晩餐は嵐の如く 2

 廃墟城の前庭に急遽準備された巨大なテーブル。

 カインに促され皆が席に着き、目の前に広がるのは。


「香菜のスープに魔鴨のテリーヌ、スパイスフルーツサラダに大角牛のソテー……私の好物ばかりだわ!」

「グラン風スペアリブも用意してございますよ!」


 テーブルの中央に高々と何段にも積まれた器に、どどんと料理が聳え立つ。

 そこへ新たに出来立てほやほやの料理が運ばれ、晩餐の塔をさらに高みへ引き上げる。

 その光景は壮観であり、テーブルを囲む者たちに圧倒的な威圧感を放っている。


「はぁ~」


 感嘆とも呆れともつかないため息が誰からともなく漏れる。

 なんと言っても。

 晩餐の塔の中央に鎮座するその美術品とも呼べる皿に視線も心も奪われるわ。


「ルビークリスタルキャンディー……!」


 塔の頂に君臨するそれは。

 花を模してカービングされた赤い宝石のような果実がクリスタルを纏い、瑞々しく光を反射してブーケのように咲き誇っている。

 さらにその周囲を取り巻くのが、透き通る竜と妖精の像。

 飴細工で造られているとは思えぬほどの細やかさと躍動感を備え、周囲に配置された魔石灯の揺らめく光をきらきらと反射し、中央のブーケに彩りを添えている。

 匠の業の一言に尽きる逸品だ。


「さすがメリル、素晴らしいわ……」

「お嬢様のために頑張りました!」


 うっとりと恍惚の様で眺めればメリルも満足そうに微笑む。


「頑張って何とかなるレベルですかね、コレ」

「王宮ですら見ないぞ、これほどまでの見事な工芸菓子は……」

「なんつーか、いろいろやべーな」


 舌を巻く、というかもはやドン引いてるんじゃないかしら、この三人。


「不満があるなら召し上がっていただかなくても結構でございますよ」

「とんでもございません」

「是非ともご相伴にあずからせていただきたく」


 メリルが容赦ない言葉を投げれば平身低頭。

 相手が王子であろうが騎士であろうがお嬢様第一主義のメリルは動じないのだ。

「仕方がないですね!」と気を取り直し、料理をとりわけ皆の前に並べていく。


「うおおお!うめえ!」

「このスパイシーな味付けは癖になりますね……」

「おかわりはいくらでもありますよ!」


 思い思いの感想を口にしながらも夢中に食事にありつく男たち。

 そんな彼らに負けじと私も次々と並ぶ皿に手を伸ばす。


「ん~おいひい……さいこぉ……!」


 はしたないことは分かっているわ! でも! 仕方ないじゃない!

