人間手当

 政治判断すら人工知能の力を借りている昨今、多くの仕事もそれに代用される時代となった。未だ人間にしか出来ない職種には「人間手当」が支給され、賃金的に優遇された。

 しかし人間の力だけで業務を遂行するのもなかなか骨が折れるらしい。手厚い手当を担保に人工知能の高い処理能力に喰らいつくのと、低賃金でその他のおこぼれ仕事にあずかるのとどちらがマシかという議論が、近頃の飲み屋でのお決まりの話題だという。


 あらゆる職種で人工知能を模擬的に導入し、総合的に見て生産性が大きく改善された職業から優先的に代行を推進させた。


 人工知能に取って代わられた職業の筆頭は義務教育の教職である。教員個別の人格や能力、課題の量の差が解消された。生徒間の問題も教員の個人的感情が持ち込まれることが無くなり、一定の基準においてフラットな対応がなされるようになったという。


 医師の仕事も、半分以上が奪われた。人工知能ドクターが導入されてから、通院はむしろ増えたらしい。確かに以前はSNSにおいて、「医者の態度が気に入らない」というたぐいの一つ星レビューが溢れていた。心理的な躊躇いが払拭されたおかげであると、したり顔の自称有識者が声高にコメントを出している。

 医師会は、「人間にしても人工知能にしても誤診率は変わらない」という点をグラフ化し、仕事を人間に戻すよう躍起になって提言をしている最中である。


 人工知能がとある職種を学習し会得してしまえば、一夜にしてそれらに携わる人々の人生が凋落する。そういう悲劇に見舞われる人間が後を絶たない。現状「人間手当」を受け取っていても、うかうかしていられない世の中だ。


 逆に人間にしか出来ない仕事の例としては機械設備の保守業務があるという。特にニッチな特注機械はマニュアルも簡素なことが多いのと、長年にわたり様々な改造が施されており、定量分析データでは修理対応出来ないらしい。

 故障を機会に最新の機材に変えれば良いのだが、設備投資は当然ながら金のかかる話だ。企業規模によっては修理に頼らざるを得ない。

 改造機械などメーカーから言わせればむしろ保守対象外と断る理由になったはずだが、「人間手当」の魅力には抗えないらしい。彼らは嬉々として対応している。そしてある意味誰にでも出来る仕事ではない。昔の機械について詳しい者だけに許される。今後も高給取りが確約されている職の一つだろう。


 これらの話は一端に過ぎないとしても、「人間にしか出来ない」という仕事が、言葉や気持ちが通じる人間よりも、物言わぬ道具を相手にした職の方だったというのは皮肉なことだ。人間が利益追求のための執念で使い尽くした機械は、何か不思議な思念が棲み付いているとまで揶揄され、流行りの歌や物語のネタになる始末である。

 今年のスマッシュヒット曲のタイトルはアイドルグループによる「Yeah! ヤオヨロズは工場がお好き★」であった。振付けが大流行したため、指差呼称しさこしょうをマスターする子供達が続出した。

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