ひのくにへ - 1
「出来ない………!!」
ミミは大の字になって、草の上に寝転ぶ。呼吸はみだれ、体は重たい。暫く動けそうになかった。
近くの開けた場所に移動したミミは、付き添ったアスカのアドバイス通りに、叫んだり踏ん張ったり転がったりいろいろとしてみたが、なんにもこれっぽっちも魔法に近い何かが現れることはなかった。
アスカは「やっぱり」といった顔で苦笑し、何でだと叫ぶミミの横に腰掛ける。ミミは、起き上がり呼吸を整えながらここから見える森を見渡す。
「結構時間経ったわね」
この世界では、どうやら昼と夜どころか時間の概念がないらしい。ミミは少し眠ったけれど、空の景色が全くかわっていなかった。
だから、気付かぬうちに相当の時間が経っていたらしい。
「人には、属性、っていうものがあるのよ」
「属性?」
「そう」
アスカはこちらを見てかすかに笑う。
「この世界には、火、水、木、金、土があるの。私は“木”で、サラは“火”。それぞれがそれぞれの属性を“言ノ葉”を以て制することができるの」
確か、ハーピーがそんな話していたようなことを思い出す。6つの理がなんとか。
「アンタもきっと持ってるよ。じゃないと、あいつに選ばれない訳だし」とアスカは付け足す。
(……あたしにも、あるのかな)
自信なくなってきた、とうなだれる。
アスカは何かを閃いたのか両手を叩く。
「たとえばさ、属性王が住む街を訪ねながら、自分の属性を探せばいいんじゃないかな」
「属性王が住む街?」
「そう。この世界は、おおきくわけて5つの街にわかれているの」
どこからか地図を持ってきて、紙の面を指で星を描く。
しかし、幼稚園児が描いたような稚拙な図になっていてどこが大陸で海なのかくらいしか判断がつかない。そこんとこどうなんでしょうか。
「水、木、火、土、金。真ん中が、たくさんの人が行き交う世界の中心。ここは木の国の端っこにあるから、まずはここから一番近い火の国の中心街に行けば火の属性について色々と知ることができると思う」
「な、なるほど……?」
「アンタは火の属性ではないかもしれないけど、属性は個別に成り立つ訳ではないから知っていて損はないと思うわね」
アスカは立ち上がり、服に付いた土を払い、笑う。
「もしかして、属性王にもお話が聞けますか?」
「今火の国に行けば、識の王が見れるかもしれないよ」
「ほんとですか!?」
いっきに目が輝くミミへ、アスカは呆れが混じった笑みを浮かべる。
「火の王が空位って話はしたじゃない? だから誰が相応しいか見に来るって話」
「直接話聞けるかな?」
「どうだろう。誰もその人の素顔も名前すら知らないからね。もしかしたら、一般人に紛れてるかも」
「えーそんなぁ。じゃあ、誰か分かんないじゃないですかー」
嘆くミミへ、アスカは苦笑する。
「でも、ワシ……じゃなかった、センパイが言うに姿は見せるらしいから、話しかける機会はあるかもしれないわよ」
「希望はあるかもしれないんですね」
この世界のこと、ここに自分が来た意味を知れるチャンスだ。
行動は早い方がいい。
「でも、あたし火の国の場所知らない……」
「ああ。それなら、サラは火の国に住んでるし、この世界の地理も詳しいからあいつに道案内させるといいわ」
「……はぁ」
ミミの心底嫌そうな口調は綺麗な青空には似合わなかった。
✩.*˚
先ほど壁が壊れて通気性抜群だった家は、初めて出会った頃の姿に戻っていた。
深く突っ込むまい。誰がどうやって直したのか、とか。考えても無駄だ。ミミにはイマイチ理解できない事柄なのだから。まーそんなもんか。と今は軽く受け止めよう。今は。今後仕組みを理解できるだろう。おそらく。たぶん。
「さっき休んだ部屋と同じところ使っていいから」
