唐突に新キャラ現る

 不穏な気配に地下にいた皆が一斉に表へ駆け出る。

 グゥオオオ……と低く不気味な音が辺りに響き空気の震えが肌に伝わる。

 魔獣の襲撃⁉ この辺りに危険度の高い魔獣は生息していなかったはずだ。

 次から次へと一体何なのだ!

 積みあがっていく問題に憤りを感じながら、カインが見張りをしているはずの城の入り口方向へ急ぐ。



 城の前庭までくると、来襲したものと相対するカインの背中が見える。

 ゆっくり近付き視線の先を確認すれば、そこには見知った顔があった。


「お兄様⁉」

「やあ、我が愛しのレティ! お兄様だよ!」


 私の姿を確認したお兄様は色の悪いやせこけた顔を精一杯に輝かせ、駆け寄る私を迎えるように手を広げる。

 走り寄った私はお兄様に胸に飛びついたかと思うと素早く襟と腕を取り、グルンと体を半回転。


 「とおりゃあああああ!」


 腕を引き、しゃがんだ腰を一気に跳ね上げればお兄様の体が私の背を起点に弧を描くように舞い、そうして私の目の前に大の字に転がった。


「……お嬢様、やりすぎです」

「あ、つい」


 てへ、と可愛く舌を出してみるがカインはやれやれと大きく溜息を吐いた。

 後方でその様子を眺めていた面々は何が起こっているのか理解できず、ただただ呆然と立ち尽くしていた。


 ◇ ◇ ◇


 私の背負い投げが決まりのびたお兄様が目を覚ましたころには夕食の支度が整い、辺りには空腹を誘う匂いが漂う。


「いい匂いだね、久々のまともな食事だ! メリルが用意したのかい? それは楽しみだ!」


 何食わぬ顔で輪に加わり嬉しそうに覗き込んでくる。どうやら怪我はないようでなによりだ。

 時折貴族令息らしからぬ言動が混じるも、いつものことだとグランドール家の面々は気にしない。

 彼の名はアルフレッド・グランドール。グランドール家長男であり次期公爵家当主、そして私の兄である。

 三つ年上のお兄様はひょろりと細くやつれ気味の不健康そうな風貌だが、私と同じアイスグレーの髪と銀の瞳を見れば兄妹だと納得できる。


「なるほど、アルフレッド卿であったか。久しいな」

「これはこれはセドリック第二王子殿下、お久しゅうございます。このような場所でお目にかかるとは」


 ふらりとよろめきつつ貴族の礼をセドリック様に向ける。

 こんなでもお兄様は公爵家嫡男であり、王宮へも出入りしている。当然セドリック様とも顔見知りだ。


「確かに。しかし今はそれ以上に気にかかることが、な……」


 そうだよね! うん、私もずっと気になっていたわ! 気になって気になって、そうっとお肉を差し出してみたらぺろりとたいらげて私に頭を差し出してくるの。思わず撫でまわすと目を細めながらぐるぐると喉を鳴らして身を預けてくる。とてもかわいい。

 セドリック様が青い顔で後方の空き地に目を向け、私もうきうきとそちらを向く。

 そこには不穏な咆哮をもたらした主が大きな身体を横たえスピスピと平和な寝息を立てている。

 白い鱗に覆われたつややかな肌、太く長い首と尾、背から伸びる大きな翼はまさしく。


「どう見ても竜ですわね!」

「かわいいだろう?」

「どこが⁉」


 兄妹の微笑ましい会話にたまらずセドリック様がツッコミを入れてくる。


「いやいやいや、おかしいだろ竜って! 生息すらまともに確認されてない伝説級の生物だぞ⁉ ひとたび力を振るえば容易く街を壊滅させるような恐ろしい力を持つ――」

「ハルはそんな野蛮なことはしません」


 セドリック様の言葉をピシャリと遮る。ハルという名前なのね。今度呼んでみよう。

 その言葉が示す通り、ハルはお兄様が伸びている間もずっと暴れる様子もなくおとなしくしていた。周囲を警戒するような鋭い視線を向けたりもしていたが、不用意に近づかない限り敵意は向けてこなかった。

