*11*
クリスマスイブの翌日。
つまりはクリスマス。
有理香は優海の許可を得てきららの自宅へ遊びに行った。
きららとしても、招いていただいたのだからこちらも快く招くのが筋だ。
それに、きららの本音としても、有理香とゆっくり2人で過ごしたかったのだ。
立場上は『先生』であるため、きららは有理香を誘い出すのは
しかし有理香の方から自宅に行きたいと言われれば断る理由なんて無い。
他の教え子からお願いされても、快諾するかどうかわからない。
それほど、きららにとっても有理香は特別な生徒だ。
そろそろね、ときららは携帯電話を確認する。
『あと一駅で着きます!』
メッセージに返事をして家を出る。
きららが住んでいるあたりの治安は良い。
しかし、きららの自宅は駅から少し遠い。
(駅から遠いがゆえに家賃が安い)
中学生1人を歩かせるのは申し訳ないと思い、きららは駅まで迎えに行く約束をしている。
駅に着くと、有理香が改札から出てくるところだった。
「きらら先生!」
学校でも着ているであろう紺のピーコートに青いフリースのマフラー。
同じような格好の生徒はごまんといるだろうが、きららは有理香をすぐに見つけた。
有理香もきららに駆け寄ってくる。
「無事着いてよかったわ!」
「電車なんてほとんど乗ったことが無くて切符の買い方が分からなかったから駅員さんに教えてもらいました!」
「そうなの。じゃあ行きましょうか。」
きららは普段、ICカードで乗車している。
今時切符を買って乗るのも珍しいとは思ったが、そもそも有理香は今までろくに出かけることもなかったのだろう。
「あっ、途中でコンビニに寄ってもいいですか?」
「コンビニ?」
「人のお宅に行くのだからお菓子くらいは持っていきなさいと母に言われたのですが、お菓子を買えるところがなかったのです。あ、お金は母が交通費も合わせて持たせてくれました。」
「なるほどね。」
昨日きららが行ったルートを逆走して有理香が最寄り駅まで来ていれば、確かにお菓子の店は無い。
「じゃあ少し遠回りだけどスーパーに寄ろうか。そのほうが安くて美味しいのが買えるから。」
「はい!」
寒いけれど、有理香とならゆっくり歩こうという気にもなれる。
スーパーに向けてきららと有理香は歩き出した。
スーパーでお菓子や甘味をいくつか買うと、いよいよ2人はきららの自宅へと向かった。
「お邪魔します。」
鍵を開けて帰宅したきららに続いて有理香も家の中に入る。
普段からある程度は部屋を綺麗にしているが、今日はさらに多少掃除した。
ミニテーブルに買ってきたお菓子を並べると、きららはテレビに繋いであるノートパソコンを立ち上げながら有理香に話す。
「昨日言ってたのでいい?」
「はい、お願いします。」
きららは有理香に見せたい作品……漫画、小説、映画などあらゆる媒体……をリストアップしていたのだ。
その中から有理香が気になっているものを見ようとしているのだ。
今日は時間があるので、2時間ぐらいの長い作品でも鑑賞出来る。
きららは棚から1枚のDVDを取り出し、パソコンに入れて再生する。
ラグの上に座ってお菓子をつまみながら、きららと有理香の映画鑑賞が始まった。
映画が終わり有理香はふう、と一息つくと 、
「私も、映画の最後のドリスとフレッドみたいになれたらなあ。」
と零した。
映画の中で結ばれた2人の名。
そうなりたいと言う事は。
「ねえ、好きな人いるの?」
ときららも食いつく。
私はいじめられてた中学なんて論外、高校からでも恋なんてしてる余裕なかったからお話聞きたいな。
……どんな人が好きなのかな。
有理香さんが好きになった人って。
「そう、なのかなあ。」
有理香の返事はあやふやだ。
「あー。友達や人として好きか、恋愛として好きかわかんないってやつ?」
きららはなんとなくで答える。
自分の実感としては、正直経験なんて無いに等しいから大学の友達の話(ーーそれでも恋愛に活発な友達が少ない)を参考に考える。
話しながら、有理香の頬がどんどん熟したさくらんぼのようになっていく。
「あたしの中の気持ちが、なんとなくこれじゃないかなと思っているけれど、ずっとずっとこんな気持ちに本当はなったことがなくてわからないんです。だから、この気持ちに名前をつけられるように、きらら先生が教えてくれますか?」
どういうことだ。
きららはすぐには理解が出来なかった。
いや、理解はほんの少しだけ出来ていたが、受け止めきれていないというのが正しいだろう。
「……え。」
「あたしは、きらら先生が、好き。です。」
ーーなんてこと。
家庭教師として教え始めて間もない頃から、私は有理香さんを、他の教え子よりも気に入っていた。
だからこそ、優海さんに一方的に家庭教師を解約された時は悲しくてどうしようもなかった。
有理香さんが大学まで来てくれてまた会えた時は、やっと暗闇から抜け出せた。
また石英先生に教えて欲しいと請われた時は、何としてでもこの娘の願いを叶えたいと、心の底から思った。そして実際に行動にも移した。
……他の教え子に対して、ここまでするだろうか。
少なくとも、たとえ本人が願ったとしても、その保護者の意に背くような行為なんて普通はしないだろう。
私のしたことは、一人の家庭教師としての範囲をはるかに超えている。
じゃあ私は、家庭教師として、の振る舞いでないなら。
果たして何だったのか。ーー
有理香はきららに縋り付く。
有理香に触れられている箇所がぞわりとしながらも心地よい。
そして胸の高鳴りは増していく。
きららは考えるまでもなく有理香の背に手を伸ばし抱きしめる。
ーー気づくのが遅かったかしら。私は、有理香さんに恋していたのね。ーー
きららは有理香を抱き寄せ囁く。
「……有理香さんのその気持ちの答えが、私が思ってるものと同じだったら、どんなに素敵なことでしょう。……有理香さんの気持ちの名前、その答え。2人で見つけよう。
私からも一言、いいかな。……好きだよ、有理香さん。」
きららの囁きに、有理香はさらに熱を帯びていく。
「私のことが、好き……ですか!? 私……すっごく、すっごく、嬉しいです…! もういっかい、ううん、何回でも、言ってくれますか!?」
「うん。何度でも。ずっと。言うよ。有理香さん……私は、貴女が好き。……愛してる。」
何度も言わせるな、と何度も言われたけれど。
何度だって言いたい。
私だって、貴女が好きなのだから…!
