決戦 1

 遠くからこちらの状況を見張っていたカインを呼び、ふらつくメリルを預ける。

 黒セドリック様も異存はないらしく、彼らがこの場を離れるのを待ってくれる様子。

 魔族に憑かれても『待て』ができるだなんて、流石のわんこっぷりに感心するわ。


「お嬢様、私も戦えます」

「二人にはね、城の番をお願いしたいの。ほら今日はとてもお腹が空きそうじゃない? 豪勢な晩餐を楽しみたいわ!」


 食い下がるカインに努めて明るく伝える。

 が、眉間の皺を深め首を縦に振ることはない。


「大丈夫よ、王子様が信頼を寄せる騎士様がいるし、それに私にはお兄様の置き土産もあるもの」

「承知しました。……ご武運を」


 その揺れる瞳を真っ直ぐに受け止め伝えれば、私の意を汲み引いてくれる。

 有能従者に感謝だわ。今夜の食事を楽しみにしよう。

 立ち去る二人を見送ると騎士二人が私の隣に進み出て、改めて黒セドリック様と対峙する。


「そんでレティシア嬢、どーします? 策はあるんですか?」

「うーん、どうしましょう?」

「「ええ……」」


 問いかけるサイモンに問い返せば二人から失望と悲嘆の声が漏れる。

 だって仕方がないじゃない。私はお転婆令嬢ではあるけれど戦闘は門外漢だわ。


「随分と余裕なんだね」

「あら、それはお互い様じゃない?」


 茶番を続ける私たちに呆れている様子で口をはさむ黒セドリック様。堪え性がないわね。


「アナタこそ、お兄様とハルを素直に見送って良かったんですの?」

「僕にとっては王太子の生死は問題じゃないからね。ただ死んだ方が君が悲しむから、そうなればとても喜ばしいことだね」

「そう、アナタが用があるのは私ですものね。それにしても残念ですわ、私が悲しむ様は見せられそうにないもの」


 ふふ、と不敵に笑って見せると彼の顔からそれまで浮かべていた薄ら笑いが消える。

 どうやら彼は私を脅すのが愉しかったようで、肩透かしを食らいご不満な様子。まったく悪趣味だわ。

 そうと分かればペースを握らせるものですか。

 余裕の笑みを浮かべたまま、さあどうしたものかと改めて黒セドリック様を観察してみれば、まあ黒いわね。

 始めはその髪と瞳のみが漆黒に染まっていたのが、今は手先足先にも闇が滲み、肌からも生気が薄れている。

 首から流れた血が胸元にかけて赤い差し色を作り非常に痛々しい。


(これは、闇がセドリック様の体を侵食しているという事なのかしら)


 もしそうならば、この魔族を追い出すことでセドリック様を救出することができるのでは?

 問題はその方法なのだけど。


「やれやれ、あの冷徹王太子を良くそこまで信頼できるものだね。出来損ないの第二王子が可哀そうだとは思わないのかい?」

「思わないわね、セドリック様は出来損ないではないもの」


 そう答えた瞬間、確かに見えた。漆黒の瞳の奥に潜む碧い光が。

 再び闇に沈んだ瞳の中にその痕跡を探すが見つけることはできない。それでも。


(セドリック様も戦っているんだわ)


