第3話 佐々木と葉山と


小学生の時から困っている人がよく目について、絶対に助けるという正義感の強い選択をとってきた。「子供が人を助ける」これは見ていて心地がいいのかその当時誰も教えてくれなかったけど、高校生になってそれが迷惑になることもあるのだと知った。

スーパーで座り込んでいる少年を見つけて迷子センターに連れて行った。

すぐにお母さんが駆け付けたが、少年の隣にいた私に「余計なことをするな」といった。迷子になったら自分で親を探させる。これは躾なのだといった。

自動ドアを通った際、前から車椅子のお年寄りがやってきた。

私は自動ドアの隅に立って通りやすいようにドアを開けたままにしていた。

するとお年寄りは「余計な事をするな」と怒鳴った。

人に助けられることが嫌という人がいる。

介入されることが嫌という人も、中にはいる。

私のしていることは邪魔なのかもしれない。そう思うと見て見ぬふりも最近増えた。言葉のないヘルプ。私はそれが見たくなくなっていた。

だからこそ、メモ帳の件は直接伝えられた唯一のヘルプであり、今の曖昧な私に答えが見つかるんじゃないかとも思えた。


放課後になり、いそいで旧校舎に向かうための準備を進めていると、佐々木が声をかけてきた。

「メモ帳すぐ返してこっち帰ってきなよ。待ってるから」

「…うん。そのつもり」

そっか。と佐々木がホッとしたことを確認して私は教室を出る。

佐々木には申し訳ないけど、私はこの件を引き受けるつもりだ。

放課後の廊下の賑わいを横目に「ごめん」と静かに呟いて、旧校舎に急いだ。


旧校舎は相変わらず冷えていて気味の悪い薄暗さを保っていた。

今日も葉山はステンドグラスの逆光に被りながら階段で私の事を待っている。

「ここは寒いから、教室に行こう」昨日よりしおらしく私に言うとさっさと階段を上がっていってしまった。


教室に入るなり、葉山は私に頭を下げてきた。

「昨日はごめんなさい。走り去ってしまって」

木造建築でできた旧校舎の教室は、火のついた薪ストーブが部屋全体に温かさを届けていた。私は咄嗟に彼女の肩に手を置く。

「そんな!謝らないで!佐々木と何があったのかは知らないけど、いろいろ大変だったんでしょ?静ちゃんが一方的に悪いわけじゃ…ないんでしょ?」

「静…」

「あ、ごめん。嫌だった?昨日相棒って言ってくれたから、私からも距離を詰めなきゃって思って」

「いや、嫌じゃない」

「それなら静って呼ばせてもらうね。で…メモ帳の事なんだけど、昨日確認してみて思ったことがあるの」

「何かわかったの?」

「いや…わかったというか、何も手掛かりがないことがわかったというか…。あれってどこで拾ったの?」

「えっと。学校の正門前」静は顔の横に垂れた髪を耳にかけた。

「そっか。それならこの学校の生徒って説がやっぱり濃厚かも。敷地内の中等部って可能性もあるけど」

「いや。正門前ってことはバスが止まる場所だし、私はこのバス停を使う人ならだれでも当てはまると思う」

「うーん。でもこんなかわいいメモ帳にかわいい字は、女子しか思いつかないんだよね。まぁ、隣の桜瀬おうせ高校の女子ってのも考えられるけど」

「女子に限った話じゃないと思う。今はジェンダーレスや多様性の時代でしょ?チョコレート柄のメモ帳に丸文字を書く男子だっていると思う」

ここまでの会話で、葉山は犯人を捜す気があるのだろうかと疑ってしまう。

こんな場合もあるかもと意見をしてくれるのはありがたいが、捜索範囲を広げたところで大変になるだけだ。まぁ、自分の意見はしっかり持ってそうな子だし仕方がないのかもしれないが。

私は続ける言葉を見失って咄嗟に思いついた言葉を投げかけた。

「あーそうだ。佐々木とはさ、いつから知り合いなの」

その途端、先程のラリーが嘘かのように、葉山が押し黙ってしまった。

まさかの沈黙。予想できなかった事態にどうしようもなくきまづくて、私は逃げる選択をとろうと試みた。

「あ、あんまり話したくない事だったかな?だったらごめん…。というか私そろそろ行かなきゃ。このメモ帳の持ち主は絶対に見つけるから」

鞄にメモ帳を入れて、上着を急いで羽織る。

すると突然、葉山が私の腕を掴んできた。

「話す。だから、まだいかないで」彼女はとても真剣な目をこちらにまっすぐ向けている。私は「…わかった」と言って着たばかりの上着を脱いだ。


「佐々木先輩とは、美空の紹介で出会ったの」

美空。昨日2人の会話に出てきた名前だ。

「その、美空ちゃんって…」

「高校にあがってからの私の…親友。私は中学からここだけど、美空は外部からの入学の特待生だったから、中学の時から私が嫌われてるって知らないでなんの躊躇もせず話しかけてきてくれて、それから仲良くなったの」

美空の話をしだすと、葉山の冷たい笑顔は無邪気な笑顔に変わっていった。

よほど美空に心を開いているのだろう。

「このメモ帳のことも美空ちゃんには話したの?」

「…話せない。だって彼女、亡くなっているから」

「え」

私の頭の中が真っ白になる。

昨日の佐々木もこの事は話してくれなかった。葉山も、今勇気を出して話してくれているに違いない。これは率先して話したい話題じゃないだろうに。

「美空は夏に亡くなったの。公園の湖に落っこちてた。警察は自殺だって言ってるけど、私は…誰かに殺されたんじゃないかなって思ってる」

「ころ…」

「あぁ、ごめん。関係ないとこまで話したね。とにかく、あなたはメモ帳の持ち主を探して。今話したことは気にしなくていいから。じゃあ、また放課後」


私は言われるがままに教室を出ていた。話された内容があまりにも衝撃的で上の空になっていたのだ。

佐々木と葉山の間に現れた美空という少女。その少女はもう亡くなっていて、殺されたかもしれないという話。人を助ける助けないだけで悩んできた私と比べて、佐々木も葉山も人の死が関わったとても重い悩みがあるのかもしれない。

この話を聞きだす形になってしまったことに罪悪感を覚えて、胸がきゅっとなる。

長い溜息をついて佐々木が待つ教室までゆっくりと足を進める。


「そういえば静ちゃん。昨日みたいに私の事、有栖って呼んでくれなかったな」

私は、外の曇り空に似た暗い気持ちを心に抱えた。


第3話「佐々木と葉山と」終わり













































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