Out of Order Online.
矢五八 寝倉
天使の詩声は斯く語りき
プロローグ(under):これはゲームでないがゲームである
ゴウ、と強い風が打ち付ける。
草花の擦れる音と共に耳元を掠めていくそれは、切り立った崖の向こう側へと突き抜けていき、少し遅れてビュウと一層勢いのある突風が巻き起こった。
岩肌の目立つ山岳地帯のど真ん中。その僅かな一画に茂る青々とした芝生から少し視線を上に上げれば、眼下に広がるのは鬱蒼と木々が立ちこめる暗澹とした森と、それを抜けた先に構えられた煌びやかな大都市。
現在地点は標高7、800メートルはあるかといったところだが、そんな中で突風に遭ったからといって、寒さを感じることはない。そういう風に出来ている。
それにしても良い景色だ。高山特有の爽やかな空気、深みの違う緑色と吸い込まれるような青い空。建造物の高度制限が撤廃された七年前から飛躍的に発展した都市部の中心には、天をも貫かんとする中央議会タワーが堂々とそびえ立つ。
もしこの場所が観光地として整備されていればきっと人気の絶景スポットになっていたに違いない。市街地からの距離はおいそれと無視できないほど遠いが、現代の技術力であればインフラを整備することくらいワケないだろう。
「……なぁ」
だからこそ、もったいねえなあ、と思う。
使われない場所には意味があり、見つからないモノには理由がある。そもそも今ここにいる俺たちが、その素晴らしい景色とやらを堪能している暇など持ち合わせていないのだ。
なぜなら――ここが、戦闘区域だからである。
「コイツ明らかにヤバくない?」
「死ぬほど癪だが――同感だ」
余計な前置きと一緒に舌打ちまでセットで付いてきた。そんなものを注文した覚えはないんですけどクーリングオフってできます?
「何でこんなことになってると思う? ミナト」
「いやぁ何でなんスかねぇ。日頃の行いとかなんじゃなうぉあっぶねえ!」
ズズン、と鉄柱らしきモノが降ってくる。その太さたるや、ヒト一人がまともに喰らえばアッサリ潰れてしまうほどのもの。辺りが暗くなったかと思えば数秒後にはこれだ、気を抜いたら一瞬でやられるだろう。
俺のことをミナト、と呼んだ目付きの悪い男――凰戸ハルは、その目元を一層鋭くして、俺の顔をギリっと睨め付ける。
「……俺はお前の新武器とやらの調整に付き合いに来ただけだったと思うが」
「じゃあ人相かなぁ、俺は俺以上に日頃の行いが良い奴を知らないね」
「今まさにウチの会長を死ぬほど困らせて作った武器握ってる奴が言うと説得力が違うな」
「それほどでも」
「『無い』って意味だ馬鹿、来るぞ!」
俺たちは現在、絶賛窮地に立たされている。その元凶こそが、この降り注ぐ鉄柱の主たる巨大な魔物、通称『サーバ』と呼ばれるモノの一種だ。
機械の部品やガラクタのようなもので構成された体躯を共通点に持ち、大きさの大小から姿カタチの違いまで様々な種類が存在する。狼のような姿をしていたり、龍のような姿をしていたり、何だかもうよく分からん形容しがたい形をしている奴もいる。
そして目の前にいる魔物は……巨大と表現してなお余りある、高さだけでも俺やハルの何倍もある大蜘蛛の姿をしていた。
「ん」
地面に深々と突き刺さった鉄柱、もとい前脚の前面に突如として切れ目が入り、その表面がバシャシャっと音を立てて勢いよく展開する。開いた装甲の奥に見えるのはキラリと光る円柱……これもしかして砲門ですかね。
「ひー! 何でもアリかよコイツ!」
山の上を縦横無尽にレーザーが走り回る。ご丁寧にホーミングまでしっかり付いていてありがたいことこの上ねえな! 自然法則どうなってんだこの野郎!
