家庭教師と優しい奇跡 -Miracle of Kindness and the Home Tutor-

星月小夜歌

*1*

 女子大学生である石英きららは天涯孤独だった。

 幼い頃にきららの母親と父親が離婚し、きららは母親である石英瑪瑙めのう一人の手で育てられた。

 中学生までは、父親は死んだと聞かされていたが、本当はモラルハラスメントや学歴差別の酷い父親に愛想を尽かした瑪瑙が幼いきららを連れて家を出たのだ。

 高卒であった瑪瑙はきららを大学まで行かせるため、不自由ない生活を送らせるため朝から晩まで働き通しであった。

 そんな瑪瑙をきららは物心ついたときから気遣っており、物や服をねだることはほとんど無くなっていた。

 瑪瑙は幼い頃から忙しい合間を縫って、きららにたくさんの物語を図書館の本で読んで聞かせた。

 またいじめや困難に苦しむ幼いきららに瑪瑙は空想の物語を語って聞かせ励ました。

 そしてクリスマスには、その時に買える範囲のものであれば何でも、何か一つを買い母娘おやこで楽しんだ。

 そしてきららは公立中学をほぼトップの成績で卒業して進学校と言われる公立高校へ進学し、そこでもまた優秀な成績を収めながら卒業して、見事に県立の教育大学への切符を勝ち取った。

 きららが教育大学に進学した理由は、教員となれば奨学金の返済を免除されるから、県立の教育大学であれば学費が安いから、という理由も大きくはあった。

 しかし、きららにはそれらの理由以上に、大きなもう一つの夢があった。

 きららの母、瑪瑙はきららをたくさんの物語で励ましたが、実はもう一人、きららを物語で励ました人物がいた。

 その人物はきららの中学1年生の時の国語の先生であった。

 彼女はたった1年だけきららの学校に勤務して、きららを教えたのもその1年だけであった。

 しかし彼女は、きららに多くのものを残していった。

 きららが貧乏であることに対し心無い言動をする者は、生徒だけではなく教師達の中にもいた。

 そんな教師達に嫌気がさし、身の回り全てに対してきららは心を閉ざしていた。

 そんなきららにも彼女は優しく接してくれたものの、きららは『優しく接しておいて本心は自分を馬鹿にしているか憐れんでいるのだろう』と彼女の優しさを信じず突き返してしまった。

 しかしそれでも彼女はきららへの態度を変えなかった。

 遂にはきららも彼女にだけは心を開き、クリスマスが近づいた12月に、彼女はきららへ、ある物語をプレゼントしてくれた。

 本そのものをプレゼントしたのではなく、正確には本をきららに教えただけである。

 しかしきららはその本を図書館で借りて自らで読み、その年のクリスマスプレゼントとして、瑪瑙にねだり買ってもらった。

 その本は今でもきららの宝物として、いつもきららの傍らにある。

 やがて周りからの視線や揶揄いからかいをやり過ごすすべを身に着けたきららは、周りともそれなりに上手くやれるようになっていった。

 それでも、きららにとって最も信頼できる大人は、母の瑪瑙を除けば国語の先生である彼女一人であった。

 きららは教師という人々を大嫌いではあったが、国語の先生である彼女だけは大好きであった。

 年度が変われば彼女が異動してしまうと知ったきららは、とてつもない不安に襲われた。

 その不安は、きららの心の奥底に隠されていた彼女への憧れを露わにし、『彼女のようになりたい』『彼女のような教師になりたい』と、大嫌いだったはずの“教師”を目指そうとしているきらら自身の心の変化を浮き彫りにした。

 彼女が異動してしまうまでの短い間で、きららは彼女とたくさんの時を過ごした。

 やがて年度は変わり、中学2年生へと進級したきららは、寂しさに押しつぶされそうになりながらも、たった一人の憧れにして目標となった彼女の背中を追うため、そして自分を馬鹿にする者や見下す者達に実力を示して逆襲するため、飄々と振舞いながらもその水面下では一人で勉強していた。

 そしてついに中学ではトップクラスの成績にまで昇り詰めて、高校でもまた優秀な成績を収め、永遠の目標である"彼女"と同じ先生となるための、県立の教育大学への進学を果たしたのである。

 きららが県立教育大学に合格したので肩の荷が下りきってしまったのか、瑪瑙はきららが大学に入学した春ごろから体調を崩し、翌年の春を迎える前にこの世を去ってしまった。

 ……きららの大学の学費を残して。

 幸い、瑪瑙は相続税のことまで考慮していたのか、きららが残りの3年間を大学で過ごせるだけのお金は残った。

 こうしてきららは天涯孤独となりながらも、永遠の憧れである"彼女"のような国語教師を目指しながら家庭教師のアルバイトに精を出し、食費、通信費、娯楽費などを工面しながら飄々と生きているのである。

 大人となったきららは亡き母の教えに従い、どれほど辛くても苦しくても、遊び心と夢見る心を忘れることはなかった。

 さて今は11月。

 世間はクリスマスに染まり始め、受験生は気合を入れて追い込みの季節である。

 街の通りがイルミネーションで煌めきながら、ショッピングモールはおもちゃやケーキをここぞとばかりに売り出して、そんな中で駅や電車の中を見渡せば制服を着た若者が単語帳や参考書とにらめっこしている。

 そんな明るさとせわしさが交差するこの季節がきららは好きだ。

 クリスマスが近くなると、きららは中学一年生の頃の、後に永遠の憧れにして目標となる"彼女"との想い出がより鮮やかによみがえってくる。

 きららが彼女に心を開き、一番幸せで満ち足りていたあの頃に、きららは想いを馳せるのだ。

 母、瑪瑙が生きていた頃には、瑪瑙はなんとか時間を工面して、出来合いのささやかなケーキやチキンを母娘で食べて、時には欲しかったからクリスマスプレゼントとして買ってもらった映画のDVDを一緒に見た。

 きららが受験生になった年も、瑪瑙ときららはクリスマスを共に過ごすことだけは忘れなかった。

 本当にささやかな、出来合いのそれらしい食事を取るだけであっても、瑪瑙ときららは幸せだったのだ。

 そんなきららに、ある日転機が訪れる。

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