ミミが頷き向かったのは、簡素な部屋。天井に簡素なランプが括り付けられていて中を照らしている。木材の香りが心を落ち着かせた。
入って正面にあるベッド以外、他に家具ひとつ見当たらない。ベッドが置かれている壁には大きな出窓があり、開くとミミであればそこから簡単に出入りできるのではないかと思う。カーテンはなし。陽の光が眩しくて目が覚めそうだ。
なんとなく、ベッドで眠る前に体を洗いたいと思い、暖かみのある床で眠ったのを思い出す。
「この家にいれば安全だから、安心しなさい」
聡明な猫を思わせる瞳を煌めかせ、アスカは笑った。
安心感からか、余計な力が抜けていくのがわかる。
「突然なのにこんなに優しくしていただきありがとうございます」
アスカはきょとんとした後、けらけら笑いだした。
「そんなの今更じゃない。それに、異世界からの住人は久しぶりだからね。なにもわからないでしょうから、なんでも聞いてね」
ばしばしと叩かれる。なんて豪胆なお方だ。しかし背中が痛い。
「アタシはしばらく起きてるから。じゃあ、お休みなさい」
「はい。お休みなさい」
「あーそうそう。汚れた体を洗いたかったら、近くに温泉があるわ。勝手に入ってきていいからね」
なるほど。人が少ないから占有できるのか。
「上のランプは持ち主の体にある霊力に反応して光るから気にしないでいいわよ」
「霊力?」
「ええ。アンタの言う、魔法を使うための力みたいなやつ。この世界にいる生き物は必ず持ってるものだから安心していいわ」
安心できるのかそれ。
ありがとうございます、ととりあえず受け取っておく。
「じゃあ、何かあったら呼んでね」
「はい」
アスカは扉を締めて一人きりになると、どっと疲れが重くのしかかってきた。
「…………つかれた」
口に出して初めて気づく。そうだ。疲れていたのか自分は。
自覚すると尚更体が動かしにくい。柔らかな肌触りの布団にくるまって眠りたくなる。
いやしかし、体は洗いたい。汚れたままの状態で布団で眠りたくない。
でもやっぱり寝たい。
「ふかふか……」
気がつけばミミの瞳は暗がりに隠れてしまっていた。
(少しだけ……)
ふっとベッドに体を預ければ、あっという間に意識は深い闇に沈んで行った。
**
「あ?」
ミミがベッドで爆睡している真夜中。
サラは、アスカの予想通りの否定の声を発した。
「なんで俺がそんなめんどくせーこと」
「まーたしかに? この世界であの子の面倒を見れるほど、お主に力がないのはわかるがの」
アスカの言葉にサラは顔を不機嫌に歪める。だが、それ以上の反論がないところから、本人もそれが事実なのだとわかっているようだ。
アスカは、その理由をしっかり理解している。サラ自身も、それを理解している。
だからこそ、あえて言うのだ。
彼に力がないのは嘘だ。正確には“力を無くしているかつ制御ができない”だ。それでも、昔ほどは力を抑えられるようになったが、気を抜くとすぐに暴走する。
それもあってか、普段からアスカの先輩達と訓練しているのも知っているし(ミミを見つけなければ自分の家に帰っていたらしい)、滅多なことでは人前では力を使おうとしない。
だからこそ、彼の住む火の国では、彼自身は生きづらい。
「女に化けるジジィのクセに……」とサラはちっ、と舌打ちをするが、負け惜しみにしか聞こえない。
たしかに今は、別の王の姿に成り代わっているが、それは致し方ない理由なのであって決して趣味ではないのだ。自ら進んで言ノ葉を使って楽しんでいるとかそんなことはないのである。
「あの子も、老いぼれたジジィより素敵な女性と出会った方が気も安らぐだろう」
もちろん、本当の理由は別にある。だが目の前の幼子にそれを伝えるのは酷だ。
「ワシは精霊王。そして、王から命令よ」
アスカと名乗る王はニヒルに笑う。