こちらに襲いかかってくる光線は四本。うち初動で上方からまっすぐ向かってきた二本は走って回避、岩場に着弾したらそのまま土煙と共に霧散してしまった。貫通性能は無いらしい。残りは遠回りに追尾してきている二本だが、随分とスピードが速い。
「発射からの経過時間で加速するタイプか……!」
装備スキルを起動し脚部に取り付けたブースターを点火。四倍以上に膨れ上がった機動力で前方へと駆けだしていく。しかし時間経過で性能が上がるのはどうやら速度だけではないらしい。生き物のようにウネウネと後を追ってくるレーザーに悲鳴を上げながら右へ、左へ。
「おいミナト! 前だ、前!」
「それを待ってた!」
挟み撃ちを狙っていたのだろう、追尾してくるモノとは別に前方からもレーザーが襲いかかってくる。だがおあいにく様、君たち接触すれば爆発して消えるんですよね?
「『スラストロム』!」
戦闘スキルを起動、視界が僅かに青く明滅する。目前に迫っていたレーザーは忽然と姿を消し、代わりに僅か数メートル右の方で眩い光が弾けた。
スラストロム。半径5メートル圏内の球状領域であれば任意の場所に自身の座標をずらすことが出来るスキル。つまるところの瞬間移動で、レーザー同士を衝突させたって寸法だ。
あとは衝撃で起爆するのでそのまま横方向にダッシュで逃げる! 背後から轟くは大爆発! さながら映画のワンシーンを体感しているような気分だが、残念ながらシチュエーションを楽しんでいる場合じゃない。
衝撃の風圧に煽られるがまま、俺は再びサーバと距離を取って相対する。
ちゃんとレーザー同士でも当たり判定があるかどうかはぶっちゃけ賭けだったんだけど、何とか読みが当たってくれたようで何より何より。
「うはは、あぶねーあぶねー」
「接触がトリガーなら普通に武器で叩き落とせば良かったろ」
「いやー、せっかく新しい武器出すならもっとちゃんとやりたいじゃん」
「……お前の基準はよく分からん」
――何故こんなモノがこの世界に存在しているのか。本当に見た目通りの機械に過ぎないのか。動力源は何なのか……。サーバとはあらゆる疑問が付き纏う謎の生命体であり、その大部分は未だ解明される気配すらない。
しかし、今。この時点において確かなことは、二つ。
一つ。サーバとは、この世界に害為す存在、ということ。
二つ。目の前のコイツを放っておくと多分めっちゃヤバい。
「多分で済むと思うか」
「……天気予報も三〇パーあれば十分当たるってか」
まぁそりゃそうだわな。サーバってのはほとんどの場合、人間の背丈よりも小さいか精々同じくらいの大きさだ。5メートルも10メートルもあるようなヤツなんてそうそうお目にかかれるものじゃない。まだ俺たちに多少心得があるから何とかなっているものの、その辺のプレイヤーなら出会い頭にお陀仏していることだろう。
今は都市部から離れた山奥だからこの一帯以外の被害は抑えられているが……この規模のサーバが人里に近づいたら、間違いなく緊急事態に陥る。
「ったく、珍しく気まぐれで着いてきてみたらこれだぞ……」
「おっ気まぐれな自覚はあったんだ。ツンデレじゃーん」
「うるせえな! 一体運が良いのか悪いのかどっちなんだ、俺もお前も……!」
相も変わらず降り注ぎ続ける前脚をひらりひらりと躱しつつ、ハルが隙を見つけては頭を抱え始める。え、そんなに? そこまで深刻に考えると思ってなくて流石にちょっと悪い気がしてきちゃったな。まぁ普段から治安維持の任を背負っている立場だ、考えるところは沢山あるのだろう。
しかし、ふむ。
確かにある意味では、この状況は運が良いと言えるかも知れない。
こんな僻地に大型個体がいるなんて情報は確認されていない。つまり、コイツの存在を知っているのは現状俺たちだけだ。今のうちに倒してしまえば相当の報酬は期待できる。
……が。
「よし、ハルは離脱してくれ」
「は?」