喜びのあまりか、有理香は泣きじゃくっている。
きららと有理香は抱き合ったまま時を過ごす。
ようやく落ち着いて来たと思ったら、有理香は今度は悲しげに俯く。
「こんなに、こんなにきらら先生が好きで、あたしはもう、きらら先生と……お付き合い、出来たらな、って思ってしまいます……。でも、恋人って、男の人と女の人でなるもの……だからきらら先生とは……」
なんだ、そんなこと。
この子はまだ知らないのね。
……私も、まだ実際見たことはなくて、いきなり自分がそうなるからわからないことだらけではあるけれど。
うまく導けるかわからない。
……いいえ。もう導くのではないわ。
私と有理香さんは、先生と教え子という教える教えられるの関係、……ではなく。
恋人同士、2人で歩むのだから。
きららは気持ちと言葉を整理すると、今度は有理香の瞳を見つめて話す。
「それは違うよ。女の人同士でも恋人になれるの。有理香さんが私を選んでくれたのなら私は……私も有理香さんを選ぶよ。」
きららの言葉に、有理香はまた、クリスマスツリーの下に置いてあるプレゼントを見つけた時の子どものような笑顔になる。
「本当……ですか!? 嬉しい……! 嬉しい……! きらら先生、大好き……!」
私も好きだよ、有理香さん。
……でも一つ訂正しなきゃ。
「うふふ。私も有理香さんが大好き。……大好きだから、一つ訂正させて。」
「はい?」
有理香の声が拍子抜けしている。
「……先生ではあるけれど、もう恋人だもの。……教えてる時以外は、先生って呼ばないで?」
きららは有理香に甘えるように言う。
自分でもこんなに可愛い声って出るんだと驚いてしまっていた。
有理香は今まで聞いたことのなかったきららの声に、くらりとする。
「……はい。……きらら……さん。」
「ありがとう。……私の有理香。」
まだしばらく2人は抱き合って時を過ごす。「きらら……さん。」
「なあに?」
「まだあたし、恋人ってどんなものかわかんなくて。……どうするものなのか、きらら先生……教えてくれますか?」
そのあまりの可愛さに、本当はわかっているのではないのかしら、という無粋すぎる指摘はすぐに引っ込む。
「じゃあ教えてあげる。……私の可愛い恋人に、ね。」
きららは有理香の顎をくいっと優しく持ち上げ、瞳を閉じてその唇を甘く食む。
中学生相手にどこまでしていいのかきららにだってわからない。
一旦きららは口を離す。
「初めてキス、しました……。」
「……キスなんて私も初めてだった。……そもそも、貴女が初めての恋人……。初めての恋人が中学生の教え子って、私はとんでもないことをしてしまったのかしら。」
きららの言葉に、有理香は不安げな表情になる。
「……やっぱり、駄目なんですか。」
もう失いたくない。
傷つけたくない。
何としてでも守る。
「……たまにニュースになるわよね。先生と教え子が付き合って問題になった、って。私と有理香だって、一歩間違えばそうなりかねない。……だから。私は間違えてはいけない。」
きららは有理香を強く抱きしめまた囁く。
「……でもね、私が絶対に間違えないなんて出来ないの。……だから、私が間違えそうになった時は、貴女が道を正してくれる?」
きららはまた有理香の瞳を見つめて話す。
有理香は今度は胸を張って、きららの瞳を見つめ返して応える。
「うん! あたしは、きららさんの恋人だもん!」
その明るさに、きららの陰りはすっかり晴れた。
そうなれば、もう何も怖くない。
「ありがとう。守ってみせるわ。私の有理香……。あの時に優海さんと約束したのも事実だけど、そんなのもう関係ない。貴女の先生としてもだけれどそれ以上に、恋人として貴女を守る。」
再びきららは有理香に口づける。
溢れる想いを浴びせるかのように、きららは舌を有理香のそれに絡ませる。
きららの後を追うように有理香もその舌をきららに纏わせる。
2人は甘くも熱を帯びた蜜を溶けさせあい、その蜜は2人の唇を一筋の糸で結んだ。
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