膨らむ想い、恋の丸焼き大作戦 1

 廃墟での暮らしが少し落ち着いてきたころ、それは度々感じられるようになった。

 彼女、レティシアが一人でいるとき、ほんの隙間のひと時に表情に影を落とすことがある。

 王都からの手紙が届いてからはそれが顕著になった。本人は自分のその表情の変化に気付いてないのか、周囲の者たちの心配をよそに今日もから元気を振りまいている。

 彼女の身に降りかかったことを考えれば気落ちするのも当然だ。だからこそ自分はこの地にとどまっているのだ。

 セドリックは彼女の陰るその顔に笑顔を取り戻すためにできることは何かと、必死に思考を巡らせるのだった。


 思えばこの廃墟領に来て彼女と過ごす日々は驚きの連続だった。

 俺の知っているレティシア嬢はこんな風に大きく口を開けて笑わないし、ドレスの裾を掴みながら全力疾走したりもしない。

 王宮にいたころからは想像もつかない、自分の知っている彼女とは全くの別人で、完全に許容値をオーバーしていた。どう反応すればいいのかも分からない。

 なんとか王子の体裁を保つため表面上は努めて冷静を装い毎日をやり過ごしていた。

 それでも。彼女とこの廃墟領で過ごすうちに、いつの間にか視線を奪われていることに気付く。

 よく動きくるくると感情を転がし、こちらを見れば遠慮なく文句も笑顔もぶつけてくる彼女に、自然に惹かれている自分がいる。

 なんとも不思議な、それでいて心地いい感情が溢れてくる。


 ――ああやっぱり彼女は愛しいレティシアなのだ。


 彼女を支えたい。

 そのためにできることは……そうだな。手料理を振舞ってみるのはどうだろうか。騎士隊にいたころは国のあちこちに遠征してその地方ごとの料理をいろいろ覚えたものだ。

 早速ヨハンとサイモンを呼び計画を打ち明けると、二人は「なるほど、妙案ですね」と賛同を返してくれた。

 都合のいいことにレティシアと使用人たちは主寝室の改装中だ。今のうちに準備を進めるとしよう。


 「王子が手料理を……うーんそうですね、ここで手に入る食材で作れるモンっつったら――」


 サイモンがこの辺りでとれる獲物を列挙しながらいくつか案を挙げるのを聞き、頭の中でそれらを吟味する。

 色々と思い出しながら話をしているのか過去の遠征先でのやらかし談が混じったりと、ところどころ料理の話から脱線している。

 そういえば――西の地方では丸鶏に野菜やキノコを詰めていぶし焼きにする料理があったのを思い出す。かまどに木の板を箱状に組み上げ中に肉を置き、箱の四方から火をつけていぶしながら焼く。肉に燻製特有のスモーキーな香りが移るのが特徴だ。

 じっくり火を通し周囲に香ばしい匂いが広まった頃合いで、皆で囲みながら切り分けて食べるのが醍醐味だ。レティシアが好みそうだなと思った。


「あれ、オナガウサギでできないか?」


 そう横に振れば、少し考えたのち


「いぶし焼きですか。まぁ、行けるでしょう」


 それまでずっと話に耳を傾けていたヨハンが頷く。

 決まりだ。名付けて『オナガウサギをおいしく燻しちゃおう作戦』!

 高らかに宣言する。


「殿下は基本なんでもソツなくこなす方ですが……ネーミングセンスは壊滅的ですね」


 しみじみとヨハンが感心していたが、計画の成功を予感しやる気を漲らせた俺の耳には届かなかった。

 彼女を喜ばせることが出来そうだと思わず笑みが零れれば、その様子を見てサイモンが思い出の旅から意識を帰還させる。

 ヨハンから作戦の概要を改めて説明されると、気合をいれ直し


「そんじゃ『ウサギの丸焼き大作戦』、行きますか!」

「サイモン、お前のネーミングのセンスはどうかと思うぞ」


 力強いサイモンの言葉に俺がそうツッコミをいれると二人はそれぞれ微妙に趣の違う苦い顔をするのだった。



 狩りの道具を手早くまとめると、三人で森へ入り狩場へ向かう。オナガウサギが生息するエリアは廃墟生活の中で判明している。

 丘の斜面を登るように森を進むと木がまばらになり日がよく差し込む一帯にたどり着いた。

 オナガウサギとは、尾の長いウサギ……のように見える魔鳥の一種である。頭頂部からウサギの耳のように見えるふさふさの飾り羽が二房垂れ、これまたふさふさな長い尾羽をなびかせて跳ねるように地を走る。空は飛べないが足はめっぽう速いのが特徴だ。