「現状じゃ準備が整ってないし情報も足りない。一旦持ち帰って体勢を立て直してから戦った方がまだ利がある」
この規模の魔物だ、『議会』に知らせればすぐにデータを解析して大規模討伐任務を組んでくれるはず。不利な状況で無理矢理戦って消耗する必要はもとより無いのだ。
「……じゃあお前も一緒に撤退すればいいだろ」
「なぁに馬鹿言ってんだ、俺はまだここに来た目的を果たせてないんでな」
右手に呼び出した半透明のウインドウを操作し、リポジトリから一対の短棒を取り出した。メタリックなメッキが施された、手のひらサイズの棒きれ。しかしそこにはいくつかのボタンと、銃火器のそれを思い起こさせるトリガーが取り付けられている。
「……死ぬだけだぞ」
「どうせ結果は変わんないさ。ならやれるだけのことやってから帰るよ。じゃないと、こうして戦ってる意味が無い」
俺の言葉と意志が揺るぎないものであることを悟ったのだろう。ハルは少し嘆息した素振りを見せてから「そうか」と小さく呟いた。
「まぁ、お前はそういう奴だったな」
「あ、でもレイドの発令は最速でも一時間後にしてくれよ。俺が参加出来ない」
「善処はする」
「よし、じゃあ行くぞ。いいか、敵の攻撃予兆に合わせる。3,2,1で崖から飛べ」
「……あぁ」
ギシリ、と再びサーバの前脚が唸る。節々に突き刺さったスクラップ同士が擦れ、ぶつかり、不快な音を立てながら上へ上へと持ち上がっていく。
「――さ、ん……?」
上へ、上へ、上へ。え? まだ上がるの? それなんかこうどう見ても今まで見たことない大技の予備動作って感じがしないか?
グン、と大蜘蛛の体躯が大きく下がった。
次の瞬間、これまでの戦闘データによって弾き出された危険領域のサインが視界全体を真っ赤に塗り潰し、鋭い警報音が何重にも重なって鼓膜を貫いた。やべえ思ってたんと違う死ぬこれ。
「スマン21早く飛べ!」
「アァ⁉」
叫ぶと同時、断崖絶壁からダイビングしたのであろうハルを確認する暇もなく前方へと駆け出す。
リキャストタイムはとっくに終わっている、今ならまだ避ける手立てはある!
目前めがけて迫り来る超大質量のプレス攻撃、だがこの場合最も気を付けるべきはプレスそのものじゃない。
振り下ろされる前脚。えぐり取られる地盤、立ち上る土煙。その着地点から飛散する光のような粒子――わかりやすく言うところの衝撃波が、左右両方から襲いかかってくる。
「くッ……!」
『スラストロム』
座標転移。その前後にわずかに存在する無敵時間で向かって右方面の衝撃波をすり抜ける。粒子の飛散距離には限度がある。片方さえ切り抜ければあとはどうにでもなるのだが……。
「やっぱやってくるよねえ!」
バガンッ、と再び脚部装甲が展開、びっしりと蜂の巣のように詰まった砲門が顔を覗かせる。昆虫モチーフ詰め放題の出血大サービスだ。血を流すのは俺なんだけど!
一斉に掃射。
「待て待て待て待て『アンダーパス』!」
ブースター点火と同時にスキル起動。動体視力と俊敏性に上方補正を掛ける。稼げる距離はたかが知れているが、その僅かな時間稼ぎこそが今の俺には必要だった。
後隙で膠着している大蜘蛛の懐を一直線に駆け抜け、その背を前にして俺は姿勢を立て直す。
「流石にそろそろお披露目と行くか……!」
我らが天才生徒会長様に直談判して作ってもらったオーダーメイド、俺自身が長年のプレイによって編み出した世界の仮説の結晶。現代の技術の最先端が今、俺の掌に収まっている。
ガチン、と。手にしていた短棒のトリガーを力強く押し込んだ。
瞬間、青白い光が燦然と辺りを満たす。
それは剣に非ず、それは銃に非ず。世の理そのものを支配する、一対のコマンダー。
何でもないからこそ、何にでもなれる。この世にただ二つ、確かに存在する不定……!
「頼むぜ……『
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