怪奇 廃墟領の亡霊 3
「で、アナタの目的は何ですの?」
庭のお茶会用テーブルで少年妖精と向き合う。
尋問アンドお説教タイムである。
席に着くのは私と少年妖精。彼の後ろでは逃げ出さないよう騎士たちが目を光らせて立っている。
最初はツーンとそっぽを向き口を割らなかった彼だがカインの淹れた紅茶とメリルの特製クッキーを与えたらあっさり転んだ。やはり胃袋を掴むのは定石よね。
「別に目的なんてないよ。ムカつくニンゲンがいたから追い出してやろうと思っただけだし」
「ムカつく人間ってどんな人?」
「どんなも何もニンゲンはみんなムカつくし嫌いだよ。あ、でもあんたは美味しいものくれたし酷いことしないでって言ってくれたしいいニオイするしそんなに嫌いじゃないかも。驚かして悪かったな!」
あらやだ、この子かわいいじゃないの。思わずきゅんとしてしまうわ。
「アナタ、素直でいい子ね」
満面の笑みを向ければ「えへへ~」を柔らかそうな頬をぷにんと揺らし笑顔を作る。なんてこと……とてもつつきたいわ。自分の瞳がきらっきらと輝きながら彼を見つめているのがわかる。
淑女としてあるまじき行動に対し理性と欲望が葛藤し、ふらふらと彼の顔に手が伸びる。そんな私を見て自ら頭を差し出し撫でられようとする少年。すべてがかわいいわ。
私の手が彼に届こうとしたその時、低い声と手が割って入る。
「調子にのるなよ」
声の主が少年の背後から小さく丸い頭をがしっと鷲掴みし、少年を椅子に戻す。
トマトを洗い流して戻ってきたセドリック様だった。
濡れ髪のまま私の隣の席に腰を下ろし、あっかんべーをする少年をがるがると威嚇するように睨みつける。狼モードからまだ戻られないご様子。
「急にこの地へやって来たのは私たちだもの、彼が気を悪くしても仕方ないわ。でも私ここ以外に行くあてがないの 。ここで暮らすことを許してくれるかしら」
なだめるように少年に問いかければ、くるっと表情を入れ替え笑顔で答える。
「もちろん! レティは大歓迎さ! オレはピッテ、よろしくな!」
「おい、馴れ馴れしいぞ! そもそもここはグランドール家の領地だ。レティシアが頭を下げる必要はない」
「私は公爵家の人間として領民とは良好な関係を築きたいですわ」
「そーだぞバカ王子」
最後の無用な一言で再び二人の間に火花が散り、やいのやいのと言い合いを始める。ピッテとセドリック様はどうあがいても打ち解けることがない気がするわ。
仕方ないわね。二人の少年に呆れながらもこれじゃ話もままならないので口を挟むことにする。
「セドリック様のおかげで誰も傷つく事もなく、こうしてピッテとも仲良くなれましたの。ありがとうございます、感謝いたしますわ。アナタもそうでしょう?」
そうピッテに促すと
「まぁちょっとくらいなら認めてやってもいいけど」
やや不満そうにしながらも同意を示してくれる。むくれた顔もかわいいわ。
その様子を見てセドリック様もようやく溜飲が下がったのか、カインに卒なく出された紅茶を口にした。
追加された焼き菓子にピッテが手を伸ばしご機嫌にほおばりながら気分よく語りだす。
「ホントのこと言うとさ、オレここに神霊サマの泉を探しに来たんだよ。とっくの昔に枯れたらしいのは知ってるけど諦めらんなくて、もしかしたら水溜まり程度でも残ってないかなーって」
「神霊サマの泉?」
初めて聞く単語に首をかしげると、「オジョウサマなのにそんなことも知らないのかよ」と手厳しいお言葉を頂戴する。
手には三枚目のクッキーが握られ、サクサク軽い音を立てながら小さな体にどんどん吸い込まれていく。これも怪奇現象のようね、などと考えながら眺めているとピッテが話を続ける。
「昔このあたりには神霊サマの力が宿った泉があったんだ。神霊サマってのは、精霊のエライひと? とにかくオレたち妖精にとって大切なモノなんだ」
「それって、城奥庭園の地下にある泉のことかしら?」
えぇほぉと相槌をうちつつ思ったことを口に出すと、ピッテは「は⁉」と驚いた声を上げ勢いよくテーブルに身を乗り出す……がすぐにセドリック様に掴まれて椅子に戻される。
「なんで知ってんだよ! てゆーか、あるのかよ⁉」
「何故といわれても。この紅茶もその泉で汲んだ水で淹れたものなのよ」
毎日が忙しくて考える余裕もなかったけれど、そういえばあの泉の謎をずっと放置していたわと思い出す。
目の前に置かれた紅茶をまじまじと見つめ、ピッテはそれをぐいっと一気に飲み干す。
「レティ、案内して!」
ピッテに促されてやってきた城奥庭園。
仕掛け扉の奥に隠されるように存在する地下空間は厳かで祭壇のような空気をはらみ、その中央では光をきらきらと反射した泉が輝いている。
喜び勇んで泉に駆け寄るピッテだがその表情はみるみる曇っていく。
「……フツウの泉だ」
目当てのものではなかったとがっくりと肩を落とし水をバシャッと跳ね上げれば、飛沫を食らったセドリック様と懲りずに言い合いを始める。
あの二人はそういう関係性なのだろう。放っとこう。
改めて周囲を見渡す。舞う水飛沫に差し込む光が乱反射すると空間中を光の粒が満たし、美しい光景を作り上げる。ピッテも楽しくなってきたのか光に向かって積極的に飛沫を放つ。
