はじめまして いせかい -2




 目をうすらと開く。

 冷たい感触。目の前に無造作に生えた葉っぱの上を虫が登っている。

 湿った匂い。


 …………ようやく、自分が草地の上に倒れていることに気付いた。


 腕をつっぱり起き上がる。

「あれ?」

 本が無い。どこかへいってしまったようだ。

 「まぁ、いいか貰いものだし」と頭から追い出し、ミミは立ち上がる。

「ここ何処なの…?」

 見渡す限り深い森が広がっていた。地面には長いもの、短いもの様々な草が生えており、しばらく手入れされていないことが分かる。ところどころに剥き出しの砂や土が見える。

「何かここ…」

 ……うちの敷地に似てる。

 言葉の続きを頬を撫でる生暖かい優しい風が運ぶ。

(だからなんていうか、異世界って感じがしない)

 頭を掻きながら辺りを散策し始める。

「ん?」

 遠くに何かいる。犬というよりは狼に近い体育をしている。

(……何かくるスピード速くない?)

 描写ーーー


「あ………」

 体がカチカチ震えて動けない。

(ちょっとまって。この世界に来て1ページもたたずに死ぬの!?)

「待った。このいきものはまだ敵じゃねぇ」

 その時、何者かが空から降ってきた。



「向こうに逃げた方がいい」

 舌足らずな子供の声だった。

 その言葉になにか納得したようで、獣は少年の見る方向へ草木をかき分け走り去ってしまった。

 ミミは、呆然とその人影を見上げる。

 147cmしかないミミと変わらないくらい小さい体。フード付きのトレーナーを着て、黒い長ズボンをはいている子だ。ぶかぶかの鍔付き帽子を目深にかぶっていて顔は分からないが、そこから見える金髪がやけに目立っている。


 しかし、怪物は襲ってこず、くるりと背を向けて去ってしまった。



「助かったぁ~!」

 ミミは、人がいたことに安心しはぁあ……、と大きく息を吐き出す。そして、パタパタと尻の汚れを払い、振り返った。

(…………男の子、だよね……?)

 一抹の不安を抱えながらも、彼に笑いかける。

「助けてくれてありがとう! 名前は何ていうの?」

 ………………シカト。

 彼はミミのことが見えてないように背を向け歩き出す。

「ちょ、ちょっと!」

 思わず彼の前に立ち引き止める。

「ここはどこなの? あなた誰? あたし、今ここにきたばかりだから何も分からないの」

 疑問が口から溢れ出し口早に話しかける。

「邪魔、チビスケ」

「……チ、ビ………?」

 ピキリと引きつる顔。ひくりと鳴る喉。

 想像よりも幼く高い声が吐いた刺は、しっかりと脳天を突いた。

 怒りで震えるミミの横を通りすぎる少年。

「あなたが新しい住人さん?」

 今度は後ろから中性的な声がかかり、振り向く。

「ごめんね、あいつ愛想悪かったでしょ?」

 赤橙の髪を高くに一つにくくったポニーテールの女性がいた。巫女服が似合っている。

(話の通じる人が来てくれた……っ)

