*10*

 クリスマスイブがやってきた。

 午前中に入っていた別の子の指導はきっちりとこなして、きららは昼過ぎには帰宅していた。


 仕事以外で誰かの家に招かれるなんて。

 大学で仲良くなった一人暮らしの友達の家に遊びに行ったことは何度かあるけれど、今日のそれはそんな気軽に、というわけにはいかないだろう。

 堅苦しくなり過ぎるのもいけないけれど、礼や品が無さ過ぎるのもいけない。

 迷った挙句、リボン付きブラウスにジャケット、下はフレアスカートに厚手の黒タイツ、髪はバレッタでハーフアップにまとめて垂れているのをゆるく巻くという出で立ちとなった。

 ……この格好、冬の“彼女”に似ているな。

 あの頃、“彼女”みたいになりたくて、背伸びして“彼女”の着ていたのによく似たスカートを中学2年生のクリスマスプレゼントに買ってもらったっけ。

 正直、買ってもらったときは顔に対して服が全然似合っていなかったしブッカブカだったけれど。

 今やっと、着こなせるようになってきたと思える。

 手土産のお菓子も買いに行くし、時間にはゆとりを持って行かなきゃ!


 きららは大き目のトートバッグにノートパソコンとケーブルを詰め込むと、いつもよりも可愛い化粧をして家を出た。


 きららの自宅から機織家までは電車で一本だ。

 (余談であるが、機織家にサンタ服で突撃した日の帰りは終電になんとか乗っていた。)

 きららの自宅から機織家に真っ直ぐ向かうと、途中には手土産を買えそうな菓子店は無い。

 なのできららは、あらかじめ調べておいたお店に寄り道して買い物してから、機織家へ向かった。


 夕方。

 約束より少し早い、とてもちょうどよい時間にきららは機織家へ到着した。

 手鏡で身なりを整えると、きららは機織家の呼び鈴を鳴らす。

 ピンポーン、と聞き馴染んだ音色が響く。

 家庭教師としては1か月ほどの間、呼び鈴を鳴らした。

 そして今日は、招かれた客人として呼び鈴を聞く。

 聞き慣れた呼び鈴の音色のはずなのに、きららは妙な緊張に見舞われた。

『はーい。あっきらら先生! 今開けますね!』

 ドタドタという足音が大きくなってきて扉が開く。

「きらら先生、いらっしゃい! 可愛い!」

 目の前には、まるでこぼれるような、大きな花がぱっと咲いたかのような笑顔の有理香がいた。

 赤と緑のタータンチェックのワンピースに、学校でも着られそうな紺色のカーディガンを羽織っている。

 クリスマスを思わせる服装がよく似合っている。

 しかしきららには、街角に飾られている柊の実やポインセチアにも負けないくらい真っ赤に上気した有理香の顔がまぶしく、見ているだけで幸せに満ちていた。

「ようこそいらしてくださいました。石英先生。」

 奥から優海もゆっくり静かに出てくる。

 優海は淡い水色の地に紺の雪模様のカーディガン、そして紺と緑のタータンチェックのスカートを着こなしている。

 二人ともこれまでにないくらいお洒落で、きららはさらにうきうきしてくる。

「有理香さん可愛い!」

 と、きららはおめかしした友達に言うかのように高く声を弾ませる。

「優海さんもお綺麗です!」

 優海の出で立ちも美しいものであったが、きららはその微笑みのほうに感激していた。

 あの優海さんがここまで幸せそうに笑うなんて!

 1か月前に見た、お互いを思いやってはいるけれど苦しさにいっぱいだった2人とはまるで違う。

 楽しそうに笑い合う母娘おやこを見ているだけで、きららは幸せが溢れてきた。

 テーブルにはチキンにサラダ、パンやらケーキやらが並んでいる。

「きららさんのおかげで、チキンとケーキはずいぶんお得に買えましたわ。金銭的に控えていたのもありますけれど、2人だとまず食べきれないですもの!」

 きららの友達で、この時期にノルマを課されたチキン店アルバイトとケーキ店アルバイトが売上貢献のお礼に社割を使ってくれたのだ。

 おっと、忘れてはいけない。

「優海さん、はいどうぞ。手土産でございます。」

「まあご丁寧に、ありがとうございます。……まあ、シュトーレンですね!」

「ケーキもチキンもたっぷりありますから、食べきれなくても困らないものにしました。」

「お腹に余裕があったらお茶と一緒にいただきましょうか。」

 ある程度お腹は空かせてきたが、果たして食べられるだろうか。

「お母さん! こんなにごちそうが広がってるのなんて初めて!」

「そうね。さあ、冷めないうちに食べてしまいましょう!」

「いっただきまーす!」

 食事を楽しみながら、きららは頭の片隅で考える。


 普段、優海さんはおそらく、そもそも料理する余裕もあまり無いのだろう。

 私のお母さんもそうだった。

 私にいろいろと任せられるようになると、買い物と料理は私の役割となった。

 半額になった食材を買ってくるとすごく褒めてくれたっけ。

 お母さんとも、こうしてチキンやケーキを食べたなあ。

 優海さんがかつての母の姿と重なってくる。

 お母さん。私は今も、幸せだよ。


 テーブルの上に広がっていたごちそうは、ゆっくりとだけど食べられていき、終いにはほとんど無くなっていた。

(おおむね有理香が食べていたが、きららも勧められるうちにかなりの量を食べていた。)

「優海さん、よろしければ映画でも見ませんか? 有理香さんが見たいと言っていたのでパソコンを持ってきているのですよ。」

 招かれているとは言え、長居し過ぎるのも申し訳ない。

 長い映画をガッツリ見ると夜遅くなってしまう。

 短時間……30分程度でサクッと見られるこの時期にピッタリな作品は……あった。

「ええ。有理香が喜ぶのならば。」

「では! テレビをお借りしますね!」

 きららはテレビの端子を探すと、ケーブルで持ってきたパソコンに接続する。

「優海さんはもしかしたらどこかで見たことがあるかもしれません。とても古い作品ですので。」

 そしてきららはパソコンにDVDを入れて再生する。

 ディケンズの名著『クリスマス・キャロル』。

 それをキャラクターに演じさせたアニメだ。

 有理香は食い入るように画面を見る。

 長い間、教科書と学校の勉強以外に触れることの無かった少女が、どこにでもいる少女のようにテレビで映画を見ている。

 優海もゆったりと画面を見ている。

 どこででも過ごされるようなゆったりとした時は、久方ぶりに機織家ときららを癒した。

 遅くなりすぎないよう20時頃にはきららは帰宅していたが、機織家で過ごした素敵な時間の余韻は眠りにつくまで続いていた。

 

 なお、きららが持参したシュトーレンは手つかずのまま食べきれず、機織家ときららで半分こされた。

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