怪奇 廃墟領の亡霊 1

 夜の帳が降り森の生き物たちも眠りにつくと、闇と静寂が辺りを包む。城内に設置された魔法灯の周囲のみ柔らかな光で色を纏う。

 一日の終わり、いつもと同じように二階の角部屋の寝台に体を横たえる。

 最近手に入ったオナガウサギの尾羽をふんだんに使用してメリルと作り上げたもふもふシーツに体を沈めれば極上の眠りに誘われる。

 まどろむ僅かな時間に今日の出来事、明日の予定を脳内メモにまとめていると、ふと瞼の隙間から天幕の奥にゆらゆらと動く影がひとつ意識に割り込んでくる。

 半分眠りに落ちた頭でうつらうつらしながらその影を追う。

 始めはフワフワと宙を彷徨う輪郭のはっきりしない小さな丸だった。次第にそれは大きくはっきりとした形になり、下に伸び始める。左右に枝分かれしたかと思うと中央部分がさらに下に伸びまた分かれて……急速に脳が覚醒しそれをはっきりとヒトの形だと認識した瞬間、


「ぴゃっ……!」


 なんとも気の抜けた声が漏れ、それと同時に影は形を失くし私の意識と共に闇に溶けていった。



「おはよう……」


 朝食の支度が整う頃にいつもは日の出とともに起き出す元気令嬢が生気を削がれた表情で現れ、すでに活動を始めているほかの面々がぎょっとした顔を一斉に向ける。


「レティシアどうした⁉ 具合が悪いのか?」


 今にも倒れそうな私の体を支えるように心配そうに駆け寄るセドリック殿下。

 いつもは一番の寝坊助なのに今日に限って早起きしてるなんて、何たる失態。


「大丈夫ですわ……」


 殿下の手に支えられるまま力なく答える姿は全く大丈夫には見えない。セドリック殿下はさらに顔を曇らせる。


「どうした、何かあったのか?」

「あの……いえ」


 つい最近、周囲をもっと頼れとお叱りを受けた所だ。しかし、これは……どうしよう……。

 言い淀む私に真剣な眼差しを向けるセドリック殿下に根負けして口を開く。


「お、おばけ……」

「うん?」


 言いたいことがいまいち伝わっていないセドリック殿下が首をかしげる。

 こちらが恥を忍んで重大な告白をしたというのに、この王子の能天気な表情に理不尽に怒りが湧く。


「だから! お化けが出たの! 昨夜寝室に……っ」


 顔を真っ赤にし涙目で叫ぶ。完全な逆ギレである。

 これですべて察しろ! と言わんばかりにセドリック殿下を睨むと「そ、そうか」とたじろぎ、困った顔を騎士二人の方に向けるがそちらもどう反応したらいいのか分からない様子。


「お嬢様は昔から怪奇現象の類が苦手なんですよ。よしよし怖かったですねぇ」

「メリル~うぅ……」


 優しく慰めてくれるメリルに思わず抱き着く。

 そうなのだ。幼い頃から虫でも魔獣でも怖いとは思わないが、お化けの類だけはどうしてもだめなのだ。だって正体がわからないじゃない。理屈が通じないものほど恐ろしいモノなんてないわ。

 ぐずぐずとメリルに泣きつている間にカインが食卓を整え温かいコーヒーを用意してくれる。この二人に一生ついていこうと思う。

 少し落ち着きを取り戻し皆で食卓に着くと、改めてこの話題について話をする。


「寝ぼけていたか、夢でも見ていのではないか? 随分疲れも溜まっているだろうし」

「そんなことありませんわ!」

「そういやここって廃墟ってことは、昔は人が住んでたんスよね。つまりお化けの正体は――」

「はひぃ」

「んぐっ⁉」


 サイモンの言葉に反応し謎の声を発したと同時に、サイモンの口に熱々に焼けた串焼き肉が突っ込まれる。

「うちのお嬢様を怖がらせるような余計な事言うんじゃねー」と目で威圧しながら、己の口に突っ込まれたままの串を持つメリルの鬼のような笑顔を前に、サイモンはこくこくと頷くことしかできない。

 そのやり取りを目の当たりにしたセドリック殿下とヨハンもすっと真顔になり姿勢を正す。


「レティシアの平穏が脅かされるのはよろしくない」


 セドリック殿下の言葉に皆が一斉に頷く。

 かくして『レティシアをお化けから守り隊』が結成されたのだった。

 ……そのネーミングってどうなの?