 背には鞍が取り付けられているところを見るとお兄様はハルに乗って廃墟領へやってきたのだろう。お兄様がしっかり手懐けていることが窺える。


「ハルは温厚でおとなしい竜なんだ。それにしてもこれだけ知らない人間がいるにも関わらず寝息を立てているのは驚きだな。……レティ、何かしたのかい?」

「あの……魔獣のお肉を、それからちょっとなでなでと……」


 尋ねるお兄様から視線をそらせば勘ぐる目を向けられ、胸の前で指を落ち着きなく絡ませながらおずおずと答える。人様の連れに勝手に餌をやり手を出すなど本来なら許されざる行為だ。

 勝手なことをしてごめんなさいと謝れば、あっはっはと腹を抱えて笑い出す。


「さすがレティだね! ハルがそんなあっさり気を許したのは初めて見たよ! でも主がいない竜に不用意に近づくのは危険だからね、今後は気を付けて」


 そう頭をぽんぽんされ許された。今度は背に乗せてもらうことをお願いしてみようと心の中でつぶやく。



 皆で食卓を囲むと改めてお兄様に尋ねる。


「所でお兄様はどうして廃墟領ここへ? 私になにか御用ですの?」

「どうしても何も、レティが廃墟領ここにいることの方が『なぜ?』だよ。家出でもしたのかい? 従者に、王子殿下まで連れて」


 私の問いに質問を返し、焼けた魔獣の肉を口に運ぶ。丁寧に骨から外し一口大に切られたそれをもぐもぐと満足そうに食べる様は、そのままかぶりついて食べる雑な私と違い繊細さを感じさせる。

 それにしても、お兄様は王宮での一件を知らないようだ。そう思うもすぐにこの人の放蕩癖を思い出し、ああそうかと納得する。

 お兄様は次期公爵として領地運営を学ぶため、常に領内をあちこち飛び回っていた。――文字通り『飛び回って』とは思わなかったけど。

 そう説明すれば聞こえはいいが、この学びにはお兄様の趣味が多分に含まれていて。

 幼い頃から学問、特に生物学・精霊学に傾倒していたお兄様。暇さえあれば本を読み漁り図書館に行けば人が探しに来るまで籠り続け、成長すれば森へ山へと調査に出かけるようになり、帰ってこないので調査隊を出すこともしばしばと、のめり込んだら止まらない根っからの学者肌なのである。

 公爵領には発展した大都市もあるが、山や森・洞窟などの手つかずの自然も多い。フィールドワークにはもってこいだ。

 社交嫌いなのも相まって王都にあまり寄り付かず常に領内を放蕩していた。

 ……私のお転婆はお兄様のせいでもあるのでは? と今更ながらに思う。

 目の前の、目の下のクマがひどいやつれた姿に目をやれば、相変わらず食事をすることも忘れながら研究に没頭しているのだろうと安易に想像がつき、心配しつつも変わらない様子に安心する。


「相変わらず変わってないわね、お兄様」

「レティも変わらず美しいよ! ああでも前に会った時よりも天使度が幾分増した気がするね。やはりレティは箱に大事にしまい込んでおくよりも青空の下で自由にはばたく方が輝くね」


 天使度とかいう謎のワードは気にしないでおくにして、後半の言葉がちくりと胸に刺さる。お兄様は私の様子に気付いていたのだ。

 私はこれまでの経緯をかいつまんで話した。

 

 話を聞き終え、目を閉じ眉間に皺を寄せる。

 ふぅ、と長い息を吐きゆっくり目を開くとお兄様は開口一番に


「……よし、ルーファスを殴りに行こう」


 なんとも物騒かつ短絡的な結論に行き着く。


「お兄様の細腕で殴ったら、ぽっきり逝ってしまいますわよ」


 憤っていることだけは伝わったので、呆れつつもなだめる様に窘める。

 王族相手に殴るとか、冗談でも不敬罪でしょっ引かれますわよ。

 セドリック様をちらりと窺えば、お兄様の意見に同意のようで発言を咎める様子はない。むしろうんうんと積極的に頷いている。

 ちなみにルーファス様はセドリック様同様に騎士団で修業した経歴がある。そしてその強さは騎士団長の折り紙付きともっぱらの噂だ。お兄様のひょろ腕で殴りかかれば比喩でなく折れるだろう。


