言いたいことは山程あるのです 2

「嫌ですわ」


 確かに私はそう答えた。

 即答する私の言葉に一同が目を丸くして固まる。ルーファス様までもが唖然とし言葉を失くしている。

 私を抱きしめたまま動かなくなったルーファス様の腕をひょいと持ち上げると、そそくさと元の自分の場所に戻り座り直す。


「あれ? 今丸ーく収まった流れじゃなかったか?」

「俺に聞くな」

「まぁ行動が読めないのがレティシアだし……うん……」

「それよりもルーファスが愉快なことになってるぞ」


 何故だか不本意な納得のされ方だわ。

 ざわつく四人のなか、お兄様の言う通りルーファス様は目を丸くしたまま石化したように固まったままだ。


(それにしてもあの笑顔からの抱擁は反則技ね。危うく流される所だったわ)


 ふぅと一息つき冷静さを取り戻す。


「ルーファス様のお気持ちは理解しましたが、問題は何も片付いておりませんわ」

「……問、題?」


 なんとか息を吹き返したルーファス様が声を絞り出す。


「そうですわ。対外的には私の名誉は貶められたままですのよ。まずはこの汚名をきっちりすすいでいただきたいですわ。他にもオリヴィアさんの処遇も一切決まっておりませんし、やるべきことは山ほどあるのではなくて?」

「う……む……」

「私を呼び戻したいとおっしゃるのなら、迎え入れる準備を完璧に済ませてからにして下さいまし!」


 きっぱりはっきり言ってやったわ!

 言いたいことを言ってすっきりと晴れやかな私と対照的に、ルーファス様は膝に手をつき項垂れ重い空気を纏っている。


「……レティシアの言い分は尤もだ。しかしすべての問題が片付くまでには時間をそれなりの要する。その間はどうするつもりだ?」


 完璧王子の鉄面皮は見る影もなく、戸惑いの表情をそのまま映している。あ、ちょっと泣きそう?

 それほどまでに受け入れがたいのなら始めから追放なんてしないでいただきたいわ。そもそもこの状況を作ったのはルーファス様で、私が譲る義理はないのだ。


「もちろん、廃墟領ここで暮らしますわ!」


 成り行きとはいえせっかく廃墟領に来たのだ。私はまだまだスローライフを楽しみたい!

 部屋だってまだまだ改造途中だし、新しい素材だって手に入れたばかりだ。そうね、この機会にカインに魔法を教わってみるのもいいかもしれないし、メリルとピッテたちとのお茶会の計画も練らないと……ああ、大穴の空いた庭園の復興もしないとだわ!

 考えるほどにやりたいことが湧き出てくる。

 妄想を膨らませ思わずにやけ顔になっている私を見て、察した様子の彼ら。


「あーこりゃまた連れて帰んのは無理そうっすねー」

「ルーファス様がさっさと仕事を片付けてくればいいだけですよ」

「まあ自業自得だよな、ルーファスくん!」


 なんとも嬉しそうに、あるいはにやにやと嫌味な笑顔でサイモン、ヨハン、お兄様が声を上げる。

 セドリック様もやれやれと苦笑いしつつ楽し気だ。


「そうだな、俺もここでの暮らしが楽しくなってきたし、色々と手伝う――」

「お前は王都に連れて帰る」

「えっ」


 セドリック様のその言葉が終わる前にルーファス様が遮る。

 廃墟領への滞在を許さずといった様子で恨みの籠った眼差しでセドリック様の肩に手を置けば、錯覚でなく冷気が吹きすさぶ。ちょっと、魔力が漏れてますわ!

 据わった瞳で睨まれたセドリック様は辛くも悲鳴を呑み込んで、ぷるぷる震えるわんこになり果てている。

 そのまま視線だけをこちらに向けたルーファス様が、意を決する。


「分かった、先に問題を片付けてくる。全速力でだ。すぐに迎えに来て見せる。それまではサイモンにヨハン、引き続きこの地でレティシアの力となれ」

「「はっ」」

「……俺は?」

「お前の力が俺には必要だ」


 正面からルーファス様にそう告げられたセドリック様がびくりと肩を揺らす。


「王宮の官吏、特に王太子執務室付きの文官達だが、能力は十分にあるようだが俺の前ではどうにも萎縮して業務が滞るようだ。お前なら俺以上に彼らの力を発揮させることができるだろう。他にもお前にしかできないことはいくらでもある」