「ミミの属性を確認するために、力になってあげなさい」
ついでに識の王に言付けよろしく、と付け足す。
「どうせ帰り道なんだからいいでしょう」
聞き届けたサラは、ふん、とそっぽを向くと、窓の縁を飛び越え外に出てしまった。
「ちゃんと窓閉めなさい」
つい、説教じみた声が零れる。はあ、とため息がこぼれるのも無意識。
「あいつ、久しぶりに会ったけど少し大きくなった?」
いや、誤差だろう誤差。出会った時からあの姿だったたから、大きくなって欲しいという願望が含まれていたかもしれない。
窓を閉めようとして、少しばかりいいかと外を眺める。
「やはりあの子は炎の少年に会いたくないらしい」
手紙を、そばに寄ってきた小鳥に渡す。
「あんなことがあったから仕方ないとは思うがの」
優しい風が頬を撫でて、心地良さにアスカは目を閉じた。
田舎町に来てしまったような、体に染み込む活力。精霊の力を借りれば簡単に建物は作れるし、食べ物に困ることもない。むしろ、畑仕事はやりたかった事でもあるから楽しいのだ。
「……やっぱり、まだ気に病んでいるのじゃろうか」
だがしかし、心に残る暗い色はまだ拭えない。
アスカは、揺れる瞳で遠くを見つめる。
「恨んでも、怒っても、悲しんでも、仕方がないと思っているはずなのだが」
アスカは深く溜息を吐く。
「まーワシ含め、みんないい性格してるからのぉ。そんなことを思っているワシの方がおかしいのか」
アスカと呼ばれる女性の独り言は、そばに立つハナにしか聞かれていなかった。
……………
ちゅんちゅん。
どの生き物の声か分からないが、小鳥っぽい声が聞こえる。
外からは相変わらず活力に満ちた木がは枝を広げ幾重にも座っており、そこに住む鳥が楽しそうに歌いながらダンスをしている様子が伺える。
「……」
ミミはそれを視界の中に入れながら呆然としていた。
少し休もうと思ったら、いつの間にか熟睡していたのだから。
「朝だ……」
常に日が差している世界だが、寝ぼけた頭は自分の世界だと認識していた。
朝を自覚した途端、ミミは勢いよくベッドから跳ね降りた。
「温泉!」
しまった。体洗うのを忘れていた。自覚すれば自分は汗臭いことに気づく。一時気になってしまえば洗うまでこのままだろう。
すぐに向かおう。とミミは頷いた。
「アスカさん」
窓から降りてしまおうかと一瞬考えたが、かつてスミレに怒られた記憶が蘇り踏みとどまった。あの顔は怖かった。鬼だった。
階段を使って下へとす降りれば、コーヒーのような香りが漂う。
真ん中に置いてあるテーブルの中心で、アスカは椅子に優雅に座りながらおそらくそれを飲んでいた。
「おはよう。なかなか降りてこなかったから心配したわよ」
「爆睡してました」
「アハハ! よく眠れたようで何よりだわ」
アスカはケラケラ笑いながら、そうだ、と手を合わせた。
「はい、これ着替え」
タンスの上に置いてあった服を渡され、受け取る。
さらさらしていて動きやすそうなデザインだ。薄手のシャツと丈が短いパンツ、膝上まである長い靴下、スニーカー、膝の防具ぽいものとそれから太いベルトにくくりつけてある小さなカバンが3つほどあった。
あとは、上から着るのだろう深緑の外套だ。何気に何着かあるから荷物が多い。
「これは……」
「作っといたわ」
「一晩で!?」
「なによーアタシを信じてくれないの?」
それにしてはこの部屋に機織りやミシンといった、衣服を作る工具は見当たらない。
「多分サイズも合ってると思うわ」
「いつ測ったの!?」
「アンタが寝てる時に決まってるじゃない♪」
こわい。いつの間に。全然気づかなかった。
「これから温泉行くんでしょ? なら、そのボロボロの服なんて捨てちゃってそれ着なさいな」
だがしかし、相手は温情に包まれた聖人であった。
「ありがとうございます」