 ベルナード王国内では主に南部の森林地域に生息し、肉はもちろん美味なほか尾羽は装飾用の素材にもなり南部地域の特産品として積極的に取引されている。

 目的地である少し開けた場所の手前、木の陰に身を潜める。オナガウサギは警戒心が強く、敵に見つかるとあっという間に逃げ去ってしまう。

 慎重に周囲の気配を探りつつサイモンに小声で指示を出す。


「ではサイモン、探知を頼む」

「了解!」


 サイモンは口内で短く言葉を紡ぐと周囲に意識を拡散させる。

 その瞬間、ふわり、と風が流れるような感触が全身の肌をすり抜けたかと思うと、それは俺たちを中心にして一瞬のうちに円状に広がる。

 これは探知の魔法。

 微弱な魔力を放出することにより周囲の生物の動向を探る術である。自分の魔力を周囲にぶつけて探る術なため、ある程度魔法に長けたものには感付かれる恐れもあるが、オナガウサギ程度の低級の魔獣ならその心配もない。

 狩りにはうってつけの魔法である。

 俺自身も王宮にて基礎学問として魔法の訓練を受けていたからこの探知の術を使えるのだが、サイモンのこれは精度が違った。小型の動物であっても、広範囲で察知が可能なのだ。

 この男、なりと言動は雑な、いかにも肉体派な癖にこう見えて相当な魔法の使い手なのである。

 普通、騎士はあまり魔法を使わない。戦闘では前線に立つのが役目であり、詠唱が必要で隙が多くなる魔法は不向きだからだ。

 生まれつき大きい魔力を有する者は武器に魔法を付与し戦ういわゆる『魔法剣』を使うこともあるが、それでも剣での戦闘がメインとなる。

 しかしサイモンは違う。高出力の魔法をガンガン放つ。敵陣を火の海にしたり雷で打ち抜いたり、本職の魔導士顔負けの乱れ撃ちだ。なお隙は筋肉でカバーする。意味が分からない。

 直にサイモンの戦いを見たことがあるが巻き込まれそうで怖いから正直やめてほしい。

 曰く、「火力こそ正義」らしい。味方で良かったと心底思う。

 そんな魔法バカな騎士による繊細な探査の結果、巣穴に潜むオナガウサギを難なく発見することができた。


 巣穴の位置を確認し、気配を殺しつつ木の陰に身をひそめながら各々が配置につく。

 狩りの手順はこうだ。

 まず俺が巣穴付近の地面に衝撃を与え、驚いて飛び出してきたところをもうヨハンが進路をうまくふさぎつつ誘導し崖沿いの袋小路に導き、最後に物影に潜んで待ち構えているサイモンが仕留める。

 自分の手で獲物を仕留めたかったが「たとえ低級魔獣とはいえ王子を先頭に立たせるのはなぁ」とサイモンが難色を示した。いや、今まで魔物討伐ぐらい何度も経験してるだろうと反論すると「万が一怪我でもされては廃墟領から王都へ即帰還となります」とヨハンに言われ黙るしかない。

 彼らは俺の護衛騎士で、今回は随分な我がままを押し通してこの廃墟領への滞在に目をつぶってもらっているのだ。王子が負傷ともなれば彼らの責任問題にもなりかねない。

 潔くサイモンに止めを託す。


「まかせたぞ」

「ウッス!」

「では殿下、準備が整いましたら始めてください」


 ヨハンの言葉に頷きを返し、俺は静かに呪文を紡ぎ始めた。

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