 そう確信する。だってあの人は強いもの。

 セドリック様を深く知ったのはこの廃墟領に来てからだが、誠実でひたむきで少々不器用な所もあったりするけれど、諦めることなく自分の想いを貫く方だ。

 何よりあのルーファス様の弟君である、往生際が悪くしぶといに決まっている。


「サイモン、ヨハン。セドリック様を救出するわ」

「そりゃまぁ、それが出来んならそうしたいですけど」

「出来るかじゃなくてやるのよ!」


 煮え切らないサイモンにぴしゃりと言う。

 彼等は戦闘のプロだ。先程の魔族との交戦で力の差を思い知り、無自覚のうちに弱気になっているのだろう。

 だからと言って甘やかす気はないわ。


「情けないわね。まったくあなたたち、ルーファス様の元で遊んでいたのかしら。泣き言を言う暇があるなら頭でも手でも動かしなさい」

「……こりゃ手厳しい」

「おっしゃる通りです。自分が情けない」


 主の名を出せば彼らの眼の色も変わる。そうよ、魔族なんかよりあの人の方が余程怖いものね。

 二人が奮起したのを横目に頭は動かし続ける。何か手はないか。

 解を求めるように思考を口に走らせる。


「セドリック様の意識を呼び戻すのよ。例えばセドリック様の力になるもの、あるいは魔族の苦手にするものを突き付けるとか」

「セドリック王子の好きなもんっていやレティシア嬢で」

「それは無理ね」

「きっつ……」


 二人から刺すような視線を感じる。

 仕方ないじゃない。自分の気持ちに嘘は吐けないわ。

 ツンとした表情を崩さず他の案を探っていると。


「なあなあ、だったらコレが使えるかも?」

「「「⁉」」」


 ひょこんと小さな頭が背後から覗き、小さな手がスカートをくいと引っ張る。


「ピッテ⁉」

「ばっ、脅かすな!」


 今まで姿が見えなかった少年妖精が突然現れ動揺するも、先程の言葉は聞き捨てならない。


「おい、それは何だ?」


 妖精の手に握られた物体にヨハンが気付く。


「コレは『チリフキダケ』ってキノコだよ! 中に白い塵がいっぱい詰まってて、魔除けになるって――」


 手のひら大の白い球体、弾力のある外皮の一箇所に穴が開いたそれをピッテが差し出すと同時に。

 私たちの間を黒い閃光が突き抜ける。


「っ!」


 私を背に庇いつつヨハンが身を捩じると同時にサイモンがピッテの背を掴み勢いよく後ろに飛び退き、すんでの所で放たれた攻撃を躱す。

 黒い痕跡が先ほどまでいた地面を抉り、線状になった先を辿れば黒セドリック様の前に行き着く。

 その足元には黒い影溜まりが広がり、獲物を捉えんと触手のような影が無数に蠢いている。


「悠長に作戦会議をしている暇はないようです。ソレが効くのかは、直接試してみるまでだ」


 ヨハンの言葉にサイモンが動く。

 ピッテからチリフキダケを受け取り「お前は消えて隠れとけ!」と放り投げると詠唱を始める。


「待って、ヨハン!」

「?」


 動き出すヨハンにすかさず武器を投げる。

 受け取るのを確認し、役立たずの私はすかさず瓦礫の後ろに身を隠し彼らの戦闘を見守る。


「サイモン、殿下には当てるなよ!」

「当たっても傷つきそーもねーけどな!」


 黒セドリック様の周囲を取り巻くように光の槍が降り注ぐ。

 その間を縫うように駆けるヨハンが木剣を握り、伸びる影を切り裂いていく。


「……舐められたものだね」


 黒セドリック様がつまらなそうに吐き捨て片手を振るうと、彼を中心に黒い旋風が巻き起こり周囲に放たれた魔法をかき消していく。


「構うもんかよ!」


 消される先から次々と新たな魔法を繰り出し物量で責めるサイモンに「……うるさいな」と黒セドリック様が視線を向けたその時。

 黒い旋風に身を削られながらも接近したヨハンの剣が振り下ろされ、ぴたりと止まる。


「そのまま振り下ろせば木の棒でもこの頭を割ることもできたのにね」

「ちっ」


 ヨハンの眼前で黒セドリック様がにこりとほほ笑む。が、その隙を見逃さず。

 黒セドリック様の襟首に剣先をねじ込み、ぐるりと捻り上げるとその体を押し倒し地面に縫い留め、


「サイモン!」

「応っ!」


 いつの間に地面に描かれた魔法陣が組み合う二人を囲み、立ち昇る光が周囲を白く包む。


「魔法は効かないと、学習しないのか?」


 光の中から黒セドリックの声だけが確認できたかと思うと、中心からぶわり、と闇が溢れ出す。

 あっという間に光を吸収し、そのまま拘束するヨハンをも呑み込もうとした瞬間。

 背後からの気配に気付いた黒セドリック様が身を起こし振り向くと、そこには既にサイモンが迫り剣を振り下ろす。


「くらいやがれ!」


 ブン!と刃が空を切り、剣に突き刺したチリフキダケが弾ける。

 しかし。

 中から溢れたのは白い塵ではなく真っ黒の煤で。


「残念、惜しかったね」

「なっ……」

「くそっ!」


 すでに闇に侵されていた黒く変色したキノコがドロリと溶け落ちる。

その様に気をとられた一瞬の隙に、ガキンガキンと二人の獲物が宙に弾じかれ、影がそのまま彼らを呑み込んでいく。

 この瞬間。


「ピッテ、今よ!」

「あい!」


 瓦礫の上に立ち弓をつがえる私の姿を、顔を上げた黒セドリック様の視界が捉えたと同時に放たれる軌跡。

 それを眼で追う黒セドリック様の顔が空を向く。

 彼の頭上、そこに舞う一本の木剣。


「せええい!」


 ぽんっ、ぽぽぽん!


 ピッテの掛け声に合わせて木剣から大量の丸いキノコが勢いよく吹き出す。

 その中に飛び込む矢が一つのキノコを切り裂き破裂すると、連鎖して周囲のキノコも次々弾け、


 ズン!


 ちょっとした爆発となり白い粉塵が辺りにまき散らされた。


「……ぐっ」


 小さなうめき声が漏れた後、塵が晴れ視界が戻ると影から解放されたヨハンとサイモンだけがその場に残されていた。


「レティシア嬢……っ」

「追うわ!」

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