あの夏の日と同じ水色のワンピース。
「――まさか、嘘だろ!?」
懐かしいあの声を僕が聞き間違えるはずはない。
金縛りにあったかのように身体が強張った。生唾を飲み込む喉の音だけがごくりと響き、今にも叫び出しそうな僕の胸の中を、あの日見た群青の色が容赦なく覆い尽した……。
乾いた夏草の匂い。高架線の向こうがわにそびえる山々。その先に立ちのぼる真っ白な入道雲に、めまいのような感覚を覚える。
*******
『陽一お兄ちゃんにだけ教えてあげよっか……』
あの夏の日、神社の境内で僕は真美に何と言っていたのかは覚えていない。
ただ彼女を傷つけてしまった罪悪感だけは鮮明に覚えてる。僕の初恋の幼馴染、
固い鎖を掛けて記憶の奥底に封印していたパンドラの箱が少しだけ開いてしまったみたいだ。自分の中でまるで負の連鎖みたいに、記憶の
ふたりだけで目指した逃避行の目的地、そこで迷い込んだ神隠しの森。断片的な記憶の残滓がまるで壊れかけた映写機のようにコマ送りのフイルムを空回りさせる。
『……気持ち悪いんだよ、お前は』
投げかけた言葉の鋭さがどれほど相手を傷つけるのか、理解が出来ないほど当時の僕は馬鹿な
*******
日傘を差した若い女性がゆっくりと顔を上げる……。
彼女は僕にほほ笑みながらこう言った。
「陽一お兄ちゃん、久しぶり……」
「……ま、真美なのか!?」
思わず自分の目を疑った。
県営住宅のエントランスに佇んでいたのは幼馴染の少女だった……。
村一番の柿の木に見守られながら遊びまわった幼い日々が鮮烈に蘇る。あの日と同じ水色のワンピースを身にまとった僕の初恋の彼女が目の前に現れた……。
「陽一お兄ちゃんはすごく背が伸びたね。髪型は……。もうちょっときれいに整えたほうがいいみたい。ちょっと毛先がボサボサ過ぎかな。昔みたいに真美が床屋さんをしてあげようか!!」
「……ち、ちょっと待ってくれ!? ストップだ!! 何が何だかまったく理解不能だ。僕に少しだけ考える時間をくれ。本物の真美なのか!? 君はどうして見た目まで当時のままの姿なんだ」
「陽一お兄ちゃん、どうしたの? 急にこわい顔して。それに驚きすぎじゃない」
あまりの展開にまったく言葉が出ない
こんなことは絶対にあり得ない。僕はきっと暑さと長旅の疲れで頭が変になったんだ。
これは夏の魔物が見せている幻影に違いない。
だって目の前の彼女は!!
最後に見たままの姿で僕の目の前に現れたんだ……。
「……説明してくれないか真美。君はどうしてあの日の姿のままなんだ?」
真美はいたずらっぽく笑った。その後で困ったように眉の端を動かしてみせた。
昔、僕の前で良く見せた仕草だ。絶対に彼女で間違いない!!
「もし真美が本当の答えを言ったら陽一お兄ちゃんは私のことを嫌いになっちゃうかな?」
真美は僕をからかうような素振りから態度を一変させ、不安げなでこちらを見上げた。
一瞬、真美の言葉に
慌てて過去の記憶をさかのぼる。僕はループ物の主人公になった気分だった。何回も同じことの繰り返しで強くなったり、過去を変えるとか。陳腐なSF映画や
もしも過去に戻れるとしたら僕はあの頃に戻りたい。そして真美にした仕打ちを取り消しに出来たらどんなに気が楽だろうか。
なぜ、君はあのころのままの姿で僕の前に現れたのか!?
真美、その
次回に続く。
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