花が好きだっていうのは格好悪いと思ってた
木漏日
花が好きだっていうのは格好悪いと思ってた
「男子ってある時期、みんな花を嫌いになるって話をしてたじゃん?」
今泉力哉監督の「mellow」の劇中にある台詞である。映画を観ながらふと思い出したことがあった。
僕の祖父は、もともと大阪市内の中学校で数学の教師をしていたが、定年後は園芸に没頭し、家の屋上で沢山の草花を育てていた。
小学校低学年の頃、僕は家が同じ大阪市内だったこともあり、夏休みや年末年始だけでなく、何もない週末にちょくちょく勉強を教えてもらいに祖父の家を訪ねたりしていた。
「禁止されてたけどこっそりやってたんや」
と現役時代に副業で塾講師の手伝いをしていた祖父は、「この問題解いてみ」と過去に作成したお手製の中学生向けの問題用紙を引き出しの奥から取り出しては、僕に解かせていた。
そんな数学道場の合間に、時々水やりをする祖父の後をついて行っては、屋上に咲き誇る色とりどりの草花をぼんやりと眺めていた。
だが高学年になると、受験勉強のため学習塾に行く機会が増え、お盆や正月に顔を見せる程度で屋上に行くことはいつしか無くなっていた。
「嫌いとはちょっと違うけど、なんか恥ずかしいとか、格好悪いとか思うんじゃないかな」
映画の中ではそんな台詞が続いていく。あの屋上からすっかり遠ざかった僕は、何となく植物に心を動かされるのが男らしくないといつしか思うようになっていた。
だから、祖父が園芸で表彰された時も、凄いんだろうなとは思いつつも、特にその話題について触れることもなかった。
小学校最後の1年半はほとんど勉強だけをしていたのもあってか、何とか志望校に合格し進学できた。毎朝、最寄り駅7時19分の電車に乗り、南海線天下茶屋駅から、南に快速急行で下って学校へと向かう。地上数十メートルの高さを走る南海線からは外の景色がよく見える。
ある日寝ぼけ眼を擦りながら、窓の外を眺めていると、1つだけ屋上に色とりどりの綺麗な花が咲き誇る家を見つけた。
景色が次々と移り変わりゆく車内からでも、確かにそれは祖父の家だと分かった。
何の変哲もない瓦葺きの屋根や、黒や茶色の人工的な景色の中でそれは一際目立っていた。
家の中からぼんやりと眺めていたあの時に芽生えなかった興奮が確かにあった。
その瞬間、自分の中にある筆舌に尽くしがたい花に対するモヤモヤとした感情がすっと消えていった。眩しい光が目に差し込んできた。僕はじっと外を眺め続けた。
花が好きだっていうのは格好悪いと思ってた 木漏日 @kukisboak
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ウォーターワールドの最前列/木漏日
★0 エッセイ・ノンフィクション 完結済 1話
母と娘と時々、夫。最新/糸の色
★3 エッセイ・ノンフィクション 連載中 6話
【エッセイ】海月のタネ新作/雨宮 灯織
★3 エッセイ・ノンフィクション 連載中 1話
津多ノート/津多 時ロウ
★38 エッセイ・ノンフィクション 連載中 850話
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます