違和感、気付く
「昨日のお兄様の言葉、どういう意味かしら」
ぷちぷちとよく熟した実を手際よく摘み取り、隣に立つメリルの持つ籠に入れながら疑問を口にする。
「お嬢様がこの地に来たのは偶然ではない、ということですかねぇ」
「そういう意味にしかならないのよねぇ」
メリルのそのまんまな回答を聞き思わず語尾が
朝食も済んだ自由時間。皆めいめいに過ごす中、私はメリルを伴って城奥庭園の菜園にきていた。ぼんやり考え事をしたいときは土いじりに限る。
雑草を抜き水を撒いて、枯れた葉を丁寧に取り除いていく。手をかけるほどに力強く色鮮やかに成長する植物の姿は、ちょっとした達成感をもたらす。
目の前の花壇での作業を終えると次の花壇へ移動し、一心に雑草を駆逐しつつ思考に没頭する。
必然、つまり誰かが仕組んだということ?
誰かと考えれば思い当たるのはただ一人、私をこの地へ追いやったルーファス様だ。
よくよく考えてみれば確かに不自然な点は多い。
裁判にかけることもなく行われた王太子の独断による断罪。
冤罪であるのにもかかわらず一片の綻びもなく、理にかなった反論の余地もない証言の数々。
弁明の機会もなく速やかに執行された廃墟領への追放。
実に手際が良く、まるであらかじめ用意されていた筋書きをなぞっているような、そんな感覚さえ覚える。
根からきれいに引き抜いた草を丁寧に並べ、論点を整理していく。
そもそもルーファス様はなぜ廃墟への追放という中途半端な処分を下したのだろうか。
逆に考えてみよう。これが意図的だというならば、廃墟領に行かせるために問題をでっち上げた?
そう考えると何やら腑に落ちる。
あの冷徹な完璧王子がこんな雑な裁定を下したこと自体が疑問だったのだ。本当に罰するつもりなら追放なんて生温い処分をする人ではない。
処刑……になるほどの罪状ではないとはいえ身分のはく奪やら修道院送りやら、責苦を与える方法はいくらでもあるというのに。
現に今の私はとても自由である。苦役から解き放たれ、実に快適に充実した暮らしを送っている。
普通の令嬢ならばいざ知らず、私にとってはもはや罰どころか褒美ではないか。
積み上げられた雑草が小さな山となり、その頂に黄色い小花を咲かせる草をちょんとのせる。
そこではたと気付く。
ああそうかと今更ながらに真意に辿り着き、雑草をつまむ手が止まる。
あの人は最初から私を信頼し、この地へ送り出したのだ。私があの人を愛していることを信じて。
だというのに私は突き付けられた現実に視界が塞がれて、思考を放棄しただただ悲観していたのだ。
ようやく気付いた真実と自分のあまりの間抜けっぷりにショックを受け、思わず目の前の雑草の山に頭を突っ込む。
「お嬢様⁉」
「メリルの言う通り、私の鈍感さはなかなかのものね」
突然の奇行にさすがのメリルもドン引きだが、私の心の靄は晴れ、実に澄み渡っていた。
雑草の山から引き抜いた顔には満面の笑顔があふれ、頬についた泥と黄色い小花が彩を添えている。
「私、あの人に……ルーファス様に愛されているわ」
そう言い切るとメリルは一瞬目を丸くしたがすぐに微笑みを返してくれる。
「それは、素晴らしいことでございますね」
散らばった雑草をかき集めながら導いた結論についてメリルに説明すると「なるほど」と得心する。
「それにしても今までルーファス様を疑ってしまっていたなんてとんだ失態だわ。いや、いくらなんでも分かりにく過ぎるのよ、そう私は悪くないわ!」
しょげたかと思えば怒りだし一方的に開き直る私に、いつもの調子が戻ったとメリルはけたけたと笑い声をあげる。メリルの笑顔を見て私の心も一層軽くなる。
「まあこの件については保留にしておくわ。ここからが本題」
「本題、ですか?」
きょとんと首をかしげるメリルに私はこくりと頷きを返す。
「私を廃墟領へ置いておきたいのは理解したわ。ではその理由は何? 私の饐えた精神を癒やすのが目的ならばこんな面倒な真似をする必要はないはずだわ」
茶番を仕立ててまで起こした今回の騒動。本来の目的があるはずだ。
「頭を使うのは苦手ですねぇ」
早々に白旗を上げるメリル。もう少し頑張ってちょうだい。
「名探偵レティシア様の鮮やかな推理を期待しますぅ!」
おだてられ期待の眼差しで見つめられるとまんざらでもない気になってくる。ちょろいわ私。
神妙な表情を作り腕を組むと、人差し指を眉間に当てる。
以前読んだ大衆向け推理小説に登場した名探偵のポーズをとれば名探偵令嬢の爆誕である。
物語の中の名探偵のセリフを拝借し、それっぽいことを言ってみる。
「こういうのはね、矛盾点を探るのよ」
「矛盾点ですか」
私の雰囲気にのまれごくりと喉をならすメリル。胸に手を当て緊張の面持ちで私の次の言葉を待つ。
気分はさながら容疑者を一堂に集めて真犯人を暴く物語の山場のシーンだ。まあこの場に真犯人はいないのだけど。
……真面目に推理しよう。
あの断罪劇で加害者は私とされていたけど実はそうではなかった。
真の加害者はルーファス様であり、私は罪を着せられた被害者だ。
ではルーファス様が私を加害者と仕立て上げたときに被害者だったのは誰? それは――
「オリヴィア・ノクシー男爵令嬢……?」
私がそこまで語るとメリルが答えを導き出す。なかなか筋のいい助手ね。
「まさか、オリヴィア様が真犯人なんですか?」
「そう結論付けるのは早計ね」
ちっちっち、と人差し指を揺らし否定する。
オリヴィア嬢が私を陥れるためにでっち上げた事件ならば、気付いたルーファス様がそれを暴いて終いのはずだ。
しかしそうはしなかった。オリヴィア嬢の思惑にあえて乗り、私を追放した……逃がしたということ?
オリヴィア嬢が黒なのは明白として、それを裏から操る真の黒幕が王宮内にいるのだとしたら――
がさり
そこまで語ったところで近づく足音に気付いた。
驚きばっと顔を上げると、そこにいたのはセドリック様だった。
「驚かしてすまない、なにやら興味深い話をしていたみたいだからつい」
聞き耳を立てていたことを罰が悪そうに謝罪する。
セドリック様の柔らかな笑みを見てほっと胸を撫で下ろす。不穏な話をしていたせいでどうやら緊張していたらしい。
「問題ありませんわ。それにセドリック様のご意見も伺いたいですわ」
聞いていたならちょうどいいと話を振ってみる。知恵は多いほどいい。
セドリック様は少し考えたのち自分の考えを語りだす。
「俺はレティシアの考えすぎだと思うけどな」
「理由を伺っても?」
「推理の根底にあるのが、王都の状況を知らないアルフレッド卿の思いつきとレティシアの願望という点だ」
予想外の返答に一瞬言葉を失う。
ルーファス様の思惑を願望と一蹴されたことに動揺が走るが、冷静さを失うわけにはいかない。感情的になったら負けだ。
「兄上が貴女を処断したのは紛れもない事実だ。それを茶番と言い切るのには根拠が足りないな」
「しかし、セドリック様もあの断罪劇には違和感を持っていたのでは?」
そもそもセドリック様が廃墟領へやってきたのはそれが理由のはずだ。
「俺が納得していないのは兄上がレティシアを捨てあの男爵令嬢に靡いたことだ。あれほど尽くしていた貴女をあっさりと見限った」
セドリック様の瞳に憎しみの色が灯る。
「仮に逃がすのが目的ならば廃墟領を選ぶのも理由が分からない。レティシアにとっては公爵領の本邸の方がよほど休まる場所のはずだし、他にも人目につかない別邸などいくらでもあるだろう」
理にかなった意見に反論の余地はない。隙の無い語り口はやはり兄弟なのだなとしみじみ感じる。
「黒幕とやらの目的も不明のままだ。身分の低い男爵令嬢を推す理由が見当たらない」
「……確かにセドリック様のおっしゃることは筋が通ってますわ」
推理の甘さを悉く突かれ、返す言葉を失う。それでも。
「それでも私は……ルーファス様を信じたいのです」
「俺ならば貴方を裏切るような真似はしない。貴女を守ると誓おう」
「ごめんなさい、セドリック様のお気持ちには応えられませんわ。私はルーファス様を愛してますの」
はっきりと拒絶の意を告げると、セドリック様の伏せられた瞳に怒りと共に悲愴の色が混じる。
二つの色が混濁し重苦しい光を帯び始め、その瞳が再び私を映した瞬間、
「ヒッ」
全身を凍り付くようなおぞましさが突き抜ける。
昨日泉の前で味わったものとは比較にならないほど強いその感覚はメリルも感じたらしく、短い悲鳴を上げ地にへたり込む。
セドリック様は表情を失くしたまま立ち尽くし、その瞳だけが妖しく揺れている。明らかに様子がおかしい。
動けないメリルに目をやり、私まで怯むわけにはいかないとセドリック様の瞳を見据えたとき、一つの可能性に思い当たる。
ルーファス様が廃墟領を選んだ理由……ルーファス様は知っているからだ。神霊の泉の存在を、幼い頃に共に見た浄化の力を。
だから私を王宮から遠ざけ神霊の泉の側へ逃がした。つまり王宮に居る敵の正体は。
ばらばらだったピースがかちりとはまり、一つの答えが導かれると同時に、もう一つの疑問が湧き上がる。
「……ぐぅっ」
目の前の彼は、人形のように脱力していたかと思うと突如うめき声をあげ、苦悶の表情を浮かべる。
必死に何かに抗うように両手で頭を掻きむしりながらがくりと両膝をついたその足元には、黒い染みのような影が滲み出しやがてそれは彼の体を侵食し始める。
じっとりと重い空気が周囲に立ち込め、メリルのひゅーひゅーという呼吸音が飲み込まれていく。
メリルを庇うように前に立ち、禍々しい威圧感に呑まれまいと必死に思考を走らせる。
(なぜ王宮ではなく
考えても答えは出ない。しかし事実ソレは目の前に存在するのだ。
ならば私のやるべきことは。
腹をくくると一歩前へ踏み出し、ツンと顎を上げ胸をそらせて立つ。
「謎は全て解けました! 正体を現しなさい、セドリック様、いえ貴方の正体は――」
右腕を突き出し思い切り勢いよく指を突き付け、名探偵令嬢が高らかに声を上げる。
指し示された真犯人の口がゆっくり弧を描いた。
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