第2話二択を当てただけで…過大評価ですよ…
自分自身が働かない理由を探してみたが…
これと言って深い理由も存在しない。
本当に強いて言うのであれば何処かの誰かが言っていた、
「働いたら負け」
という言葉を真に受けた結果だろうか。
今になって翌々考えてみれば、その発言をした人達だって立派に仕事をしていた。
配信業だったり人目に付く仕事に就いていたし、あの当時の僕はそれが冗談のようなミームであることに気付いてもいなかった。
そんな冗談を真に受けた僕は現在も変わらずにニートなのだ。
「元気は何か働く気は無いのか?」
座敷童子である若は僕のことを思ってその様な言葉を口にした。
「………」
無言で答えるのが精一杯だった。
何と答えても言い訳や逃げる理由のように聞こえてしまうだろう。
「ふむ。でも生きるために働かないとな。それに元気がここを離れるのは勘弁だ」
「どうして…?」
「まともな人間が次も来るとは限らない。私だって興味本位で来られると疲れるんだよ」
「そっか…でも…」
「仕方ないな。当面の資金ぐらいは渡してやる。ここに百万ある。全てくれてやるから私の世話を怠らないでほしい」
「え…そんな大金何処から…」
「ここに興味本位で来たものが慌てて逃げた末に忘れていった財布の中身だ。別に私は悪いことなんてした覚えないからな。責めないでくれよ?私だって久しぶりに俗世の美味しいものが食べたい…何処でも良いから連れて行くなり買ってくるなりして欲しい…」
「自分で買いに行こうとか思わないんですか?」
「私がここを離れるのは良くないから…」
「じゃあ何処にも連れていけないじゃないですか…」
「いいや。家主である元気が一緒なら大丈夫だ。私だって探していたんだよ。一緒になって生活を送れる人物を…」
若はそう言うと少しだけ寂しそうな表情を浮かべていた。
「ここには何年居るんですか?」
「ん?もう十年になるかな。その度にいくつもの入居者が来たが…誰一人として馬の合うやつはいなかった…」
「座敷童子であるならば…一番最初に入居した人のもとを訪れたんですよね?」
「あぁ…うん…その話は出来れば避けたいんだ。悪いな…」
若は有無を言わさずに話題を切り替えると複雑に微笑んでみせた。
「ジャンクな物が食べたい気分だ。元気だって腹は減っているんじゃないか?」
その言葉を聞いた途端に僕は数日間、公園の水だけで胃袋を満たしていたことを思い出す。
ぎゅるると腹の虫が鳴り響くと僕はすぐさま立ち上がった。
「行くか!?」
若は乗り気になっているようで彼女も即座に立ち上がった。
「この辺の散策も込みで行きますか」
そうして僕と若は部屋を出ると揃ってマンションの外に出るのであった。
マンションを出てすぐに右に行くのか左に行くのかで僕らは軽く揉めた。
「右にいい匂いがするんだ!間違いない!いつもこっちの方角からいい匂いがしていたんだ!私を信じろ!」
「僕は右から来たけど…特に美味しそうなお店は無かったと思うけど…」
「私の鼻を疑うのか!?」
「疑ってないけど…じゃあ行こうか」
僕と若は右に行くことを決めて静かに歩き出す。
けれど歩けど歩けど飲食店は存在していない。
若は困ったような落ち込むような表情を浮かべていた。
「多分。右隣の部屋の人が…料理上手なんじゃないですか?だからそっちからいい匂いがしてきたんですよ。若…落ち込まないで」
「うん…慰めてくれるか…元気…」
「えぇ。若の鼻を疑うわけ無いじゃないですか…」
「そんなに肯定されると…逆に怪しいな…」
「疑ってほしくないのであれば…疑わないことですよ」
「私を諭すんじゃない…」
「ですね。じゃあ左に行きましょう。僕もお腹が空いて仕方がないんですよ…」
「私も…同じくだ」
「でも…今まではどうしていたんですか?」
「あぁ…言い忘れていたが…家主が見つかったんだ。私もただの座敷童子じゃいられない。妖怪や神様の様な存在ではいられなくなったんだ。家主って言うぐらいだ。元気は私の主になったようなもの。ゲームや何かで見聞きしたこと無いか?横文字で言うのであれば…有り体に言ってマスターだな。そんな私の今の体は元気と繋がっているようなものだ。お腹も空くし一般的な人間の様な生理現象も欲求も湧く。とにかく簡単に言えば…人間と変わりない。と言っても過言ではない」
