君がいた夏。 ～僕は明日、過去に亡くなったはずの幼馴染と旅に出る～【カクヨムコン９改稿版】

僕は幼馴染の初恋ストーカーだったのか……！？

「――僕は馬鹿じゃないのか。久しぶりに田舎に帰省したからって、何をこんなに感傷的になっているんだ」

　お団子取りの一夜を鮮烈に思いだした自分に驚いてしまった。

　売れないカメラマンなりに忙しい日々を送っていた都会ではそんな感傷に浸っている余裕すらなかっただろう。

　まあ、今の僕は暇なご身分だ。この湧き上がる感情の源流（みなもと）を確かめてみるのも悪くない。

「有名な映画やアニメの聖地巡礼って話はよく聞くけど、これは僕だけしか知らない秘密の聖地巡礼だな……」

　自分のとてもくだらない思いつきが妙に面白くなって、その場で一人苦笑いを浮かべる。

　夏を告げるひぐらしの声が無人の神社に響いた。

　＊＊＊＊＊＊＊

　真美の家は僕の自宅の近所だったはずだ。

　そこは県営住宅が立ち並ぶ場所だった。僕が子供の頃によく遊んだ公民館が見えてくる。住宅地の一角に乗ってきたバイクを停めた。

　県営住宅のエントランスを抜け真美の家に向かった。自然と足早になっていくのが分かる、彼女の住んでいた県営住宅は僕の家から徒歩でも行けて、川沿いにあり、ちょうど小学生の頃に田んぼだった場所を宅地造成して建設された住宅だ。

　道路をはさんだ場所には地域の公民館があり、そこも僕たち小学生のたまり場だった。青色の屋根も変わっていないな。懐かしい建物を見て僕は過去の嫌な記憶まで思い出した。

　口の悪い近所のおばさんが当時盛んにうわさしていた話だ。県営住宅の住人たちとは仲良くするなって。小学生の僕にはおばさんの言っている意味がまったく分からなかった……。

　だけど大人になった今なら意味が分かる。その県営住宅には低所得な世帯や生活困窮者が数多く入居していた。母子家庭だった真美も決して生活が豊かではなかったはずだ。彼女はそんなそぶりを僕たちの前では決して見せなかった。

　だけど一度だけ向かいの公民館でこんな出来事が起こったんだ……。

　＊＊＊＊＊＊＊

　小学校の放課後や休みの時も良く僕たちは公民館に集まった。

　その日も僕と真美は公民館前の階段で遊んでいた。僕は親父にねだってやっと買って貰った京宮製のラジコンカーを自慢げに走らせていた。

　たしか当時ミニ四駆が流行っていたが僕の買ったのは車好きの親父の影響で六輪のレーシングカーだった。

　階段上の踊り場に広いスペースがあり、そこでラジコンを走らせていた。当時の僕は有頂天だったに違いない。男の子っぽい遊びに真美を誘いドヤ顔で自慢していたんだ。そんな僕に真美は何も言わず付き合ってくれた。

「すごい、すごい！！　陽一お兄ちゃんはラジコンカーを走らせるのがとっても上手だね！！」

「当たり前だろ！！　小学校でこんな最新型を持ってるの僕ぐらいだぜ！！」

　いま思い出しても非常にクソガキだった自分が恥ずかしくなる。

「ほら真美、お前にも貸してやるからやってみろよ！！」

　さらに調子に乗った僕はむりやり真美にラジコンカーのコントローラーを握らせた。

「ええっ！？　こんなの私には出来ないよ……」

　いつもの困り顔よりさらに激しく狼狽（ろうばい）する真美。そんなことにはおかまいなくコントローラーのスイッチを入れ、真美の細い指をトリガーに差し込ませた。

　僕の手を添えて一気にアクセルをオンにする。何げなく彼女の柔らかな手にも触れてしまった……。

「きゃっ、怖いよっ！！」

　激しい唸りを上げて急発進するラジコンカーに驚いて、真美はアクセルのトリガーをさらに全開にしてしまった。

「馬鹿っ！！　早くアクセルを戻せ」

　そんな僕の声も空しく鞭を入れられたラジコンカーは一気に制御を失い、踊り場を飛び越え階段下まで激しい擦過音（さっかおん）と共に落下してしまった。

　僕は声もなくその場に立ち尽くしていた……。

　激しくクラッシュしたラジコンカー。その特徴的な前輪も無残にも外れ、破壊されていた。

「よ、陽一お兄ちゃん……」

　振り返ると真美が大粒の涙をこぼしていた……。

「ごめんなさい、ごめんなさい！！」

　端正な顔をゆがませて激しく泣きじゃくる真美。まるでうわごとのように僕にむかって何度も謝り続けていた。

　僕はラジコンが壊れたのもショックだったがそれ以上に大好きな真美を泣かせてしまった事実に激しく動揺した。後悔で心臓が早鐘のように打ち鳴らされる。

「うわあああっ！！」

　そして僕はとんでもない行動に出た。あろうことか真美を置き去りにして、その場から逃げ出してしまった……。

「陽一お兄ちゃん、待って！！」

　彼女の悲痛な叫びを背中に受け、一目散に家に帰ったんだ。

　次の日、母親に連れられ真美が僕の家に謝りに来た。用件は壊したラジコンの弁償の為だった。とてもばつが悪くて僕は玄関に顔を出すことが出来ず、階段に隠れて会話の様子をこっそりと伺った。

「せっかくのお申し出ですが……」

　真美の母親の申し出を丁寧に断る親父。昨夜壊れたラジコンの事情を聞かれて親父に打ち明けたらしこたま怒られた。自分が悪いのに年下の女の子をその場に置き去りにして、さっさと帰ってしまった件について親父は腹を立てていたのだろう。

　弁償の件も最終的に真美の母親はお金を置いていった。しぶしぶ受け取った親父はかなり困惑していたが真美の母親の教育方針なんだろうと親父なりに納得していた。

　女手ひとつで一人娘を育てる苦労。それは親父も男手一つで僕をここまで育てたから、心情が理解出来たのかもしれない。

　あの時のお金もかなりの負担だったはずだ。真美の泣き顔と共に過去の記憶が蘇り、いま思い出しても胸が痛くなる……。

　駄目だ、この場所にいるとあの頃のことをどうしても思い出してしまう。

　それにいまの僕は完全に不審者だ。いくら過去の幼馴染と言っても、現在住んでいるかも分からない真美の自宅を訪問するなんて！？

「これじゃあ、ストーカーで警察に通報されてもおかしくないな……」

　そうだ僕はどうかしてる。初恋の彼女の思い出を追いかけて聖地巡礼とか。

　失恋レストランならぬ初恋ストーカーなんて曲名（タイトル）じゃあ、しゃれにならないだろ！！

「ねえ、マスターか……」

　もう帰ろう、充分だな。まったくこれは笑えない冗談だ。この胸の高鳴りをおさえる料理を早くレストランで作って貰わないと。

「……何か、家（うち）にご用ですか？」

　この女性の声は、まさか嘘だろ……！？

　次回に続く。