プロローグ(under):これはゲームであってゲームではない

 大気が鳴動する。

 輝きを放っていた短棒――キーコマンダーにその光が収束していき、やがてそれはスラリと長い刀身のような形を顕わした。


「いいね、ちゃんと軽い……!」


 魔装核セイズ・フレーム


 それは三つのキーと一つのトリガーの入力(コマンド)によって、その姿を自在に変えることの出来る、超万能型携行兵器。これを作り上げる為に一体どれだけの経験と時間を費やしたことか、感慨深さで涙が滲んでくるぜ。

 ついでに設計図を持ち込んだときの生徒会長のこの世の終わりみたいな顔も浮かび上がってくる。しばらくあの人の傍には近寄らないで置こう。


 華々しい初陣、といきたいところだが、あくまで今回は試運転だ。試せるだけのことを試して派手に散る! これが目標!


「行くぜマイ・ニュー・ギア!」


 まずはその触手みたいなレーザーから何とかする!


変数解放コマンドシフト!」


 三つのキーを同時に押し、トリガーを引いた。そのまま両腕をグンと前に突き出せば、刀身を構成していた光の粒が前面に大きく展開する。半透明の青白いベールがあっという間に俺を取り囲んだ。


 後を追い迫ってきたレーザーがその膜へと次々に衝突し、同時に爆散して霧のように消えていく。


「く、おぉ……!」


 ある程度の衝撃は流石に殺しきれず伝ってくるが、直撃によるダメージは全く無い。バリアとしては間違いなくまともに機能してくれている。


「思ったより行けるぞこれ!」


 追尾レーザーを凌ぎきったことを確認し、コマンド無入力状態でトリガーを引く。これで剣の状態に戻すことができる。

 操作も直感的かつスピーディーにできて良いな。これであとは場数を踏んで対応コマンドも覚えて……意外と道のりは大変そうだが、まぁ戦ってるうちにもっと上手く使いこなせるようにはなるだろう。

 初めて持つ武器の操作方法を手探りで試してる時のこの感覚、なかなか久しぶりだ。ワクワクして仕方がない。


 改めて光剣の柄を持ち直し、グッと右足から大きく一歩を踏み出す。今度はこちらが攻勢に出る番だ。ブースター再起動、速度を上乗せしつつ上半身を大きく捻り、振りかぶる二本の切っ先が向かうはただ一点。


「巨体が相手なら狙うべき場所は――脚!」


 激突の直前、一際輝いた刀身は確かな質量を携えて風を切り、火花を散らす。


 バヂュン、と耳馴染みの無い音が響いた。少し遅れて、これがこの武器が持つ剣戟の音なのだと気付く。ちょっと違和感が凄いけど、これはこれで爽快感がある!


「いやかっっった!」


 しかし振り抜けない。流石は巨大サーバ、強靱さも段違いといったところか。攻撃が当たった感覚はあるが、ダメージを与えられているような手応えはまるで感じない。


「おわっと!」


 グンと大蜘蛛の体躯が蠢く。僅かな身じろぎでも当たればひとたまりもない、一旦追撃を諦めて後退だ。切りつけた部分は……チッ、ちょっと切れ目が入ってるけど全然中まで届いてねえな。想像以上に骨が折れそうだ。


「なら……!」


 上から下へパパパチッとキーを入力し、最後にトリガーを引いて出力。


変数解放コマンドシフト


 光剣は再びその形を失い、粒子がまるで一つの生き物のように流動する。そうして今度は――巨大な槌へと生まれ変わった。


 ちょっと気軽に取り回すには大きすぎるな。持ち手の部分だけでも俺の身長ほどの長さになってしまっている。流石に両手に持つのは邪魔で取り回しづらいな、この形態のときは一本だけで十分か。そう考え、二本の魔装核のうち片方を解除しインベントリにしまい込む。


とは言え、その見た目からは考えられないほど軽い。ずっと握ってると感覚がバグっちまいそうだ。


 斬撃がダメなら打撃で、打撃がダメなら殴りが足りないと相場が決まっている。負け戦とはいえ一つの手応えも得られずに死ぬのはゴメンだぜ……!


 ダンと強く地面を踏みしめ、サーバの背後から二度目の肉薄を仕掛ける。だが向こうも黙っているわけがない。二歩、三歩とこちらが近づくにつれ、大蜘蛛はギシリギシリと不吉な音を立てて迎撃態勢を取り始める。今更ながら、死角から狙っているはずだというのにイカれた危機察知能力だな。


 大蜘蛛の姿勢が大きく落ちた。ということはプレス攻撃である可能性は低い。さっきと同じ流れであればレーザーだろうが、こちらは敵の手札枚数を全て把握しているわけではない。

 未知の攻撃が来た場合対処は……いや確定だ、後ろ足の装甲に亀裂が入っている! それ後ろ側にもあんのかよ!