正直もっとここにいたかったが、やりたいことを優先しようとミミは考えた。
この世界のことを知りたいと思ったし、それに、何より魔法を使える秘密が知りたかった。
「嬉しそうね」
「はい、正直ワクワクしてます」
初めての場所、初めての環境。不安はたしかにあるけれど、まだ期待の方が大きい。
これから新しい生活が始まる予感だ。
「突然の話でわけわかんないけど、やっぱり、自分の納得できることをしたいじゃないですか」
「自分の納得できること」
「そう。あまり、後悔したくないから」
アスカはその言葉に意外そうに、へぇ、と漏らす。
「何事も、楽しまなくっちゃやってられないですよ」
その丸く開かれた猫の瞳が、くしゃっとした笑みに隠れた。
「たしかにそうね。まずは、自分の納得できることをしなきゃだわ」
けらけらと笑ったあと、人差し指を振りながら、
「ち、な、み、に」
口の端を釣り上げた。
「アタシはこれでも男なの。よろしくね」
それを聞いた瞬間、気づけばミミはアスカの胸を触っていた。
だってモノホンか確かめたくなるだろう。みんなそうだ。もちろん、ミミもそうだった。
「いやん、えっちー」
「本物だ」
もみもみと揉む。柔らかい弾力が手のひらから伝わってくる。巫女服の中に隠れているが意外と大きい。
「これ以上触るとセクハラで訴えるわよ」
不穏な声に、ひっと悲鳴をあげて距離をとるミミ。
「願い事ってやつ。ハーピーに言われたでしょ? 一つだけ叶えてくれるって」
まだ記憶に新しい内容だ。ミミは素直に頷く。
「アンタも願ったことが叶ってるといいわね」
「……はい」
……まさか、ね。
ミミは不安な予感を胸の中に燻らせながら頷いた。
あとで確認してみよう。
「アスカさん、本当に一緒にきてくれないんですか?」
先程、アスカから聞いた「識の王」とやらに会いに火の国へ行くことにしたのだが、どうやらアスカは同行してくれないらしい。
それに、
「一緒にくるのがあいつなんて……」
不運もいいところである。あの、帽子をかぶった少年を思い出す。そういえば、あれから一度も見ていない。
「ごめんね、アタシは役目があってここを離れるわけにはいかないのよ」
「うぅ……」
心底残念そうにうなだれるミミに、アスカは苦笑する。
「サラはあれでも悪い奴じゃないからさ、あんまり嫌わないであげてよ」
「……努力します」
頬を膨ませるミミに、「相当嫌いなのね」とアスカは吹き出す。
「第一印象悪男ですから」
「第一印象でそこまで嫌う人は初めて見たわ」
的を得た指摘だが、ミミは鼻を鳴らすだけだった。
「道中はアンタが思ってる以上に危険だから気をつけてね」
「分かりました」
アスカの表情を消した言葉に、ミミはごくり、と生唾を飲み込んで答える。最初の生物を思い出したからだ。
「それにしてもアイツ、遅いわね」
まさかバックレたか、と目を細めるアスカ。
「いる」
「うぉあっ!?」
上から不機嫌丸出しの声を聞き、ミミはビクゥン、と跳ねてしまった。
見上げると、木の枝に座っていた。見下ろされている気がして腹が立つとミミの口端が引き攣る。
「行くぞ」
サラはそこから降りて、スタスタと先に行ってしまった。
「え? は? ちょっと待ってよ」
ミミはアスカに頭を下げると、急いでサラを追いかけた。
「挨拶しないの?」
「どうせすぐ会える。チンタラすんなチビスケ」
「むっかー。怒ったよ、怒っちゃったよ!」
ギャーギャー騒ぐミミの声が、遠くにいるのにはっきり聞こえてくる。
アスカは苦笑しつつも、不安を追い払うように背を向け自分の住むところへ戻っていく。
「聖霊の加護があらんことを」
小さくそう呟いた。
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