「えと……ミミです」

「そ、ミミって名前ね。話は聞いたわ。アタシはアスカ。もういないけど、あの金髪のチビスケはサラだよ」

 アスカは、猫のような黄色の瞳をにこりと細める。

「ようこそ異世界へ」

 「詳しい話しは安全なところでしましょ」というアスカの提案で、近くの村まで歩いていった。その間、びっくりする程他の生物に会わなかった。







「ここよ」

 ミミは一つの村に着いた。しかし、家も木も畑も全て焦土と化した土の地面が広がるだけで、村と呼ぶにはあまりに何も無さすぎた。

「あの、人は…」

「ほとんど他の村に逃げたわ」

 おずおずと質問するが、普通に返してくれた。

「ずっと前にこうなったの。今は再興しているところなの」

 アスカの瞳に陰りが見える。

「あそこで話しましょう」

 言葉に詰まったミミのことを気にしたそぶりを見せず、一軒だけしっかりとした木造の家を指さした。

「いらっしゃい」

 中に入ると、巨体な初老婆が二人を出迎えた。髪を雑に二つにくくり、葉巻をくわえた彼女は熊をも素手で倒しそうな雰囲気があった。

「ハナおばさん、ちょっとテーブル借りるよ」

 アスカはそう言い、返事も待たずに奥へといってしまう。その後ろを、ミミは控えめについていく。

 中は綺麗で、微かに木の匂いがする。テーブルもイスも全て木製で手作り感溢れるデザインをしていた。

 促されるまま、椅子に座った。

「はいよ」

 ハナおばさんが木製のコップふたつと、カゴに入ったフランスパンのようなものをおいた。コップ中からはココアの香りと共に湯気が立ち上り、食欲をそそった。

「さっそく、この世界の説明ね」

 早速切り出すアスカに、ミミは緊張した面持ちで姿勢を正す。


 彼女の話によるとこうだ。

 この世界には、6人の聖霊王とひとりの神がいる。王になるには、”識”と呼ばれる、聖霊王たちをまとめる人間が認めないといけないらしい。

 そして王達は、世界の外からやってくる侵略者から世界の秩序を守る役目を負っている。もちろん、彼らだけではなく他の住人も共に戦うが、王は飛び抜けた実力を持っているのだ。世界が世界としてここにあるのも彼らの力が大きい。

「でもね、今ひとつ聖霊王が空席なの」

「空席?」

「そう。昔に王が殺されちゃってね。今、その世継ぎの件が話題になっているの」

 なるほど。ここは人が少ないからか、実感はない。ミミはここに来たばかりだから、ふうん、という反応しかできなかった。

「アタシたちが住むこの世界はみんな、言ノ葉で“属性”を制することが出来るの。例えば、火の聖霊王は燃えているものは当然、自らで火を作ることも出来るし、火なら全てを操ることが出来る……みたいにね」

 この世界は、腕がもがれれば元に戻ることはないし、死ねば一生起きることはない。それは他の世界と代わりないかも、となんてことないように言ってしまう。

「あちらでいう“神隠し”ってやつで、たぶんアタシたちはここに連れてこられた。本当は違うこと、貴女も知ってるでしょう?」

 ミミはうなずいた。ハーピーによってここに飛ばされたことを思い出す。

「アタシたちは年を取らない変わりに、おそらくだけど、もう元の世界に戻れることはない」

「じゃあ、あたしは……」

 アスカの顔が突然顔が強ばる。

「伏せて!」

 突然の爆発音と共に外の景色が真っ白に染まる。

 轟音と爆風で窓は吹き飛び砂が中に入り込んできて背中にのし掛かる。

「な、何!?」

 唾と共に砂を吐き出す。

「戦いよ」

 冷静にアスカは呟く。彼女に砂は一粒もかかっていないことが不思議だった。

 ミミは、壊されて開けられた窓から身を乗り出し外を覗く。

「何……これ」

 外は青い炎で染まっていた。

 木々が燃え、煙と炎が空を染めている。しかし、炎はともかく、煙は一向にこちらへこない。何か透明な壁があるように、一定の距離を保っている。ただ、喉が熱く、息をするのが辛い。

 呆然と外を見ていると、視界の端に黒い影が横切った。目で捉えようとするが、疾すぎて見えない。

「終わったわ」

「………へ?」

(……もう?)