「冗談で言ってるわけじゃないよ。あいつ一体何を考えてるんだ」


 がしがしと頭を雑に搔きむしりながらさらに大きなため息を吐く。

 ルーファス様を『あいつ』呼ばわりするお兄様は、同年なこともあり幼い頃から親交がある、いわゆる幼馴染という関係だ。

 私よりもルーファス様との付き合いが長く、色々と思うことがあるのだろう。

 お兄様といいセドリック様といい、こうして私への理不尽な処遇に真っ向から腹を立ててくれる様は、申し訳ないと思いつつも嬉しく感じてしまい、二人を見て思わず笑みを浮かべてしまう。

 そんな私に気付いたセドリック様と視線がかち合うと、慌てて視線を逸らす。

 真面目な話の最中にニヤついてしまうなんてとんだ失態だわ。セドリック様から生暖かい視線を感じる。

 その様子を見たお兄様は何かを察した様子。


「それで、レティはセドリック殿下に乗り換えるのかい?」

「っ下世話な言い方、やめて下さいまし!」


 思いがけない言葉に慌てて声を上げる。

 ……にやにやしながら見返すんじゃない!

 セドリック様からの好意から目を逸らさないと決意したものの、対応は保留したままだ。なんとも気まずい。

 私が頬を膨らまし憤慨していると今度はこっちがどうどうと宥められる。


「まあ、そっちの事情は把握したよ。で、こっちの事情なんだけど」


 と、私の横に座る小さな姿に目を向ける。

 竜の襲来騒ぎで一時姿をくらましていたが、夕食の匂いにつられちゃっかり輪に加わっていたピッテだった。


「こんなにはっきり妖精が人間の前に姿を晒すなんて……さすが我が愛しの天使の魅力は凄まじいな……」

「ねぇレティ、なんかコイツ怖い」


 身も蓋もない言葉だが完全に同意である。

 精霊学を研究しているお兄様は当然、妖精にも関心が高い。

 熱の籠った眼差しを交互に私とピッテに向け恍惚とする様は、クマのひどさも相まってかなりヤバい。心なしか息も荒い。

 事案が発生するんじゃないかと、ピッテとぎゅっと身を寄せ合う。


「天使と妖精が抱擁する……なんという至福の光景……!」

「えーと、つまりお兄様は、妖精に用があってここへ来たという事ですの?」

「うむ、さすが話が早いね!」


 満面の笑みを湛え早口で語りだす。


「ハルが妖精たちのざわめきを察知してね、何事かと騒ぎの元を辿ってきたら廃墟領に着いたってわけさ。まさかレティが妖精を手懐けていたとは、驚いたけど納得だ」


 強大な魔力を有するハルは周囲の魔力の察知に長け、同じく多くの魔力を有する生き物――魔物や精霊・妖精たちの動向を容易に察知できるのだと補足をする。

 さすが伝説級の生物は伊達ではない。

 妖精というのは姿が見えないだけで、実はあちこちに存在しているらしい。特に廃墟領ここの森には多くの妖精が暮らしているのだとか。

 そこへ突然私たちがやってきて住み始めたので随分と驚かせたのだろう。

 遠い空を駆ける竜にまで影響が伝わるとは非常に申し訳ないわ。後でピッテにもお詫びしておきましょう。

 それにしてもお兄様は妖精や竜に随分と詳しいのね。

 今まで知らなかった知識を次々と披露され、ただの放蕩者ではないのだと改めて感心をする。

 ならば――あのことも知っているのではないかしら?

 この城内に隠されるように存在する神霊サマの力を宿したという泉、そして『おまじない』の言葉の意味。

 先刻の泉での光景を思い出すと、同時に背を伝ったあの身の竦むような冷たい感覚も蘇る。

 あれは何だったのだろう。

 セドリック様をそっと窺うがいつもの優しい彼だ。


「レティ、どうしたの?」


 だんだんと曇っていく私の表情に気付き、ピッテが見上げてくる。

 話を続けていたお兄様の口も止まりこちらに顔を向ける。

 セドリック様の前で聞いてもいいものか。

 少し考えて、無難な言葉を選び質問をする。


「お兄様は、泉のことを知ってますの?」

「……レティは誰から泉のことを聞いたんだい?」


 相変わらず質問に質問を返してくる。ただお兄様の表情は硬い。やはり、知っていてはいけないことなのだ。

 さらに表情を曇らせる私を見て「ふむ」と何か思案し、やがて口を開く。


「そうだね、少し歴史の話をしようか」

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