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 きららに家庭教師の依頼を出したのは、きららと同じ母子家庭の母親、機織はたおり優海ゆうみ、教える対象である生徒は中学2年生の女の子、有理香ゆりか、であった。

 「あまりお金がありませんので授業料はひと月にこれだけしか出しかねますの。申し訳ございませんわ。」

 優海が提示した金額は、お世辞にも多いとは言えない、ちっぽけな金額であった。

 しかしきららは二つ返事でこの条件を受け入れた。

「いえいえ! 充分ですよ! 有理香さんも優秀そうな子ですし、さっそく顔合わせしましょう!」

 この時、きららにとって授業料の多寡など、どうでもよかった。

 優海はきららに、貧乏だから授業料を少ししか出せない、それでも娘に家庭教師をつけたいと話し、きららも優海と有理香に親近感を覚えていたのでこの依頼を受けることにしたのだ。

「改めまして。石英きららと申します。県立教育大学、国語科の2回生です。よろしくお願いしますね。」

 きららは優海と有理香それぞれに名刺を渡して挨拶する。

「家庭教師をつける目的は高校受験対策でよろしいでしょうか? 志望校はどちら?」

「県立さくらが丘高等学校。」

 有理香が名を出したそこは近辺の公立高校の中でも地元の国公立大学への進学者が多いことで有名な学校であった。

「どうしてそこに行きたいのか聞いていい?」

「そこに行けば国公立大学に行けてお母さんを楽させてあげられるから。」

 それを聞いて、きららは質問したことを後悔してしまった。

 ああ。こんな質問なんてするものではなかった。

 この子は。自分のやりたいことよりもお母さんを楽させることが第一になっているのね。

 無論、その気持ちや有理香が置かれた状況はきららにも理解はできた。

 だが、それが有理香さんの心の底からの望みなのだろうか。

 これ以上の質問をするべきか、有理香さんの心に踏み込んで行くべきか。

 今ここで有理香さんの心に土足で踏み込むのは悪手だろう。

 きららはこれからの自分の方針を定めた。

 私は有理香さんの家庭教師だ。

 それなら、ゆっくりと有理香さんの心に近づいていこう。

 時間をかけてでも、有理香さんの本心を確かめよう。

 もしかすると、この子は自分のやりたいことや好きなことを見つけられないまま、お母さんに気を遣う人生を歩み続けるかもしれない。

 それを有理香さんの人生と呼んでしまうのは、あまりにも寂しそうだ。

「石英先生、どうかしましたか?」

「あっ、いえ。なんでもないです。今日は初日ですし、少し雑談も交えながら五教科を一通り見ていきましょうか。」

 優海に呼びかけられきららは我に返った。

 有理香さんの心を開いてみせると決意し、きららは有理香に連れられて、有理香の部屋へと向かった。

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