 まずは現場検証ということで、改めて私の部屋を調査する。

 メンバーは私とメリル、カインそしてヨハン。

 セドリック殿下が異議を申し立てていたが却下。自分に好意があると断言する殿方を寝室に入れる勇気は私にはない。

 メリルとカインだけでは私に都合のいい解釈ばかりに偏るかもとの意見は採用し、冷静で客観的な判断力を持っているであろうヨハンが調査隊に加わった。

 

「そういえば殿下、レティシア様のことをいつの間にか嬢と呼ばなくなりましたね」


 大樹を登り部屋に入って早々のヨハンの発言に、メンバーの選定を間違えたと後悔する。

 気付いていたがツッコまないでやり過ごしていたのに。

 どうやらメリルの言った通りセドリック殿下の気持ちに気付いているんだろう。

 何食わぬ顔で勘繰りを入れてくるなんて、あら、もしかしてヨハンって結構腹黒なのかしら。だとしたら素直に答える義理はないわね。


「今は問題の解決が急務ですわ」


 さらりとかわし、寝台に腰を下ろした。

 昨夜の状況を思い出しながら言葉にし、影を見たと思われる方向を指し示す。

 その付近を見れば、素材のまま一階の倉庫に積んであったはずのオナガウサギの羽毛が床に大量に散らばっている。

 え、何これ? 私持ち込んだ覚えなんてないわ。

 メリルに目で尋ねると自分にも覚えがないと首を振る。


「これは、廃墟の亡霊ではなくオナガウサギの呪いの可能性が――」

「んうぅ」


 ヨハンが涙目で唸る私を見て言葉を止める。

 私を見て、ではなく彼の背後からメリルが醸し出す殺気にあてられて、かもしれない。今のメリルはヤバい眼をしている。振り向かない方がいいですわよ。

 おかげで私も少し冷静になったわ。


「仮にオナガウサギの呪いだとしたら対象はセドリック殿下と騎士様方でしょう。お嬢様はご安心ください」


 ぱっと表情を輝かせ、こくこくと勢いよく頷く。

 カインがそう言うなら大丈夫ね! 自分も仕留めたことを棚に上げ大いに安心しよう。だってカインが言ったもん!

 全力で安心を試みるが、それでも念のため落ちていたオナガウサギの羽毛と寝台の上のもふもふシーツに祈りを捧げておく。たとえ呪いでなくても気持ちって大事よね。

 お肉おいしかったです! 羽毛の肌触りが最高です! 成仏してください!

 若干幼児化していそうな私の頓智気な行動に耐えきれず「ブフッ」と吹き出すヨハンの脇腹にメリルの蹴りがきれいに決まった。



 部屋の調査を一通り終え前庭に降り、一同は再び作戦会議を開く。

 不審な痕跡が見つかったことからどうやら見間違えではないようだ。しかし真相にはさっぱり結びつかない。

 アレが廃墟の亡霊だとしたらどうすればいいのかしら? 外国では災難を祓うために塩を山型に盛り付けて飾る風習があると本で読んだことがあるわ。塩ならあるし、早速試してみようかしら。

 そんなことを考えていると、茶の用意をしに調理場へ行ったメリルの叫び声が響いた。


「ひえええぇぇ~⁉」


 咄嗟に反応する護衛たち。カインが私を背に押し込み、セドリック殿下とヨハンは周囲を警戒する。

 その動きを察したサイモンが調理場のメリルの元へ駆けつける。と――


「うおわっ、なんだこりゃあ⁉」


 先程のメリル同様、危機的状況とはちょっと違うような困惑の混じる声が上がる。

 まさか亡霊? 不安を押し殺すようにカインの背にぴったりと隠れるように身を小さくする。

 何はともあれ中の状況が分からないと身動きが取れない。と私たちはその場で待機していたが、やがてサイモンがのんびりした足取りで顔を出す。


「あー、まぁとりあえず、危険はなさそうですね」


 なんとも歯切れの悪い様子だ。「見た方が早い」と手招きをされ皆で調理場へ入ると、なるほど。先ほどの悲鳴に得心する。

 視界に入るのはきのこきのこキノコ。調理場の柱やら壁などの木材のいたるところからそれはもう巨大なキノコが生えに生えまくっている。まな板は特にすごい。多種多様のキノコがみっしり生えそろい、ちょっとした森を形成している。足を踏み入れればぴちゃん、と水浸しになった床から音が鳴り、生温いもわっとした空気が肌を湿らす。どうしてこうなった。


「これはまた……随分な怪奇現象だな」

「これも亡霊の仕業ってことなんでしょうか」


 セドリック殿下とヨハンの呆れをはらんだ声の傍らで


「……食べられるのかしら?」


とぽそりとつぶやくと、私を背に隠したままの大きな体から「ふぅ」と溜息が降りてきた。

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