膨らむ想い、恋の丸焼き大作戦 2

 ズゥ……ン!

 低い音と共に地面に振動が走る。

 ヨハンに合図を送り詠唱を終えた魔法を地面に放つと地鳴りが響き、続いて巣穴から丸い影が勢いよく飛び出した。オナガウサギだ。

 人の片腕ほどの体長の丸々とした胴に控えめに頭と翼がつき、それとは対照的に長くふさふさとした尾羽が跳ねる体に沿って弧を描くように靡く。

 全身真っ白な羽毛に包まれたそれはパニックを起こしながら真っ直ぐつき進むが、すかさずヨハンが進路をふさぎ、獲物を崖側へ追いたてる。

 ……はずだった。


「あ、殿下すいません。魔獣そっちに行きました」

「は? 何やってるんだヨハンっ」


 真正面を塞がれたせいで踵を返し、オナガウサギは俺の方へまっすぐ突進してくる。

 落ち着き払った口調で淡々と事実を告げるヨハンに軽く眩暈を感じながらも向かってくる魔獣を見据える。

 いくら低級の魔獣とはいえこの勢いで直撃されたらたまったものではない。

 間一髪で身を翻すとオナガウサギは俺を気に留めることなくそのまま猛進を続ける。

 王子に怪我をさせるわけにはいかないというさっきの言葉は何だったんだ!

 悪態を飲み込み、状況を察知して戻ってきたサイモンを目にし叫ぶ。獲物を逃してなるものか。


「サイモン! 土魔法で足場を崩せ! 取り逃がすな!」

「まかせろください! 逃がさんぜ!」


 サイモンは瞬時に土の魔法で地面の形状を歪め足止めを図る、と思いきや、放たれたのは水の魔法だった。

 取り逃さないことを優先したと思われるその術は、中空に発生した幾本もの細く伸びた水が蛇の形状をとり、獲物を捕縛しようと襲い掛かる。


「馬鹿野郎! 水じゃなくて土だと……って、蛇はまずい!」


 そう、まずいのだ。オナガウサギは基本的には臆病で敵に対しては逃げをとる習性をしているが、ある条件下において狂暴化し攻撃を仕掛けてくる。やつは蛇が天敵なのだ。

 迫る魔法は臆病なはずのオナガウサギの逆鱗に触れる。

 天敵を捉え赤く染まった目が光り、全身の羽根を逆立てひと回り大きくなった魔獣は「ギィエエエ~!」と怒気をはらんだけたたましい声を発しながら、ぐるんと勢いよく回ったかと思うとその長い尾羽で魔法を叩き落とした。


「まじかよ……」


 物理で魔法をひっぱたくとはさすが魔獣である。サイモンも予想外な反撃に一瞬たじろぐ。

 そんなこちらの動揺をよそに、オナガウサギはさらに体を膨らませ足をだんだんと踏み鳴らしながらこちらを見据える。どうやら俺たちを敵と認定したようだ。

 先ほどとは違う一層甲高い声が森にこだまする。


「これは警告音か?」


 武器を手にし構えたヨハンが距離をとりながら敵を注意深く観察しつぶやく。その眉間にはしわが寄っている。

 間を置かず足元から伝わる振動に気が付く。

 地震? いや違う。

 それは少しずつだが確実に大きく近く迫ってきている。

 背中に伝う冷たい汗を感じながら俺たちは本能的にじりじり後ずさり、図ったように同じタイミングで森の出口に向かって一斉に全速力で走りだす。と同時に地鳴りとなった地を蹴る大量の足音と怒り狂った声が背後に襲い掛かる。

 ちらりと振り返って見れば、見なきゃよかったと一瞬で後悔した。あれはヤバイ。


「おい……、おいっこの数! おかしいだろ‼」

「さすが人の手が入らない廃墟領。オナガウサギたちにとっては楽園なのでしょう」

「言ってる場合かああああああ!」


 全速力で森を駆け、時に方向転換を混ぜながら迫りくる猛獣たちから逃げる逃げる逃げる。

 いつの間にか何十羽もの群れになり、巨大化した白いモフモフ軍団が赤い目を燃やしながら三人の騎士を追いたてるその光景は後から振り返れば滑稽に感じるのだろうが、現在進行形の今は必死以外の何でもない。

 ひたすら走り続けているとそのうち森の出口が見えてくるが、魔獣たちは数を減らすこともなく怒りのままに猛追してくる。


「まずいな、このままだと森を出ちまう!」

「くっ、とりあえず城方面には行かないよう逃げるしかない!」

 

