「そうですか……じゃあ、話し続けますけど」


「おう」


 結局、俺は雪本の話をほとんど理解出来ず、ほぼ空返事なった。


「なんか機嫌、悪いですか?」


「別に悪かねえよ」


「そ、そうですか」


「話はもう終わりか?じゃあ俺、帰るから」


 ダメだ。


 俺は何がしたいんだ。


 雪本と仲を深めて、想いを伝えたいんじゃないのか。


 避けたり、素っ気なくしたり、そんなことしたくないのに、何がしたいんだ。


 去り際、雪本のボソッと小さなつぶやきが聞こえた。


 雪のように、すぐ溶けて消え入りそうな、もの悲しげな声で。


 そんな雪本はもう、見たくなかった。


 俺がおかしいせいで、もし、俺の前でも、昼様子のような、そんな風になってしまうのなら────。


 もういっそ、この日常を、常識を、壊したいと思った。


 俺は雪本の本性を俺以外にもさらけ出して、こんなに面白いやつだって知ってもらいたい。そうすれば、俺もやりやすいし、雪本だっていいはずだ。


「並木くんだけなのに……私が、、素のままでいられるのは」


 俺は、雪本の期待に押し潰されて、おかしくなってしまっていたのかもしれない。


 ◇


 ある日の音楽の時間、その日は歌のテストを行う日だった。


 俺は歌を歌うことに自信が無かったから、嫌だったけど、そんなことがどうでもよくなるほど気になっていてことがあった。


 それは、雪本がどう歌うかだ。声を隠して歌えるのだろうか。


 俺はハラハラとしていた。


 しかし、それは杞憂に終わった。


 雪本は、低い声で、しかも音程もしっかりあって、ちゃんと歌を歌いこなしていた。普通に上手い歌だった。


 ただ、授業後、女子の陰口はまた始まった。

 雪本の嫌いな陰口だ。


「さっきの、歌、やっぱり雪本さんってホントあれが地声なんだね」


「よくあんな声出せるよねー。私、女子でおんなに低い声聞いたの初めてかも」


「でも雪本さん、クールだし、イメージには合ってるよね〜」


 それは別に雪本をわざと傷つけるために発せられた声じゃない。女子のよくある好きな噂話で、癖のようなもので、ただ声が大きかっただけだ。


 しかし、その声に俺は堪らなくイラついた。自分がおかしくなっていることに、上手くいかないことへの八つ当たりや当てつけだったかもしれないし、この行動は俺のエゴだと思った。しかし、止められなかった。


「お前らは知らないかもしれねぇけどな、俺は、知ってんだよ。雪本は、もっと声が高いし、地声はもっと綺麗だ。性格も違う。もっと明るい。お前らが知ったような口を聞くな!」


 俺は、噂話をしている女子の前に踏み出して、そう言って割り込んだ。傍から見れば、急に癇癪を起こすような、そんな頭のおかしい人間に見えただろう。


「えぇっ、何?急に」


「こ、こわっ、急に会話に入ってこないでよ」


 女子達は俺の声にドン引きしていた。


「ちょ、充!!何言ってんだ!すみません、ちょっとこいつ頭おかしくなってるみたいで、ほら、行くぞ」


「渡辺、まだ話は、、」


「いいから謝れ。そんで退散だ」


「で、でも……!」


「お前、雪本さんの顔みてみろ。あんな顔、俺、初めて見たぞ」


「っ、、!」


 雪本の席の方見ると、雪本は苦虫を噛み潰したような、眉間に皺を寄せて、俺に心底、幻滅したような深刻な顔をしていた。


「急に熱くなって大きな声で話に割り込んで悪かった」


 その雪本の表情をみて、渡辺の言う通りに俺は謝った。


「すんませんね、こいつが、後でよく言い聞かせておくんで。ほら行くぞ」


 渡辺は俺を引っ張って教室から出ていった。


 ◇


「お前どうしたんだよ。雪本さんあんな顔してて言ってよかったことなのか?」


 廊下に誰もいないことを確認して、渡辺は口を開いた。


「いや、、、俺と雪本の秘密だった。他の人には絶対言わない約束をして、」


「なら!今すぐにでも謝らねぇと!俺、雪本さん呼び出してくるよ。ここなら人来ないだろ」


「あ、ああ」


 渡辺がそう言って俺に背を向けた。あれだけ、雪本に話しかけるのに臆病になっていた渡辺が、俺から遠ざかる渡辺の背中が、とても頼もしく見えた。


 ◇


 そして、雪本は廊下にやってきた。

 俺は思わず顔を背けてしまう。とても気まずい。


「まさか、あんな事言うなんて思いもしませんでしたけど、、」


 最初に口を開いたのは雪本だった。


「ご、、ごめんっ」


 俺は、慌てるようにして謝った。深く頭を下げて。


「顔をあげてください」


「本当にごめん」


 もう一度謝ってから顔を上げると、雪本は呆れるような、憐れむような、冷笑を浮かべていた。


「まぁ、いいですよ」


「貴方が約束を破らなくても、いずれはバレたかもしれませんし」


「バレたことはいいんです。でも────、あなたが約束を破ったことは、それは凄く、、悲しかったです」


 彼女は視線を下げ、冷たい目で、悲しい目でそう言った。


 俺がして欲しくないと思った顔だ。


 俺は、もう取り返しのつかないことをしてしまったと思った。

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