第3話同じ境遇の女性(405)
親をいつまでも親としてだけで認識していると苦労することになる。
親は親である前に人間なのだ。
その認識を改めない限り…。
僕のような存在が生まれることになるのだ。
僕は見ることさえも避けてきたが…。
親の身体は病気が蝕んでいき苦痛の果に亡くなったのだ。
僕はその現実が受け入れられなくて兄弟に誘われたのに見舞いに行けなかったのだ。
端的に言って怖かった。
僕が子供の頃に大きな存在だと思っていた親が小さく弱っていくのを見て受け入れることが出来ないと思ったのだ。
その根底には親を親としてしか認識していなかった為だと今になれば理解できる。
親は親の前に一人の人間だという当たり前の事実に早く気付けていれば…。
僕はこの様な深い後悔に見舞われなかったはずなのだ…。
僕だって分かっている。
親の葬儀にも顔を出さず一人の部屋で引きこもっていたのだ。
両親が世界からいなくなるという当たり前の現実から目を背けてしまった。
しっかりとお別れを告げるべきだった。
感謝と懺悔を告げて深く頭を下げるべきだったんだ。
そんな僕の深い後悔が顔を出していた。
感情が消えかけていたと思っていたのだが…。
若と出会って僕は少しずつ変わってきたのかもしれない。
まだ…何一つ成し遂げてはいないのだが…。
分かった気になってはいけない。
僕はここから真っ当に生きるのだ。
そう決意した深夜の出来事なのであった。
「それにしても…元気はどうして私の姿が見えるんだと思う?」
「僕に聞かれても…」
マンションの404号室の一室を占い屋にするために僕らは百万円という軍資金で色々と作業に移っていた。
「両親が亡くなったって言っていたな?」
「そうですね…葬儀にも出れずに引きこもっていましたが…」
「ほぉ。見舞いは?」
「兄弟に誘われましたが…弱っていく姿が見れなくて…行けてないです」
「そうか。じゃあそれが原因かもな」
「僕は両親に恨まれているってことでしょうか?」
「違う。逆だ。霊になってまで…元気を守ろうと守護してくれているのだろう。初めて顔を合わせたときから守護霊に守られていると思っていたんだ」
「守護霊が両親だと…?」
「そうだ。元気の将来を案じている。私にお願いするように頭を下げてきた」
「ですか…僕は今後どうしたら良いのでしょう…」
「まずは…墓参りに行くべきじゃないのか?大切にしてくれた両親なのだろ?」
「ですね…」
そこで僕らは作業の手を一度止めた。
「行くなら一緒に行くぞ?」
「でも…僕らを攫うような人がいるかも知れないんでしょ?若は家にいたほうが…」
「いいや。私は元気と一緒に居たい。久しぶりに出会えたマスターだからな」
「そうですか…」
僕と若は一万円札をポケットに入れるとそのまま部屋を出ていく。
墓のある近くのスーパーで仏花やお供えものを購入すると僕らは墓参りを済ませた。
先祖代々からあるお墓であるため僕も場所は知っていた。
幼い頃に何度か訪れた経験がある。
その記憶を頼りに向かったのだ。
墓前で手を合わせること数分。
僕は心のなかで深い感謝と懺悔を唱えていた。
それも全て自分のためだったかもしれない。
自分の気持ちに整理をつけたいがために行った行為だったかもしれない。
けれどしないよりは良いだろうと僕は心が感じたままに行動したのだ。
これで両親が許してくれたり成仏するかはわからない。
それでも僕は自分の心のために行動したのであった。
僕と若が揃って帰路に就いていた時のこと。
見知らぬ女性と異国の美少女のペアとすれ違う。
僕と若は何食わぬ顔で他愛のない会話を繰り広げているだけだった。
「すみません。ちょっと良いですか?」
不意に女性の方から声を掛けられて僕はそちらに視線を向ける。
「なんでしょう…?」
「あの…404号室に越してきた人ですよね?」
「あぁ…お隣さんですか?」
「はい。405号室の富士と言います。こっちは…何ていうか…友人のような存在です」
「そうですか…」
「そちらのお嬢さんは…?」
その言葉を耳にした瞬間、僕と若は目を合わせる。
一も二もなく僕らはすぐさまに逃げる準備を整えてダッシュをしようとして…。
「いやいや!待ってくださいよ!私はハンターじゃないです!私も同じ境遇だと言えばわかりますよね!?」
そんな言葉が聞こえてきて僕らはピタッと止まる。
「えっと…同じ境遇なんですか?」
「はい。405号室に住み着いていたんですよ」
「あぁ〜…一緒ですね」
「そうなんです。外に出るのは極力避けているんです。買い出しのときだけ外に出ていて…」
「えっと…どうしてペアになって出ているんですか?危ないと感じるなら…一緒に行動するのは避けたほうが…」
「そういう貴方だって…」
「あぁ…そうですね。一緒に過ごしたいって言うので…」
「私も同じですよ」
「なるほど。405号室って右隣りですか?」
「そうですけど…」
女性との会話により料理上手の女性の正体に気付いた僕と若は顔を見合わせる。
「あの…ご提案があるんですが…」
「なんですか…?」
相手の女性は自分から声を掛けたというのに少しだけ警戒しているようだった。
「うちの…若が貴方の料理が美味しそうだって言うんです。いつも右隣りからいい匂いがするって…もし良かったらその内…食べさせてあげてください。お金は払いますから…」
「別にそれは良いですけど…えっと…ご職業は?」
「あぁ〜…これから占い師をやろうと思っています」
「占い師?良かったら私のことも占ってくれませんか?」
「是非。ですがこれから買い出しですよね?」
「あぁ…そうでした。時間が出来たら連絡してもいいですか?」
「ごめんなさい。訳あってスマホを持っていないので…インターホンを鳴らしてもらえますか?」
「別に良いですけど…何か訳ありですか?」
「まぁ多少は…」
「わかりました。怪しい人では無いと思うので。その内、伺いますね」
「是非。それでは」
そうして僕らはその場で別れるとそのまま帰宅するのであった。
「若は知っていたの?」
「何をだ?」
「隣にも座敷童子が居るって…」
「知るわけもない。他の座敷童子の存在など…私は今まで知りもしなかった」
「なるほど…何か理由があるんですかね?」
「どうだか。初めの入居者が知り合い同士だったんじゃないか?深くは知らないし思い出したくもない」
「そう。じゃあこの話はやめよう」
「そうしてくれ」
「帰りに買ってきたおにぎりでも食べましょう」
「あぁ。早く家電も買わないとな」
「ですね。初期費用で百万円は飛んでいきそうです…」
「元々なかったお金を勝手に使っているんだ。むしろ助かっただろ?」
「そうですね。今までの人に感謝するしか無いですね」
「だな。じゃあいただこう」
そうして僕と若は占い屋の準備を整えながらここから数日間を過ごすのであった。
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