 蕩けそうなくらい緩んだ頬を押さえながら満面の笑みで零せば、セドリック様に生暖かい笑みを向けられる。

 その笑顔にセドリック様が戻ってきたことを実感し、不意に胸が熱くなる。

 そんな私の様子を察したのか、セドリック様は苦笑を浮かべ。


「そういえばまだきちんと礼を言っていなかったな。改めて、魔族より解放してくれたこと感謝する」

「お礼なんて必要ありませんわ。魔族を追い払ったのはセドリック様の強さですもの。大体この件はルーファス様が――」

「ねーねー、アレ食べれんのー?」


 長い愚痴が始まりそうなタイミングで、のほほんとした口が挟まれる。

 隣を見れば、もくもくとキノコのソテーをほおばっていたピッテが塔のてっぺんを指さしている。

 見慣れない素材に「あらこのキノコは?」そう問えばメリルの「調理場に大発生した中に混じってた赤トリュフですよ!」との返事。

 ……やっぱり食べられるんじゃない! カインに顔を向けるとプイと逸らされたわ。


「オレあの妖精のアメ食べたい!」

「お嬢様が先です」

「いいのよメリル。ピッテは今回の一番の功労者だもの。好きなだけ食べてちょうだい」

「お嬢様がそう仰るのならば」


 メリルが梯子に登りルビークリスタルキャンディーを皿に取り分けると、私とピッテの前に並べる。

 目の前で見ると妖精と竜の像の精巧さがさらに際立つわね。

 クリスタルのように輝く表面を、興味深く覗き込むピッテが映り込み顔を傾けている。


「食べるの……もったいない?」

「あらピッテ、食べるためにメリルが腕を振るってくれたのだもの。ならばしっかり味わわないと失礼よ」


 そう言いながらパキっと竜の翼を折り口に運べば、雑味のない甘さが広がり疲れた体に染みわたる。

 次に真っ赤なルビーフルーツの花びらを摘まんで口にする。コーティングされた薄い飴がシャリシャリと砕け、果実の酸味と合わさりすっきりとした風味がのどを潤す。

 控えめに言って最高だわ。自然と顔も綻び至福の表情が浮かぶ。

 そんな私を見て真似するように、ピッテも恐る恐る妖精の像を摘まみ口に入れる。


「おいしい!」

「ふふ、本当ね」


 メリルの渾身の一皿を堪能する私とピッテの隣ではセドリック様がカインに問いかけている。


「あちらに積まれていた魔獣は狩ってきたのか?」

「ええ、その通りでごさいます。ラクーンピッグは本来なら罠で狩るべき魔獣ですがなにぶん時間がなかったもので、巣を強襲し群れごと仕留めてまいりました。他にも百足草、ケイブベア、大角牛等々……」


 ラクーンピッグと言えば、小型ではあるがその狂暴性と群れで生活する生態から危険生物に指定されているにも関わらず、その食肉が美味であることから狩りに挑戦する者が後を絶たず、被害者を量産し続ける厄介な魔獣である。

 他に名前が挙がった魔獣や魔草も狂暴性や生息域などで狩りの難易度はトップクラスで、私が狩ったことのないものばかりだ。


「やるわね、カイン!」

「お褒めに預かり恐悦至極にございます」


 私の称賛の言葉にカインが満足そうに首を垂れる。

 お嬢様のためならばこの身を賭すことも厭わない――、そう物語る瞳を横目に見て。

 ぽつりと漏らすセドリック様の視線は遥か遠く。


「……彼等は一体何と戦っているんだ」


 程と言うものを知らないのか、と呆れるセドリック様の声は私の耳には届かない。

 グランドールの人間を本気にさせてはいけない――。

 食事を口に運びながらも王子と騎士の三人は深く心に刻み込んだのだった。


 心も体も癒やされ満たされていく中、私の頭を巡るのは。


「きっと大丈夫よね、お兄様もハルもついてるもの。あの人は私を信じてくれた。ならば今度は私が信じる番だわ」


 日はすっかり寝静まり、目覚めた月の輝きが大地を照らす。

 遠い地に思いを馳せれば晩餐の夜がゆっくりと更けていった。


 ◇ ◇ ◇


 時を同じくして、とある館の一室。

 人払いを済ませた自室に籠り、ひとり床にうずくまる。

 カタカタと震え靴が床を叩く音は毛足の長い絨毯が吸い込み、外に漏れることはない。


 なんでこんなことになっているの?

 わからない

 わからない

 私に何が起きているの?


 全身を苛む恐怖と困惑に歯がかちかちと音をたて、必死に自分の腕を抱きしめる。

 振り乱れた漆黒の髪が視界を掠め恐る恐る手を伸ばすが、その指先からも黒い靄が滲み出し、指、手、腕と徐々に侵食を始める。


「ひっ」


 私は誰?

 オリヴィア・ノクシー?

 わたしは、なに?


 視界も思考も闇に呑まれ薄れる意識の中、見えるひとつの答えに縋り付くように立ち上がる。


「行かない、と……ルー、ファすさまの……もとへ……」

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