 それは騎士隊など武官と文官の橋渡しだったり、何事もやりすぎるルーファス様のストッパーだったり。

 人を立て、和を結ぶことに長けたセドリック様は王宮にとって必要な存在なのだとルーファス様は語る。


「……分かりました。全力で補佐をいたします、兄上」


 真剣ながらもどこか面映ゆさを湛えセドリック様が承諾する。凛とした表情がとても眩しい。

 ルーファス様も満足げに頷きを返す。頼もしい弟を見る眼差しは誇らしげに見える。


(そうか、セドリック様は戻られるのね。ちょっと寂しくなるわ)


 そんな気持ちが顔に出ていたのか慰めるようにお兄様が私の頭をぽんぽんと撫でる。


「お兄様はレティシアの傍にいるよ! 妖精君ともまたお話したいしな!」

「お前は俺とセドリックを王都まで連れ帰る役目があるだろう」

「ないよそんな役目! 大体三人は定員オーバーだ!」

「鞍ぐらい無くとも問題ない。あとはお前があの竜にどれほど信頼されているかだ」

「その言い方は! 卑怯! だ!」


 お兄様とハル使いが荒いわ。

 そういえばルーファス様って王宮に居たのよね? 王太子が単身――お兄様はおまけとして――王宮を抜け出して廃墟領に身を寄せているなんて、知れ渡ったら大問題ではないの?

 大変、すぐに連れ帰ってもらわないと!


「お兄様、ルーファス様とセドリック様をお願いしますわ。ハルにも魔獣のお肉を差し入れましょう!」


 私の駄目押しでお兄様はあえなく陥落。


 こうして皆それぞれの進む方向が定まり、各々の道に踏み出すのだった。



 ◇ ◇ ◇



 夜の帳が降り、森が眠りについたころ。


「こんなに暗い中で大丈夫ですの?」


 旅の支度を整えるお兄様とハルに声をかける。


「ハルの眼に明るさは問題にならないし、夜の方が目立たずに済むからね」


 なるほど、確かに明るい時分にハルが飛んでいたら周辺は大騒ぎになるだろう。

 昼の間に十分に休息をとって、王都へ帰還する準備は万全だ。


「えーと、ハル? よろしくな」


 唯一初めて竜に乗るセドリック様はちょっと不安な面持ちで、恐る恐るハルに挨拶をし様子を窺っている。大丈夫、セドリック様ならハルもきっと心を許してくれるわ。


「ハル、皆をよろしく頼むわ!」


 セドリック様の横から手を伸ばし、ハルのぴかぴかの鱗が輝く額を優しく撫でると「クェ!」と頼もしい返事を返してくれる。

 そんな私たちを見つめていたルーファス様がこちらへ近づき、お兄様とセドリック様に鞍に乗るよう促す。

 来た時は着の身着のままといった様子でボロボロになったままの衣服を纏っていたが、今はメリルが即興で仕立てた魔獣素材のマントを羽織り衣服も修繕され、粗野ながらも威厳を感じさせる装いとなっている。

 ハルに騎乗する前に私に向き直り出立の挨拶を口にする。


「ではレティシア。すぐに迎えに戻る」

「ゆっくりで構いませんわ」


 戦場へ向かうかのような精悍な表情で告げるルーファス様ににこりとほほ笑み返す。

 「…………」「…………」互いに表情を貼り付けたまま無言で対峙することしばし。

 突然ルーファス様が動いたかと思うとその両手で私の体を力一杯引き寄せる。


「……すぐに迎えに戻る」

「わ、分かりましたわ……」


 ルーファス様に抱きしめられ、あっさりと白旗をあげてしまう。

 すぐに火照ってしまうこの顔が憎らしい。この人には敵う気がしないわ。


「ではくれぐれもお体に気を付けて――」


 ルーファス様の腕を離れ、顔を上げたその時。

 影が落ち視界が遮られ、唇に落ちる柔らかな感触。


「――――⁉」

「ああ、レティシアも達者で」


 したり顔でそれだけ告げさっさとハルに飛び乗る。


「ルーファス様っ、今、何を……っ⁉」


 私の切れ切れになった言葉は既に届かず、闇夜に掻き消えていった。

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