決戦 3
「……そっ、ばかな……っ!」
低くしゃがれた、風の擦れる様な音が声となって頭の上で響き渡る。
冷たい空気の流れを感じそちらに顔を向けると、セドリック様の体から溶け出た黒い靄が渦を巻きながら宙に集まる。
黒い塊のようなものから手足のようなものが生えたかと思うと散り散りになり、その形を作ることができない。
「な、んで」
「俺はレティシアと共に消えることなんて望んでいない」
魔族、と思われるその塊から発せられた疑問に今度はセドリック様が答える。
それを聞いて激高したかのように、巻く渦の勢いが激しくなったかと思うと槍のように尖りセドリック様へ向かって突き出される――が、縛られたままの腕で叩いた水面から上がった水飛沫の前に、漆黒の槍は掻き消えていく。
「ぼくが きえる」
小さくなった黒い塊がその形を保てなくなり、ゆらり、と広がる。
「レティシア たすけてよ」
救いを求めるように伸ばされた影が私に届く前にボロボロと崩れ落ちていく。
「きみ を」
……その零れる影を掬うよう両の手を伸ばす。
「レティシア⁉ 何を……」
眼を閉じ、思い出す。お兄様から聞いた言葉――『おまじない』の意味。
それは古い妖精語で。
『精霊の愛し子に精霊の加護があらんことを』
その言葉を口にすれば。
足元に広がる泉の底から煌めきが湧き、光が零れ、やがて吹き出し、辺り一面に降り注ぐ。
光の粒が消えた後には。
澄み切った空気と、きょろきょろと不思議そうに辺りを見渡すピッテ、そして泉に立つ私とセドリック様だけが残されていた。
「終わった、のか?」
「ひとまずここは、かしら」
セドリック様の問いに私は表情を険しくし、遠くに視線をやる。
「兄上なら心配ないさ」
「……そうですわね」
ふわりと柔らかくほほ笑むセドリック様が私の心をくすぐり、自然に笑みが零れた。
「ご無事ですか?」
「問題ないわ!」
どかどかと、ふらつきながらも慌ただしい足音を立てながら階段を降りて来た騎士二人に、ぶんぶんと手を振って見せる。
髪や瞳に彩りを取り戻したセドリック様を確認し、ヨハンがほうっと息を吐く。
「すまん、迷惑をかけた」
「いや、王子が謝ることじゃ――」
サイモンの言いかけた言葉が止まる。
頭を下げるセドリック様が何事かと再び顔を上げると、大きな肩が揺れているのが見える。
「なんだ?」
「なんつーか、随分特殊なプレイを楽しんでいたようで、邪魔したかなーって」
全身ずぶ濡れでおでこに巨大たんこぶをこさえた二人、その片方は両腕を縛り上げられているのを見て必死に笑いを堪えているようで。
「ふふっ」
思わず私もつられて声が漏れてしまう。
「レティシアまで! おいサイモンっ、馬鹿なことを言ってないでさっさとこれを解け!」
腹を抱えて笑い出すサイモンと必死に腕を突き出すセドリック様、それをやれやれと見やるヨハン。
しがみついてきたピッテの頭をくりくりと撫でながら、ようやく平穏が戻ったのだと実感した。
「さあ泉で傷を癒して、着替えたら晩餐にしましょう! メリルとカインが腕を振るって待っているわ!」
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