「そっか…じゃあ早くご飯を食べないと…」
「何をそんなに焦っている…!?」
若は僕にも分かるぐらいに狼狽しているようだった。
「僕の空腹感も限界なんです。僕よりも小さな身体の若が耐えられるとは思えない…」
「私のため…?」
「もちろんです。何処でも良いから飲食店へ急がないと…それこそ一番最初に目に入ってきた飲食店にでも…」
そうして僕らはすぐに来た道をなぞる様に戻るとマンションの前を通過した。
マンションから見て左の方角へと向けて歩き出すと数分もしない内にファストフード店が見えてくる。
「元気の言うことを聞けば良かった…」
若は少しだけ自信を失うような発言をする。
だが僕は否定の意味を込めて首を左右に振る。
「若と散歩が出来て楽しかったですよ」
「そう言ってくれるか…ありがとう」
ファストフード店に入店した僕らは数日分の食事を取り戻すかのように大量に注文する。
店内で貪るように食事を済ませた僕らの腹は満たされるのであった。
「元気よ…言い忘れていたことがある…」
店を出た僕に対して若は少しだけ憐れむような表情で事実を伝えてくる。
「普通の人間に私は見えない」
「はい?」
「だから…さっきの飲食店では妙な光景が繰り広げられていたと思われる」
「えっと…どういう事?」
「普通の人間には見えないからな。あの場にいた一人一人に都合のいい光景が映っていたはずだ」
「どういう?」
「例えば…架空の恋人と仲睦まじく食事をしているとか。友人と楽しげに食事をしているとか。妹に奢っているとか。姉に奢られているとか。まぁそんな感じで映っていたはずだ」
「そうですか…別にそれなら…」
「だが…稀に見える奴もいる。そいつ等に出くわしたら…私達の取る選択は逃げ一択だからな」
「何かされるんですか?」
「そうだけど…そうじゃないんだ…」
言い難い事があるのか若は言葉に詰まっていた。
「少しずつでいいので説明を…」
「あぁ。先程の続きのようなものだが…家主のいない座敷童子は神様や妖怪のようだというのはわかったな?」
「はい。有名な霊媒師さんでさえお手上げだって…」
「そうだ。あれらが来た時、私は神と同等な存在であったわけだ。だが今の私は…言いたいことは分かるか?」
「えっと…まだ上手く飲み込めていないのですが…」
「だから。家主に宿った座敷童子。家主である元気。この二人を確保しようとする存在が現れないとも言えない」
「どうして…?」
「元気自身が自分で言っただろ?座敷童子は家内繁栄の神のような存在だと。つまり私達をセットで捕まえて…自身の利益にしようとする輩もいるかもしれない。そういう輩が現れたら…取る行動は逃げ一択だ。私に戦闘能力はない…」
「わかりました。とりあえず記憶しておきます」
「うむ。しかしだが…元気よ。お主の適正職業を見つけたんだが…言ってもいいか?」
僕と若は404号室に帰ってくると彼女は不意にその様な言葉を口にする。
「なんですか…藪から棒に…」
「うむ。お主は占い師をやるのが良いと思うぞ」
「どうして?」
「ん?仮にも神と同列な扱いを受けている私よりも…いいや。こう言うと胡散臭いか。先程の二択。私は間違えた。だが元気は当てた。それだけが根拠だが…多分、元気には他人や自分が進むべき道が透けて見えているのだと感じた」
「でも…僕は働かないニートで…家を追い出されたんですよ?」
「自分を不幸だと思うな。その御蔭で私に出会えてこの部屋で暮らす事が出来たんだぞ?物事はプラスに考えるだけお得だ。そうは思わないか?」
「確かに言われたら…そうですね」
「そうだ。だから…私に騙されたと思って…」
「はい。騙されてみます…」
「良い心がけだ」
そうして翌日より僕らは占い師を本格的に始動させるために準備に取り掛かるのであった。
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