 ガゴン、とまた一味違った解放音が重く響き、直後これまでよりも明らかに軽々とした発射音が耳を掠めていく。


「何だ……?」


 レーザーじゃねえな。それよりも小さいし数は多いし、あとなんか煙が出ている。ははーん、これはアレだな、ミサイルとかそんな感じのやつだ。


「遠距離兵器博覧会かコイツはァ⁉」


 空中に放り出された数多の小型ミサイルがふよふよと漂い、次の瞬間一斉にその矛先をこちらに向ける。当然のように自動ターゲッティング機能付きってか、もう驚かねえからな。

 だがこれは非常にまずい。追尾レーザーに対処できていたのは一度に射出される本数が少なかったからだ。コイツはざっと目に見えただけでも四〇以上ある。銃弾爆撃じみたことをやられちゃいくらバリアがあっても持ちこたえられるかどうかは分からない。


 安定を取ろうが勝負に出ようが一か八かだ。なら――、


「楽しい方が良いに決まってらぁ!」


 装備スキル『バーニロム』起動。

 脚部ブースターのリミットを一時的に解放し、その機動力を更に底上げする。しかしリキャストタイム中はブースターの速度が半分に減退するというなかなか無視できないデメリット付きだ。諸刃の選択肢ではあるがここが使いどころのはず!


「うおおおおおお間に合え!」


 数の利はあちらにある。全てを避けきるのは到底無理だ。上空からの攻撃ならば何かしら屋根の下に隠れられれば助かるんだが……こんな時に限って、丁度良い大きさの屋根が目の前にある。

 そう、大蜘蛛本体だ。こんだけ図体がデカけりゃ人一人が身を隠すくらいワケないだろう! 正直後が怖いがまぁなんとかなる!


 ズガガガガン、と岩場を駆ける俺の後を追うように、着弾、着弾、また着弾。ほんの数寸後ろで巻き起こる連鎖的な爆発を紙一重で避けまくり、ギリギリスライディングで大蜘蛛の懐に滑り込む。


 俺の動きをトレースしていたらしいミサイルはそのままバカ正直に移動先を読んだようで、残る数発が見事雨のように大蜘蛛の背に直撃した。


「っしゃ! 相手を本気で倒したいなら変なところで使う装備ケチるもんじゃないぜ、魔物さんよ!」


 と煽ってみたはいいものの、ダメージがあるかどうかは微妙だ。脚部と同じく、その背面も漆塗りのように艶やかな純黒の装甲で覆われている。傷一つでも付いてりゃラッキーって感じだろうが、とにもかくにも確認してみないことには始まらない。


 おまけにこのまま腹の下に隠れるのももちろん危険だ。この手の敵が懐に入られたら取る行動と言えば一つしかない。


「予想通り……!」


 というか懸念通りというか。ギシリと再び軋んだ脚が、その支えを失おうとしている。腹全体で俺の事を押し潰すつもりだ。バーニロムの効果時間は既に切れている。最高速度は半減状態だ、ぼやっとしている場合じゃない。すぐさま体勢を立て直して入ってきた方向と逆側に走り抜ける!


「ぐ……!」


 頭がギリと痛む。肉体的疲労は無いも同然だが、一歩間違えれば即死の状況で立ち回り続けるのは精神負荷が大きい。


 ……だが、それ以上に。俺はこの瞬間が、楽しくてしょうがない!


 低い姿勢を保ったまま大蜘蛛の懐から抜け出し、ブースターを一度切る。半身を翻らせて今一度サーバと向き合ってみると、その胴体はズズンと大きく地面に沈み、めくれ上がった岩肌が辺りに散らばっている。どうやらここまで大きく体勢が崩れると、流石に復帰までに時間が掛かるようだ。


 そしてその背面装甲を確認してみれば――、

 ――僅かに一筋。だが確かに、亀裂が入っていた。


「よし――」


 ここしかない。俺の本能がはっきりと、そう叫んでいた。

 グッと大槌を握り直す。ほとんど同時にバーニロムのリキャストタイムが終了した。条件は完全に揃っている。


「『バーニロム』!」


 右足を確と踏みしめ、ブースターを再起動する。

 向かう先は大蜘蛛の背を完璧に狙える位置、即ち上空。

 斜め上方向に角度を調節し、大蜘蛛が体勢を整えてしまう前に、最短距離で一直線にカッ飛んでいく。


 一層風が強くなった。青空の頂上に輝く陽に灼かれ、地面に一点の影が落ちる。煽られた前髪が数瞬目元を遮り、そのまま後方へと薙いでいく。目の前を邪魔するものは最早何も無い。眼下にはこれから俺が一縷の望みを託す、一本の白線。


