言いたいことは山程あるのです 1
「そんで、問題は全部片付いたんですかい?」
「ああ。事後処理はまだあるが、決着はついた」
朝食が済み、待ってましたとばかりに尋ねるサイモンにはっきりとルーファス様が答える。
そう、終わったのね。と安堵に浸りそうになるがはたと思考が一時停止する。待って、そもそも私何が起こっていたのか知らないわ。
慌ててここ最近の記憶をひっくり返す。出てきた目ぼしい情報は……ヨハンが魔族との遭遇時に口にした『ルーファス様の政敵が『魔族を封じた匣』とやらを手にしたこと』だった。
おそらくその政敵とやらがオリヴィアさんを利用し、私の追放劇に繋がった、というのが私に関わる顛末ね。そう考えるとオリヴィアさんも被害者なのかしら。少し同情するわね。
ほとんど面識のない彼女を浮かべれば断罪劇のシーンが頭の中で再現される。ルーファス様にしなだれかかる小動物のような可憐な少女……いけない、同情メーターが急降下したわ。
思案顔でだんまりとしたまま眉根だけがぐぐいと寄っていく様を周囲の男たちがごくりと息を呑んで見守っている。
「諸々ご説明いただけますかしら」
嫋やかに、しかし滾る怒りを内包した氷のような微笑を浮かべ、言い付ける。
廃墟領でのお転婆令嬢っぷりが見慣れたセドリック様と騎士二人はびくりと背筋を伸ばし、その凍てつく空気から逃れる様に視線をルーファス様へと向ける。
「もちろんだ」
そんな周囲の温度差を気にかけることもなくルーファス様が口を開いた。
「王家転覆の首謀者は捕らえた。今後の取り扱いは司法に委ねる。暴れた魔族も消滅し敵はいなくなった。以上だ」
「いくら何でも雑すぎるだろ」
素早いツッコミがお兄様から飛ぶ。手馴れてるわ。そして同感でもある。
自身の思考の中で物事を帰結させてしまうのはルーファス様の悪い癖ね。言葉が少ないのも相まって周囲に鉄面皮だのと誤解される元ともなっている。
この人に説明を求めるときは聞きたいことをひとつひとつ提示していかなければならない。とはいえ首謀者はすでに捕らえたとのことでそこは気にしても仕方ないし――
「この度のレティシアの廃墟領への追放の件は兄上が仕組んだことで間違いありませんか」
セドリック様が尤もな疑問を口にする。
「ああ」
短い肯定の言葉。予測はしていたことだが本人がはっきり認めたことで確定に変わる。
(裏切られたわけじゃなかったのね)
確信はしていた。それでも。胸につかえていたものがふっと消えた気がした。
そうなると気になるのは気にしたくない人で、しかし目を背けるわけにもいかず重い口を開く。
「オリヴィアさんはどうなったのかしら。彼女、魔族に憑かれていたのよね」
「身体的には無事だろう。気を失った所を預けて来たから精神面は不明だ。自分を失っていた最中のことをどれだけ認識していたかはこれから調べることになる」
「そうですの」
比較的長文の説明を引き出すことに成功し、もろもろ不明という回答を得る。まあ生きてはいるらしいので今はよしとしておこう。
「そんじゃルーファス様とレティシア嬢はよりを戻すってことでいーんですか?」
……この男は飄々としながら的確に急所を突いてくるわね。
サイモンの言葉に頭痛を覚えながらも冷静を装い、ルーファス様の言葉を待つ。
そう、一番聞きたかったのはその話題、婚約破棄についてだった。あれほど派手に宣言し証拠まで突き付けたのだ。嘘でした! では済まされない。やっぱり元の婚約者に戻します! では王太子の信用もがた落ちとなる。
「戻すも何も、元から別れてもいない」
その返答に一同が「ん?」と首をかしげる。
「いやいやアンタ、大勢の目の前で派手に婚約破棄を言い渡してたじゃねーか!」
強めの語気でサイモンが責め立てる。彼にしては珍しく感情的な態度に少し面食らう。
陽気な振る舞いからは分かりにくいが常に一定の調子を保っている彼はかなり冷静な人物だ。ヨハンの方が口数は少なくとも余程腹黒で感情豊かといえる。なんともバランスの取れたコンビである。
その相棒を横目で窺うと気付いた彼がそっと耳打ちしてくる。