その様子を眺めていると、ふと記憶の片隅に残る光景が呼び起こされる。
(確かに美しい光景だわ。けど前に見たときはもっと……)
前? それはいつの事だったか。
記憶を遡ると、初めてこの泉を目にした時のことに辿り着く。
――それは私が10歳の時、ルーファス様との婚約が決まって少し経った頃だった。
王太子妃教育が始まるのを前に、今後は時間が取れなくなるだろうからと父の公爵領の視察に無理やり同行していた。
広大な領地をあちこち巡り、最後に訪れたのがここルシーダだった。すでに廃墟であったが侵入者や異常がないかなど定期的に監視はしていたらしい。
直前に滞在した街でこれまた視察に訪れていたルーファス様と偶然にも遭遇し、私が無理やり誘って廃墟領へ同行することになった。
大人たちが半壊の城を見て回る間、私はルーファス様と奥の庭園を探索し石床のひびを見つけたのだ。
小柄な私がするりとひびの間を抜け床の奥に消えるとルーファス様は慌てて私より大きい体を無理やり押し込み、二人で階段を降りていく。
そして目にしたのが、今目の前に広がるのと同じ光景だった。
……思い出したいのはその後の出来事。
ルーファス様はひびをすり抜ける際岩にひっかけたようで、腕に血が滲んでいた。
「たいした傷ではない」と涼しい顔をしていたが、慌てた私はルーファス様を泉まで引きずっていき傷をバシャバシャと洗い流す。ごつごつとした岩にこすられた細腕は痛々しく、涙目になりながら見つめているともう一方の腕がふわりと私の頭を優しく撫でる。
「な、泣いてなどいないわ! 痛いのはルーファス様だもの!」
「そうだな」
「やっぱり痛いのね⁉」
何かできないか、その一心で口の中である言葉を紡ぐ。
その瞬間。
泉から、ルーファス様の腕を濡らす雫から、光が溢れだす。
泉から解き放たれた光が粒となり部屋中に降り注ぎ、星空のように瞬く。神秘的な光景を呆然と二人で眺め、やがてきらきらと余韻を残しながら消えていったその後にはルーファス様の腕の傷もきれいに消えていた――
あの時紡いだ言葉。
それは今は亡きおばあ様から教わった『おまじない』の言葉だった。つらいときに唱えると元気が出る。そう言われていたから口にしたのだったが。
魔法なのかしら? でもあの言葉を呟いて何かが起こったのはあの時だけで。
「お嬢様、どうされました?」
黙り込んでいた私を心配そうに覗き込むメリルを見て、意識が帰還する。
考えても分からないなら試せばいいじゃない。
そんな軽い気持ちで泉に触れ、『おまじない』を唱えれば。
「「「「なっ⁉」」」」
記憶と同じ光景が再現され一同が呆然と立ち尽くす。
「すげえっ! やっぱりこれは神霊サマの泉なんだ!」
言葉を失くす人間たちをよそにピッテは光の粒に飛びつき大はしゃぎだ。
「お嬢様、これは一体……?」
「さあ? 私にも分からないわ」
「ええ……」
あっけらかんと答える私に呆れるメリル。仕方ないじゃない。私だって説明が欲しい所だわ。
しばらくして光の粒が消え元の景色に戻ると、ん、なんか元と違う?
周囲をきょろきょろ確認するが、具体的に何が違うのか違和感の正体が掴めない。
「おそらく今の光で、空間内に溜まっていた魔力の淀みが浄化されたのでしょう」
手をぐっぱぐっぱと動かし体の調子を確認するヨハンからの言葉だ。
なるほど、言われてみれば確かに体が軽いわ。
それにしても浄化とは。光が綺麗なだけじゃないのね。
確かにルーファス様の傷も治癒したしこの水、もしかしなくてもすごいものなのでは?
「は~この泉の水全部がポーション、いや聖水なのか? やべーな」
「それって……」
感嘆の声を上げるサイモンに神妙な顔を向け、気になることを尋ねてみる。
「飲料水として使っても大丈夫なのかしら?」
「え、そこっすか?」
呆れるような声ととても残念なものを見る目を返される。心外な。生活用水は大事よ!
とはいえ、内心では不安が渦巻く。軽い気持ちでやらかした感が否めない。
神霊サマの泉? 聖水が湧く泉がどれほど『やべー』ものなのか想像もつかない。事実、巧妙に隠されていたわけだし、知ってはいけないことだったのでは? これって報告するべきなのかしら……お父様はこの泉の存在を知っているの?
次から次へと疑問が尽きない。
ただの廃墟だと思っていたのに、とんだ秘密を暴いてしまったものだと溜息をつく。このままのんびり
少なくともピッテは喜んでいるし、悪い物ではないはずだ。
ピッテといえば、一緒に騒いでいたはずのセドリック様がいやに静かなことに気付く。
姿を探すと壁際から泉を食い入るように見つめている。その表情は険しく、苦悶しているようにも見える。
やはりまずいことなんだろうか。
不安な気持ちになり彼を見つめていると、その視線がこちらに向き口が歪な弧を描く。
それは一瞬のことで、すぐにその表情は普段の彼に戻り引き続き考え込むように泉に視線を戻す。
(今の、何? 笑った……の?)
凍りくような感覚が背筋に張り付く。
柔和なセドリックから一瞬放たれた正体不明のおぞましさに呼吸が浅くなり、ひゅっと喉が鳴るのも一瞬。
外から響く咆哮にかき消された。
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