「これで――」


 狙い澄ますはその一点、ブースターを垂直に最大出力で放出して急転直下、特大質量の一撃を振り下ろす‼


「――ッどうだァ‼」


 ズパァン、と。


 破裂音にも、或いは悲鳴にも似た、確かな手応えを感じる衝突音が一帯の空気を震わせた。

 反動によって跳ね飛ばされる身体。魔装核を手放さないよう指先に力をいれるだけでも精一杯。スローモーションになっていく視界のなかで、俺はその顛末を捉えた。


 一本の白線が、ビシリと大きく広がる。


 次の瞬間、コップを落としたみたいなけたたましい音と共に、漆塗りの外郭が砕け散り。

 その内側に隠されていた機構は、まるでとばかりに――、


あか――」


 鈍く奔い衝撃が走る。

 世界が激しく明滅し、聴覚がノイズに侵される。


「――え」


 素っ頓狂な声を上げたと同時、再び重く身体が揺れ、それきりすっかり動けなくなった。

 目の前が真っ黒に染まる。僅かに聞こえる小石のぶつかる音を耳にして、一応まだ死にきっていないらしいことだけは理解した。


「な、にが」


 突然言うことを聞かなくなった体のうち、首だけをやっとの思いで動かすと、視界いっぱいにゴツゴツとした岩壁が広がっている。

 どうやら俺は何かしらが原因で跳ね飛ばされ、山の一画に叩き付けられたようだった。


 しかし、誰が、どうやって?


 ついさっきまで俺とあの大蜘蛛が居たはずの場所を確かめるべく、俺は首を壊れかけた歯車のようにゆっくりと回した。


 ……蜘蛛の姿をしたサーバが、ゆらゆらと宙に浮いている。


「えぇ……」


 心の底から溜め息を吐いた。

 鋼鉄の装甲によって守られていた内部機構は真っ赤に燃え上がり、ふつふつと空気を揺らめかせている。どうやらこっちが本来の姿のようだ。

 装甲を「脱皮」したことで身軽になり、瞬間移動じみた速さを獲得、ついでに何か浮けるようにもなったと。何だよついでって生命の冒涜にも程があるだろなんにもウケねえよバカ。物理法則どうなってんだよ本当に。


 ピー。


「あ」


 わざとらしい警告音が耳をつんざいた。


『ヒットポイント全損。強制ログアウトを執行します』


 つまるところのゲームオーバーである。


 ……いやね? 確かにまぁ負け上等みたいな心持ちで戦いを挑みましたけどね? いくらなんでもこれは予想してないっていうかこんな生態のサーバが許されたらもうなんでもありだろっていうか詰みだろマジで、大体これ今まで未発見状態だったからアレなだけでどう考えてもの激ヤバ個体だしそもそも形態変化させちゃったからハルを先に帰らせた意味なくない? コイツどうやって倒すんだよふざけんなよホントあふんッ、


 そうして、俺の存在はこの世界から消えた。





「何だこのクソゲーはあああああああああああ‼」


 薄暗い部屋の中、ベッドからバネの如く跳ね起き枕を引っ掴んで壁に叩き付け頭を抱えて渾身の絶叫。この間僅か〇.五秒である。


「はぁ、はぁっ、は、はぁ……ッ」


 肺の中身を全部ぶちまけ、無駄にかいた汗を拭うのも忘れて肩で息をする。

 ベッド脇のテーブルに置かれた時計をちらと見れば、時刻は午後一時。外は大変天気が良いようだ。閉め切ったカーテンの隙間から輝かしい光線が差し込んで……光線……うっ頭が……。


「はぁ……」


 頭をガシガシと掻いて、最後に一つ大きな息を吐く。

 まぁ、なんだ、一応やることはやった。ハルは先に逃がしたし魔装核めっちゃ楽しいし取りあえずそれでいいや、あのクソ蜘蛛のことは後で考えよう。

 観念してカーテンを開けると、頭が痛くなりそうなほどの青空が目に刺さる。所狭しと並ぶマンションの窓グラスが陽の光をこれでもかというほどに反射して、思わず俺は目を細めた。


「……取りあえず買い物でも行くか」


 どうせゲームオーバーになった以上一時間はログイン出来ない。今のうちに生活の諸々を終わらせてしまおう。マイが帰ってくる時間までも余裕はあるし。クローゼットから適当に外に出られそうな洋服を引っ張り出して着替え、自室のドアを開ける。

 洗面所で歯を磨きながら手首を捻れば、半透明のディスプレイが立ち上がる。ニュース速報の通知が入っていた。内容はこうだ。


『未確認新型サーバの脅威度が高レベルで確定。本日中に大規模迎撃レイドミッション発令の見込み』


 ほ、と胸を撫で下ろすと同時、反射的に顔を歪めた。今日のうちにまたアイツと戦わにゃならんのか。あんまし悠長していられないかもしれない。


 玄関を開ける。自然の気配なんてほとんど見当たらない都会のど真ん中に、どこからか蝉の鳴く声が響く。もう季節は夏に差し掛かっているらしい。降り注ぐ日差しを手で翳し、その奥に広がる景色を見渡した。


 真っ白な外壁と、ところどころにアクセントで入れられた淡い水色のライン。我らが中央議会セントラルフロータワーが、天へと高く高く突き刺さっている。



 ――俺たちの世界はあるシステムによって支えられている。


 それは、ゲームであるようでゲームではなく。


 その実、ゲームではないようでゲームである。




 ついでに言うと、今日は平日である。


 燦々と輝く太陽の下、俺は大きく伸びをして、日向へと脚を踏み出した。



 所属、中央議会附属第一学園高等部。一年D組、不知巳しらずみミナト。


 学校には、もう一ヶ月くらい行っていない。

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