「サイモンはあの断罪劇はあんまりだと随分腹を立てていまして。まぁ俺も同感ですけど」
現場を目撃していた彼らの心証はすこぶる悪かったのだと教えてくれた。
まああの時の私は精神が摩耗して一方的にやられ放題だったし、非常に痛々しかったことだろう。
「俺が口にしたのは婚約破棄を申し入れるということだ。許諾の返答は受けていない。当然婚約は継続中だ。」
「……それってアリなのか?」
「手続き上ではまぁ……問題はないんじゃないか」
サイモンの疑問にセドリック様が答える。書類に問題はなくともサイモンのように心証を悪くした人間は多いのだろう。セドリック様も困惑顔を隠し切れない様子だ。
そういえばお父様からの手紙にも婚約破棄の手続きの最中だとあったわね。あれってどうなっているのかしら。
「お父様はなんと仰ってますの?」
「グランドール公爵には前もってレティシアに休養をとらせることを伝えてある」
まさかのグルだとは。どうりで廃墟領への放出がスムーズだったわけだ。
普通に考えれば格上の相手からの要求を拒むのは困難なのだが共謀していたのなら問題はなく。
婚約破棄の申し入れだけして手続きはお父様の方で留保しているとのことだった。
「ルーファス様は私と婚約破棄するおつもりはないということでよろしいですの?」
「無論だ」
改めて問えばすぐさま返される。
「それなのに、あのような暴挙をなさったのですか?」
「それは、レティシアを隔離し休ませることにも敵を欺き誘導するのにも都合がよく――」
「都合がいいから?」
ここでようやくルーファス様は私の様子の変調に気が付いた様子。
私の鋭さを増す感情に反比例して平坦になる表情に、ルーファス様の表情も強張ってくる。
「……あれは策であって本意ではない」
「ルーファス様」
いつの間に目の前に立つ私をルーファス様が見上げる。
腕を組み、冷たい視線を上から浴びせかける。
「私は怒っているのです」
「しかし」
「しかしもかかしもありません!」
パンっとその両頬を打ち、そのままぐにぃとつねり上げる。がさつく肌は硬く、思ったほど伸びない。
「そんなことは分かってますわ! 貴方が私を第一に考えてらっしゃることも、信頼を置いて下さることも。それでも……私は悲しかったのです。苦しかったのです」
そこまで言うとようやく己の過ちに気付いた様子で、頬を掴まれたまま軽くうなだれる。
「それは……すまなかった」
消え入りそうな声で漏らす。この人の事だから振り回されたこちらの気持ちに本当に気付いてなかったのだろう。随分とショックを受けているようだ。
神妙な面持ちでルーファス様が言葉を続ける。
「今回レティシアを危険に晒したことについても俺の見通しの甘さが招いたことだ。重ねて申し訳なかった」
心の底から反省する姿に私の溜飲も下がっていく。私もたいがい甘いわ。
「いいえ、少し言いすぎましたわ。それに助けていただいたことにもお礼を申し上げておりませんでしたわ。ありがとうございます。駆けつけて、名前を呼んでくれて……嬉しかったわ」
頬を掴む手を緩めると、離れる前にルーファス様の手が重なる。
絆されて思わず本音が漏れだしていることに気付き、慌てて取り繕うようにツンとすました表情を作り直す。
「それよりも! 貴方がご無事で何よりですわ! あまり無茶はなさらないで下さいまし」
「ああ、約束しよう」
精一杯の虚勢を優しい笑顔で受け止められてしまえば私にはなす術もなく、高鳴る鼓動に身を預ける。
耳の奥がじんじんと痺れ、顔だけでなく爪の先まで熱を持ち、触れているルーファス様にまで伝播していく。
そんな私をぐいと引き寄せ、ルーファス様は自分の腕の中に私を沈める。
押し付けられた胸からルーファス様の激しくなった鼓動を感じ、そのまま身を委ねる。
ひとしきりそうしたのち、ルーファス様が私の視線を持ち上げ静かに告げる。
「ではレティシア。私と共に王宮へ戻ろう」
「それは嫌ですわ」
「「「「「⁉」」」」」
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