*3*

 有理香の部屋に着いてきららは唖然としてしまった。

 あまりにも殺風景すぎるのである。

 いくら貧乏でお金がないと言っても、優海さんや家の様子を伺う限り、数は多くないにしても漫画や小説、頑張れば1世代前くらいのゲーム機でも買えるだろう。

 やりようによってはおさがりや中古品という手もある。

 しかし。

 今、目の当たりにしている有理香の部屋には。

 椅子と勉強机、学校で使う学用品、机の上には少しの文房具。そしてベッド。

 ……それだけしかないのである。


 本当に。

 有理香さんは一体。

 "何を娯楽にして生きているのだろうか。" 


 有理香は部屋に着いて真っ直ぐに机に向かい、椅子に座った。

 先ほど質問をして後悔したばかりだけれど、きららは目の前の状況を理解するためにも有理香にまたも質問をせずにはいられなかった。

「あの。有理香さん。」

「なんでしょうか。」

「あの。その。……ここは、お勉強のためだけの部屋?」

「そういうわけでは、ないです。」

「そうなの。ありがとう。……もう一つ、質問していい?」

「どうぞ。」

「あの。好きな本とか、漫画とか、ある?」

「教科書以外の本なんて読んだことないです。」

「え、えええええええ!」

 有理香から出てきた答えに、きららはひっくり返りそうになってしまった。

「え。え、え、え。その言い方だと図書館の本もだよね?」

「だから教科書以外の本なんて読んだことないです。というか、読む時間なんて無いですよ。」

 きららは有理香の発言が自分の想像を絶するものばかりで、何処かに行ってしまいそうな自分の魂を必死に繋ぎとめている。

「あ、あの。もしかして家事をずっとやってて勉強以外の時間が取れないのかな?」

「家事はやってますけどそこまでじゃないです。あたしは、勉強で忙しいんですよ。」

 きららはあっけにとられる。

 勉強で忙しい。

 こんな台詞、公立中学に通う中学生の口から出てくるなんて前代未聞だ。

「そ、そうなんだ。……勉強、好きなの?」

「嫌いではないですけれど。」

「うーん……。忙しくなるほど勉強してる理由って、聞いていい?」

「そんなの、県立さくらが丘高校に行って国公立大学に行くためですよ。」

「そんなに、県立さくらが丘高校に行きたいんだね。」

 きららは一つの可能性に辿り着いていた。


 今の有理香さんは、"県立さくらが丘高校に行って国公立大学に行く"以外のことに対する興味や関心が一切無い。

 "県立さくらが丘高校に行って国公立大学に行く"ためだけに生きている。

 それはなんのためか。

 “そこに行けば国公立大学に行けてお母さんを楽させてあげられる”から。

 おそらく今自分がすべきことはその為の勉強だけで、他は邪魔なもの、あるいは時間を割くべきで無いものと思っているのだろう。

 この調子だと友達もいるのか怪しい。

 まあ、家庭環境で人を見下す連中ばかりなのであればクラスメイトとも先生達とも無理に仲良くする必要はさらさら無いけれど。

 だけれども。

 このままでは有理香さんは夢の無い人生を歩んでしまうだろう。

 物語から空想する夢も、何かに憧れて見る夢も、誰かが見た夢の追体験も。

 この世界は現実が全てではない。

 現実であっても、自分の見えているものだけが現実ではない。

 そもそも読書量が足りなさ過ぎるからもっと本を読みなさい。

 国語の勉強だと思って本を読みなさい。

 など、国語教師(の卵)として言う以前の問題だ。

 なんとかして有理香さんに、この世界は高校や大学に行くのが全てではないこと、空想の世界にも現実の世界にも素敵なものがあることを教えなければ。

 ここで文字通り受験対策の勉強だけ教えるのは私が納得行かない。

 それに勉強を教えるだけが先生の仕事ではないと、“彼女”なら言うだろう。

 これは私の試練であって運命だ。 


 きららは自分の為すべきことを改めて噛み締めた。

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