第4話 ゐの正体


次の日、私は聞き込み調査を開始した。

昨日の話の衝撃はまだ頭の中に残っているけど、気にしたところでどうにもならない。切り替えて自分のすべきことをするしかない。

しかしこの聞き込みにはひとつだけ難がある。

それは、佐々木にばれないようにしなければならない事。そのため2学年のクラスが並ぶ廊下及び教室では聞き込みができないのだ。

もしメモ帳の持ち主が2年生だったら、灯台下暗しをしている可能性もゼロではない。そもそも佐々木に隠れず堂々とできたらいいんだけど…。

私の弱い部分が情けなく思えた。


そして、1週間が経過した。

未だ持ち主を特定できるような話も目撃情報もでないままだ。

しかし見つけると約束してしまった手前、諦めることはできない。

今日も進展がないまま昼休みになり、佐々木が教室にいないことをいいことに私はメモ帳を見つめていた。

「この学校の生徒じゃなかった時が怖いな…」

1週間前の静との会話を思い出し、私は机に顔を突っ伏した。その時。

「そのメモ帳、清川さんの?」と可愛らしい声が降ってきた。

顔を上げると、目の前にクラスメイトの大野凛子が立っていた。

派手な髪色に学校指定ではないカーディガン。校則に真っ向から反抗している私の苦手な子だ。性格云々ではなく、ルールに歯向かう所が私としては苦手なのだ。

「そのメモ帳、私サイン書いた覚えあるよ♪」大野はメモ帳の表紙をまじまじと見てくる。「ほら、これ!あれって清川さんだったんだ~」握手握手♪と機嫌よく手を差し伸べられたので、私は何のことだと混乱する。

そういえばと思い出す。

大野はインフルエンサーをしている。世間では有名人だ。

「ごめん。これ私のじゃないんだ。落とし物みたいで…。今持ち主を探してるんだけど、大野さん心当たりあるの?」

「凛子でいいよ♪うーん、そうか~。心当たり。このサインを書いたのは今年の夏前にやったサイン会で、持ち主は女の子だった。でもあんまり目立つのが好きじゃないのか、私のファンでは珍しいフード被った子だったかなぁ。だからすっごく印象的だったんだよね」

大野は最近の若者があこがれる有名人だ。きっとファンも彼女を模倣した格好の子が多いのだろう。とにかく派手な格好の子が。

「そうだったんだね。えっと、このチョコレートのとこがサイン?」

「そうそう♪あたし活動名がゐちごだから、ゐってシンプルなサインなんだけど、そのメモ帳がんばってチョコレートの伸ばし棒をゐにしてみたの!最初から書かれていたみたいでしょ!?すごいでしょ!?」

彼女のテンションの高さに圧倒され「うん…」と頷くと同時に「凛子ー」と大野を呼ぶ声が聞こえた。彼女は「じゃ。またね♪」ととびきりの笑顔を私に向けて立ち去って行った。

私は、ふぅと一息つくと、持ち主探しにひとつの光が見えたようで心が躍った。

そして忘れないうちにスマホを鞄から取り出し、メモをしていく。

・フードを被っていた(目立ちたくないタイプ?)

・大野凛子のファン

・女の子

さっきまで諦めかけていたが、やっぱり灯台下暗しをしていたようだ。

少しにやつきながらスマホから顔をあげると、さっきまで教室にいなかったはずの佐々木が冷たい面持ちで立っていた。

「え、佐々木?いつから」

「これ。なに?」メモ帳を指さしてくる。

「え…っと…」

「あの日返したんじゃないの?私、言ったよね?こんなの断って葉山と関わらない方がいいって」佐々木の語気が強くなっていく。怒っているのだろう。

でも、私は私で譲れないところがあった。

「や…やるやらないを決めるのは私だから。佐々木の指示に従わなかっただけ」

「は?私はあんたのことを思って」

「思ってくれなくて結構だから。これは私が頼まれたことなんだから、私が持ち主を見つけなきゃなの」

「だから、そんなの見つかんないし、そもそも葉山の嘘かもしれないでしょ?」

嘘…?なんで嘘かもとか言えるんだ。…苦しい話を。佐々木は教えてくれなかった苦しい話を、彼女は私に教えてくれたのだ。そんな彼女が嘘をつくはずがない。

私のなかのなにかが切れる。

「なにを理由に嘘とかいってんの?!こんなめんどくさい嘘つくわけないじゃん!それに見つからないって何?関わってないのに最初から決めつけんなよ!!」

ハッとする。教室が静まり返っていた。

佐々木も私が怒鳴るとまでは思っていなかったようで、見開いた眼をこちらに向けていた。いや、佐々木だけではない。クラス中の全員が私を驚いた様子で見ていた。

無理もない。いつも黙っているクラスの目立たないやつが、急に怒鳴り始めたら怖いだろ。驚くだろ。

私はどうしたらいいかわからなくなって、とりあえず教室を飛び出した。

それを珍しく、佐々木は追いかけてきた。


屋上の風は少し強くて、教室は温かい幸せな場所だったと思わせてくる。

佐々木も私もお互い息を切らしていたが、しばらくして息が整い、ついでに思考も冷静に戻ってきた。

「…さっきは怒鳴ってごめん」私はおそるおそる彼女を見る。

佐々木はやっちゃったという顔をしながら「いや…私もごめん」とばつが悪そうに謝ってきた。「あのさ」佐々木が顔を上げた瞬間授業開始のチャイムが聞こえる。

「間に合わないから、サボろうか。それより、ちゃんと話をしよ」


「葉山の話の前に、まず美空の話。美空とは中学の時に花屋さんで知り合ったの。私は親の結婚記念日をお祝いするため、美空は彼氏の誕生日プレゼントを買うため。店に入ってきた美空は私を見るなり、桃宮の生徒か聞いてきた。そうだよって返したら、高校は桃宮に行きたいんだって話をしてくれた。高校からの外部入学は試験が厳しいって私も知ってたから、その後本当に高校に入学してきた美空を見て、尊敬できる後輩が現れたって感じだった」

「たしか…外部入学は筆記試験の上位2人までしかとらないんだっけ」

「そう。その2名は特待生で学費免除。制服授与。学食タダっていう特別待遇が待ってるから。すっごいしうらやましいって美空に言ってた。美空はがんばりましたからー!って謙遜とかせず自分をしっかりほめてあげられる子だった。…その美空がね、夏に自殺したの」

心がきゅっとなる。葉山から美空の話を聞いた時と同じだ。

「美空の家の近くにある公園に少し広い湖があって、その中から発見された。外傷の有無から自殺って判断されたらしいけど…私は殺害されたんじゃないかなって思ってる」葉山と同じ考え。と思ったが、佐々木は言葉を続けた。

「葉山に」


第4話「ゐの正体」終わり



















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