 早すぎる時間に、疑問の声を上げ、アスカの顔を見る。彼女は口端を上げていた。外へと視線を移すと、先ほど空に届きそうな程燃え盛っていた炎が嘘のように消えていた。

「え? 嘘、あれ? さっきまで火が……」

「お疲れ」

 あわあわ、と指を外に差しながらアスカに問うが、アスカはミミの後ろに声をかけた。振り返ると、先程の少年が指の先にいて飛び上がり驚く。

「え? え?」

「ーっぷあはははははははははははは!!」

 未だに状況を把握出来ないミミにアスカは堪えていたのか、突然腹を抱えて笑い出す。

「な、何で笑って…!」

「こんなに驚く人初めて見た」

 ミミは、服が汚れるのも構わず床に転げ腹を抱えて笑うアスカにただただ困惑するしかなかった。

「だ、だって…っ」

(水もないのに突然火が消えて……っ)

「ま、まぁ……聞いていた通り、アナタがなにも知らないことは分かったわ」

 ようやく起き上がったが、まだ笑いが治まらないのか口許はまだひきつっている。

「今のがさっき説明した、“言ノ葉”。言霊を以て世界の理を制すのがこの世界なの。例えば…縛<バク>」

 アスカは、二人を無視して通りすぎようとした少年を捕まえたらしい。手を使っていないのに、ビタッ、と彼の体が止まった。

「て、めぇ……ッ」

 そう、激昂してこちらを…アスカを睨む彼の体を見ると、足に白い糸が何十何百が重なって掴んでいた。木板の隙間から飛び出した糸は簡単にちぎれなさそうで、逃れられそうにない。

「これが、そう」

「………はぁ」

 胡散臭い。

 それが伝わったのか、アスカはニヒルに笑い、もがく彼に手をかざす。

「ッ!」

 再度新しい糸が飛び出し、サラの体に素早い動きで巻き付いた。

「おぉ~……」

 ミミは手品を見たように手を叩く。

「どんなもんよ!」

 そう言って胸を張るアスカに、ついにサラは怒りが沸点を超えたのか、様子がおかしい。

「……へ?」

 ミミの口から間抜けな声が溢れた。

 サラの体から炎が溢れている。

「人を実験台に……」

 拘束していた糸が内側から溶けて床に伝っていく。

「使うなッ!!」

「ーっうわっ!!」

 纏っていた炎が爆発した。

 残っていた糸は飛び散り、それが呆けていたミミの口に入り、げほげほとむせる。

「だ、大丈夫?」

 心配そうに背中をさするアスカ。ミミは口を抑えながら彼を見ると、彼の体に青い炎が渦巻いていた。なのに、彼の服にも床にも壁にも天井にも燃え移っていない。

 だが、喉が焼ける熱気があるので、やっぱり本物の炎だ。

 しゅん、と炎が水を被せられたように消えた。同時にそれも消え失せる。熱気で飛んでいたらしい帽子を手元に落ちた瞬間にパシ、と取りまた被りなおす。

 そのとき、一瞬目が合った気がした。女の子のような幼い顔。長い睫毛の下にあるビー玉のような透き通った、青と緑色が混じったような瞳。

 それらに息を忘れるほど目を奪われてしまった。

 ……静寂。

「………か」

 口を開いたのは、ミミ。

「かっこいい……」

「え?」

 言葉を失うアスカにミミは興奮して詰め寄る。

「何ですか今の! 炎がボワッて! まるで魔法みたい!」

「アタシのときは胡散臭げに見てたのに」

 アスカの言葉に一瞬目を泳がせるが、また向き直り

「ああいうの、みんな使えるんですか!?」

「…まあ、個人差はあるけど…「アスカさん」

 急に真剣になるミミ。

「何?」

「あたしにそれ、教えてください!」

「え、ま、まぁ教えることは出来るけど。でも……」

「お願いします! あたしもあいつみたいに魔法使いたい!」

 涙をダバーと流しながら、震える手でサラを指差す。

 駄々こねるミミに、ついに負けたのかアスカはふぅ、と息を吐き

「良いわよ。その代わり、あまり期待しないでね」

「は、はい!」

 そう言う彼女に、満面の笑みを浮かべ返事をするのだった。

「使えるまでしばらくかかるだろうから、この家に泊まりなさい。アタシもしばらくここにいるから」

「明日から始めるわよ」とアスカはミミにそう告げると、奥にある階段を登っていってしまった。

「魔法が使える……!」

 ミミは嬉しさで目を見開き、自分の両手を見て身を震わせる。そんな彼女を横目にサラは外へと出ていった。

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