お供はつらいよ

 ギッコ ギッコ ギッコ


 王宮内にある騎士団用宿舎の一室で、木が擦れる様な不快な音がリズムを刻む。


「なぁ、あの人バカだろ?」


 他人の部屋の他人の椅子に反対向きに座り斜めに浮かせては揺らしながら、その男が俺に語り掛ける。

 

「おい、聞いてるのかヨハン!」

「椅子と床が痛むからやめろ」


 不服そうにサイモンが椅子を揺らすのをやめ、正面向きに座り直す。

 一日の務めを終えると苛立った様子で人の部屋に押し入り、以来ずっとこの調子だ。

 まあ、気持ちは分からなくもないが。


「いくらなんでもやり方ってのがあるだろ? レティシア嬢の顔見たか? 呆然としてたぜ」


 頬杖をつきながらため息交じりにサイモンが言うのは、昼間の出来事についてだろう。

 それはルーファス様が王宮内の回廊で起こした騒ぎで、レティシア嬢を謂れのない罪で糾弾し、一方的に追放処分を下したものだった。


「ルーファス様なりに考えた秘策なんだろう」

「だとしてもよう、ありゃああんまりだぜ」


 レティシア嬢を王宮から遠ざけるための作戦だとは聞いている。

 当然彼女には何の説明もなく、まさしく青天の霹靂であっただろう。


「あのお二人は政略的な婚約だと思われているが実質は完全な恋愛婚だろ。他人が口をはさむことじゃあない」

「冷てぇな」

 

 今度は俺の冷めた態度に不満の矛先を向ける。

 そんな目で見られようが、俺たちにできることなどないのだ。

 睨むサイモンの眼をかわし、日課である装備品の手入れを始める。

 

 レティシア嬢の事はよく知らないが噂では人形のような繊細さを持つ氷の姫君だとか言われているらしい。

 美麗かつ鉄面皮なルーファス様と並べば調度品さながらの美しさを堪能できるらしいが、凍り付くような表情に体感温度も二乗で下がるとかで、将来の王と王妃に不安を感じる者もいるのだとか。

 その話を聞いて、人の噂などあてにならないと心底思ったものだ。

 ルーファス様は確かに不愛想だが、その内に秘める強い意志と我が侭ともとれる傍若無人ぶりは、氷どころか灼熱のようなエネルギーを感じる。……近寄りがたいことには変わりないわけだが。