 先頭を走るサイモンが言うが、そのまま走り続けるよう促す。

 レティシアたちを巻き込むわけにはいかない。戦うにしてもこの群れと正面切って切り合うのはあまりに分が悪い。

 どうするか考えあぐねているうちにあっという間に森から飛び出すと、今一番見たくないものが視界に映りこむ。


「レティシア!?」


 俺の声に反応してヨハンとサイモンも急停止をしながら振り返り俺の視線を追う。


「レティシア! ここは危険だ! 城に戻っ」


 言い終わらないうちに森の中から一羽のオナガウサギが飛び出しレティシアに襲い掛かり――

 ズドン‼

 と地面にめり込む。重い打撃音と共に。


「……今、何が!?」


 地に転がるオナガウサギ。その脇に立つレティシアをよく見れば、両手にはいい感じの木の棒が握られている。

 うん? と目をぱちぱちさせて思わず立ち尽くす。魔法を放とうとしていたサイモンも手を前に出したまま固まっている。


「殿下、サイモン! 来ますよ!」


 ヨハンの声で我に返り森に向き直るとオナガウサギの群れが……来なかった。

 いつの間に森の出口に出現したバカでかい穴に次々と嵌まっていく。ヨハンは隙のない構えのままその様を眺めているが、表情にはハテナが浮かんでいるのがありありと見える。

 そのうち一羽のオナガウサギが脇に逸れ森から飛び出す。


「お嬢様、そちらお願いします」

「おっけー!」


 小鳥のような耳心地のいい軽やかな声がなんとも気の抜けた返事を返すと、再びズドン! と先程聞いたばかりの打撃音が響く。地に転がるオナガウサギが一羽増えた。


「もう、セドリック殿下! 狩りにでるなら一声かけてくださいまし!」


 たった今転がる肉塊を増やした当人であるレティシアがこちらに向き直り、腰に手を当てつつ不満を口にする。

 ぷんすこと頬を膨らませ怒るレティシアが可愛すぎてつらい。

 しかしその手に握られた木の棒から放たれる異様な殺気に意識をやれば思わず身震いする。


「それは……すまなかった」


 素直に申し訳ないと頭を下げればにこりとほほ笑みを返してくる。


「仕方のないひとですわ。さぁまだ狩りは途中ですわよ、しっかり働いて下さいな!」


 レティシアの言葉に俺たち三人は頷き、改めて武器を構える。


「それでは一羽ずつそちらへ誘導しますので、処理の方よろしくお願いします」


 声のする方を確認すると樹上にカインの姿があった。この大穴の仕掛け人が彼なのだろう。公爵家の従僕だと聞いているが魔法まで扱えるとはあきれるばかりだ。……今更か。

 レティシアの指示の元、効率よく魔獣を狩っていく。

 形勢が悪くなるうち正気を取り戻したオナガウサギが森の奥に退散しだすと狩りもひと段落付き、地面に転がる十数羽のオナガウサギだけが残った。


「メリルが森が騒がしいことに気付きましたの。それで大樹に登ってセドリック殿下たちの動向を確認して、罠を張って待ち構えておりましたの。ふふ、いい陽動でしたわ!」


 程よく体を動かして清々しい表情のレティシアに説明をされなるほどと納得をする。


「俺たちの動きを予測して出口に魔法を準備していたってことですかい? 不規則に進路をとって走っていたつもりだったんだけどな、すげえな」

「レティシア様の使っていた棒、あれは強化魔法がかかってますね? それにしても急所を的確に突いた見事な太刀筋です。感服しました」


 サイモンもヨハンも素直に称賛を送るとレティシアはまんざらでもなさそうな笑顔を二人に向ける。

 やや熱のこもっていそうな彼女の頬を確認し、俺は凍てつくような視線を騎士二人に向けるが素知らぬ態度でふいと顔を逸らされる。腹立つな。

 仕方ないので話題を変える方向で口を開く。


「それにしても随分多く狩ったな。いぶし焼きにしようと思っていたのだがこの数では難しいな」

「うーんならば炉端で串焼きとかいかがでしょう?」

「まあ素敵! とっても楽しそうだわ! どうかしら、セドリック殿下?」


 獲物の下処理していた侍女の案にレティシアが大きく頷く。レティシアが喜ぶのなら反対する理由はない。


「もちろん、レティシア嬢の望むままに」

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