*7*
きららは悩んでいた。
有理香と優海母子に笑顔を取り戻すために奮起した。
まではいいのだが、肝心の突破口が何も思いつかない。
そもそも、自分には手札ゼロでその手札は目の前の有理香さんから引き出すしかない。
おそらくは、優海さんがここまで極端な思想になった原因は学歴差別とそれによる苦労で間違いないだろう。
だから娘の有理香さんにはそんな苦労をしてほしくない。
そうならないために、有理香さんをあのように育てた。
そのこと自体は、きららは否定するつもりは少しもない。
ただ、ほんの少し。
その思想に、勉強以外のものを受け入れるゆとりを作ってもらうだけだ。
目の前の有理香さんはなかなかの頑固者だったけれど、たった一か月でここまで心を開いてくれた。
その有理香さんのお母様たる優海さんは、有理香さんの上をいく頑固者であろう。
私は優海さんに拒絶されている。
娘に余計なことを吹き込んだ邪魔者と思われている。
だから取れる方法としては、相当強いインパクトのある何か、すなわち必殺級を一撃で決める。
この一手だろう。
よし。方針は定まった。
そうなれば有理香さんにするべき質問は。
「ねえ、有理香さん。……お母さんとの思い出で、一番楽しかったものって、何?」
「楽しかった思い出、ですか……。」
有理香は考え込んでしまった。
うーん。わかってはいたけれど手ごわいな。
世の中には、家族というものにいい思い出がないとか、ろくな家族がいないとかはあるけれども。
ここで悩まれると先が思いやられる。
きららが悶々としていると、「あっ!」と有理香が思い出したかのように叫んだ。
「あたしが幼稚園の時!」
「幼稚園?」
「はい! その時はまだお母さん、こんなに勉強勉強っていう人じゃなくて。幼稚園の時のクリスマス! ママがサンタさんの格好してあたしにプレゼントをくれたの!」
なんだって。
あの優海さんがそんなことを。
呆然とし過ぎて何処かに旅立ちそうな自分の意識を必死に呼び止めながらきららは結論を導く。
これだ。
じゃあ次は。
どうやってその思い出をよみがえらせるか。
もうこれは、再演してみせるのみだ。
「有理香さん! それ! もっと詳しく! 当時のことを!」
きららは無意識に立ち上がり前のめり有理香に詰め寄る。
「せ、石英先生!?」
きららの勢いに有理香は驚いて後退りしてしまう。
そしてきららも自らの振る舞いをようやく自覚した。
「……あ。」
先ほど、有理香が大声を出したときよりもさらに強い視線の雨が学生達から、きららと有理香に注がれた。
きららはもはや開き直るしかなかった。
……もう、変な目で見られているわ。潔く諦めましょう。
どうせあまり知らない学生の些細なことなんてすぐ忘れるわ。
こうして有理香さんとまた会えて、さらに優海さんの心を動かせるかもしれない希望まで見えてきた。
それなら、こんな視線なんて安いものよ。
学内での体裁なぞよりも大切な存在――
きららにとって、有理香は既にそのようなものになっていたのだ。
計画を成功させるべく、きららは有理香からさらなる話を聞き出していった。
きっと、これなら上手くいく。
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