 そんなルーファス様が愛情を傾けているのがレティシア嬢なのだ。噂のような人物であるはずがない。

 きっと周囲からは理解できないような強い絆が二人にはあるのだろう。


 そんな考えに行き着くうちにふと横を見れば他人のベッドで高いびきをかく大男が一人。

 シーツの端を勢いよく引っ張り転がり落とすと、部屋の外へ蹴り出した。




「おいてめぇ、昨日はよくも……」

「いちいち人の部屋で寝るのが悪い」


 朝一でサイモンが絡んでくるが日課のようなものなので気にすることもなく騎士団詰め所へ向かう。

 途中「おい、昨日の話聞いたか?」「ああ、王太子殿下の婚約者が……」などとあちこちで噂話を耳にする。

 一晩で随分広まっているようだ。


「サイモン、余計なことは口にするなよ」

「わーってるよ」


 噂話に一層不機嫌な表情になるが仕事はきちんとこなす奴だ、問題ないだろう。

 他に大きな問題が起きることもなく、王宮内はいつもと変わらない空気が流れる。

 が、夕刻になりその空気が一変する。

 巡回から詰め所に戻ると騎士たちが随分騒がしい。


「何かあったのか?」

「よお、お前たちお疲れ。いやな、昨日の事件は知ってるだろ? それについて王子殿下が声を上げてな」

「ルーファス様が? なんでまた」

「いや、セドリック殿下の方だ」 


 寝耳に水な出来事にサイモンが思わず声を上げるが返ってきたのは予想外の名で、二人で顔を見合わせる。

 その場にいた騎士たちからできる限りの情報を集めると、王太子執務室へ急いだ。



「ルーファス様、邪魔するぜ!」

「断る。帰れ」


 ノックもなしに破った扉はにべもなく閉じられ、サイモンの額をしたたかに打つ。

 毎度毎度やめてくれ。本気で忙しい時にこれをやるとルーファス様の機嫌は極限まで悪くなる。

 扉の前でため息をつきサイモンを睨んでいると再び扉が開き、執務を中断したルーファス様がいつもの私室へ向かう。

 奥で文官たちが青い顔をしているが、気に留めずルーファス様の後を追うことにする。

 業務の割り振りはそちらの仕事だ、せいぜい頑張ってほしい。


「ルーファス様っていつもなんでそんなに忙しいんだ?」

「無能が多いんだろう」

「ルーファス様から見りゃほとんどの人間が無能だぜ?」

「……そうか、考慮しよう」


 サイモンのよくわからない理論に何やら思う所があったのか、不機嫌さが幾分和らぐ。

 たまにはコイツの軽口も役に立つものだ。

 それにしても頭の良すぎる人間は余計なことまで考えて面倒なのだなと対極の二人を見てしみじみ感じる。

 噛み合ってそうで噛み合っていないだろう会話が終わるといつものルーファス様の私室に辿り着き、本題に入る。


「セドリック殿下が廃墟領へ向かう許可を求めているようです」


 俺の報告にルーファス様が眉根を寄せる。


「何故セドリックが?」

「昨日の件に納得がいかないので抗議するため、レティシア嬢を連れ戻すおつもりかと」

「たいした行動力だ」

「感心してていーんですか? レティシア嬢を王宮に戻されちゃ意味ないですよね?」


 憤慨するかと思いきや、意外と冷静に受け止める。

 ご兄弟だが仲がいいという話は聞いたことがない。しかし険悪というわけでもないらしい。

 セドリック殿下とは騎士団で共に過ごしたことがあるが、ルーファス様とは正反対の人当たりのいい青年だ。

 正義感も強く、周囲からの人望も厚い。

 ただルーファス様と比較されることが多く、そのことについては気に病んでいる様子も見られる。

 いい方なのだがルーファス様の側近である身としては、面倒なのであまり関わりたくないというのが正直な感想である。

 ルーファス様の方はどうやらセドリック殿下への信頼はあるようで


「セドリックが廃墟領に向かうのは構わない、ついでにお前たちもついて行け」

「「えっ」」


 謎の結論に二人で素っ頓狂な声を上げる。


「もちろんレティシアを王宮に連れ戻すことは阻止しろ。廃墟領にそのまま滞在し、レティシアの護衛をしてこい」

「護衛はまぁ、いーんですけど……、セドリック王子の方はいいんですか?」

「何か問題があるのか?」

「いや、セドリック王子にとっちゃあ長年の想いをぶつける絶好のチャンスじゃあないですか!」

「……どういうことだ?」


 身振り手振りを大げさに、興奮気味にサイモンが声を上げるが、うん? 相変わらず会話が嚙み合っていないな?

 あれ、これってもしかして。いやあまさか。

 黙って見ているとルーファス様が「説明しろ」と目でプレッシャーをかけてくる。マジか。


「……確認させていただきますが、ルーファス様はセドリック殿下がレティシア嬢に想いを寄せていることはご存じで?」

「……初耳だな」

「マジすか⁉ あんなに分かりやすく熱視線を送ってるのに⁉ 騎士団連中はみんな知ってますよ!」


 やめろバカ言いすぎだ! ルーファス様の機嫌が氷点下まで下がってるだろ!

 まさかの鈍感さが露呈し、閉口しつつ様子を窺う。

 微動だにしない表情のまま思案していたがやがて結論が出たようで。


「構わない。セドリックと共に廃墟領へ赴きレティシアの護衛をすることを命じる」

「セドリック殿下がレティシア嬢を口説いたら?」

「大した気概だ。だがレティシアは俺の愛する女だ、他の男に靡くことはない」


 自信満々に言い切るが、この人は自分がレティシア嬢に何をして廃墟領に行く羽目になったのか理解しているのだろうか?

 ……やっぱりこの人はサイモンの言う通りバカなのかも知れない。

 心を許した人間にはとことん甘いのだ。

 サイモンは面白がってこれ以上止める気はないようだ。

 俺も真面目に考えるのがバカらしくなってきたので後はもう成り行きに任せようと思う。


 忠誠を誓った主の意外なポンコツさを垣間見てげんなりするも、この不器用な愛情が正しく伝わればいいとも願う。

 ちょっとくらいならセドリック殿下の恋路を邪魔してもバチは当たらないだろう。


 図らずもサイモンと二人同じ思いを胸に抱き、足早にセドリック殿下の元へ向かった。

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