第5話 あの日は雨が降っていた

その話は、今年の5月頃に遡る。


「珍しいね。美空から一緒に帰ろうなんて」

下駄箱に寄りかかる少女に声をかける。

「ヒカリ先輩!」

美空は私の方を振り向くなり、全力の笑顔を見せた。

その隣には、初めて見る大人しい少女。

「…その子は?」

「あ、紹介しますね!この子は葉山静ちゃん。私の友達です」

勢いのいい美空の紹介と桃宮の生徒なら誰でも聞いたことのある名前に、私は咄嗟の反応をしてしまった。

「え…葉山ってあの…」

私の言葉を聞くなり、葉山静は「ほら言ったでしょ」とため息交じりに呟いた。

「この学校で私はいい印象ないんだって」

「なんで?大丈夫だよ!ヒカリ先輩はいい人だから。きっと話したら、静が素敵な人だってわかってくれるよ」


2年前、私が中学3年生の時。桃宮中等部の階段にある大きなステンドガラスを割り、割った本人がその破片で他の生徒に怪我をさせた暴力事件があった。

事件を起こしたのは当時中学2年生だった葉山静。

噂では怪我を負わせた生徒に対し葉山が好意を抱いていて、その気持ちがエスカレートしたことが原因だと言われていた。

噂を真っ向から信じていたわけではないけど、葉山静について流れる噂や聞く話はよくないことばかりだった。それに彼女は近寄りがたい雰囲気を持っていた。

大学生にも見える大人びた美しい容姿と不思議なオーラ。ハーフなのではと思わせる整った顔は、いつも真顔で何を考えているかわからない。


校門を抜けて3人横に並んで歩く。真ん中が美空で両端に私達。

葉山は「なんでこいつも」と気に食わない表情でそっぽを向いていた。

「中学の時何があったかは静から聞いてます。そのうえで私は彼女がいい人であると思っています。だからこそ彼女の印象をいいものに変えてあげたいんです」

「うーん。でもそれってお節介なんじゃない?本人も乗り気じゃなさそうだし…。高校の3年間ぐらい2人でいればいいじゃん」

「いや。私には斗亜とあくんがいますので!いつも一緒にいられるというわけではありません」

美空には中学から付き合っている彼氏がいた。

高校が別々になっても彼とうまくいっているのだろうと、この発言で思った。

「お節介でもいいんです!静は本当にいい子だから証明したいだけなんです」

古川美空は、出会った時からこんな子だった。

天真爛漫で、明るい。周りの事を第一に考える。葉山静とはまるで正反対。

そして、私とも正反対。

佐々木ヒカリとは名ばかりで、ふらふらへらへら生きている私に比べて、彼女は本当に光を宿した女神のような存在だった。

それからしばらく歩くと、帰り道はまさかの葉山静と同じ方向で、一緒に帰ろうと言い出した本人は「ぜひ仲良く帰ってくださいね!」と元気よく別方向に帰って行ってしまった。


…とても気まずい。

私は人見知りじゃないから、初対面でもそこそこうまく話す。

だけどこいつの場合、一方的に私が認知していた。よくない印象で。

それにここまで全く口を開かなし私には無関心だ。何回か話しかけたが無言を返されてしまった。

用事があるとかいって逃げてしまうか。そう考えていた時だった

「あの」葉山が口を開いた。

「あの…。美空は幸せに見えますか?」

妙な質問だと思った。

「し、幸せ…?う、うーん。幸せなのかは個人の主観によるだろうけど、不幸で絶望しているようには見えないかな」

「先輩はいつから美空と知り合いなんですか」

「え、2年前…かな」

「その時からずっと美空は変わっていませんか?」

さっきからなんなんだ。葉山は何が言いたいんだ。

「美空の…彼氏。斗亜くんには、会ったことありますか?」

「そもそも美空とは恋バナとかしないから、会ったこともなければどんな子なのかも知らないよ」

私はふと、中学のステンガラスの事件を思い出す。

こいつ、もしかして美空の事が…。

「あんた、もしかして」

「先輩は人としっかり向き合うことが苦手なんですか?」

「…は?」

「友達ってどこまでが友達だと思いますか?私は、その子にしっかり向き合いたいって思ってからが友達なんじゃないかなって思うんです。そうじゃなければ他人です」

「…判断が厳しいんじゃないの?私は少し話せたらもう友達だと思うけど」

「じゃあ私達は友達なんですか?」

「え…。それは」

「佐々木先輩は恵まれてます。友達ごっこで満足できるんですから」

なんだこいつ。私は腹が立って仕方なくなった。

「あっそ。あんたに友達語ってもらう筋合いなんてないから。私、別の道で帰るわ。美空には、あいつのどこがいいやつなんだよって言っとくから。そんじゃ」

めずらしく怒ってしまった。

嫌なことがあってもへらへらして事なきを得てきたのに。こいつの言葉にはなぜか本気になってしまった。その事が悔しくて、私は道路に落ちていた小石を蹴った。


これが葉山静と初めて会った日の話。第一印象は「やっぱり最悪」

そして2度目に彼女と会ったのは、忘れもしない夏。

美空が湖で遺体で発見されたと聞いた日だった。


あの日は朝から雨が降っていて、何か良くないことが起きそうな感じがした。

私は美空の事を、お昼休みに担任の先生に呼び出されて聞いた。

教師ってすごいよね。頻繁につるんでたわけじゃないのに、私が美空と仲が良かったことを知っていたんだもん。

この報告を聞いた瞬間、時間が止まったように思えた。

亡くなるかもなんて微塵も思っていなかったから。こんな話をされるなんて信じられなかった。聞き間違いだと本気で思った。

自殺?美空が?あの美空が?

しばらくして、あの日の葉山の言葉が頭の中で蘇る。


『美空は幸せに見えますか?』


私は急いで葉山静の居場所を先生に聞いた。

葉山にもついさっき訃報を伝えたらしく、今は保健室にいると言っていた。

その言葉を聞いた瞬間、私は職員室を飛び出して保健室に走った。

とにかく無我夢中に走って保健室に飛び込んだんだ。

すると、椅子に座り込んで力なくうつむく葉山がいた。

「あんた!何があったのか知ってるんでしょ!?」

私は葉山の胸倉を掴む。彼女はぐったりとしていてなんのリアクションも見せない。

「なんか答えろよ!!美空が幸せに見えるかってあんた聞いてきたよね?なにか心当たりがったんでしょ!?なんで近くにいて助けてあげられなかったんだよ!!」

葉山を揺さぶって怒鳴りつける。それでも彼女はなにも反応を見せなかった。

その後すぐに、私の行動を心配した先生が保健室に飛び込んできて、私は葉山から引きはがされた。


そして何も聞けないまま、彼女は不登校になった。


第5話「あの日は雨が降っていた」終わり






































  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る