秘めた恋心

 茶会を早々に切り上げ、新たな住人たちの居住区を確保し整えることにする。廃墟とはいえ城である。幸い部屋数は多い。

 想定外とはいえ男手が増えたのは助かった。力仕事はカイン一人を頼りにしていたので、彼の負担が減るのはありがたい。

 四人の男たちが空き室の瓦礫を今までの数倍の速さで取り除くとあっという間に住居が整えられた。

 セドリック殿下も宣言通り自らよく動いてくれている。意外な働き者だ。きちんと話をするのは初めてであったが、このわずかな時間でも誠実な人柄が伝わった。

 そんなことを考えながら眺めていると目が合い、微笑みを向けられる。まぶしい笑顔が妙にくすぐったい。

 なんとも落ち着かないので他の二人にそそくさと目線を向ける。セドリック殿下の護衛騎士は見覚えのある人物だった。近衛騎士団に属する二人、たしか剣技に長けたヨハン・アーネスと魔法を得意とするサイモン・ブルック、だったと思う。王宮の騎士団訓練場で模擬戦をルーファス殿下に伴われて視察したことがあるが、若いながらも才能あふれる戦いぶりであったと記憶している。

 第二王子がたった二人の護衛のみ連れて王都外へ来るなど狂気の沙汰かとも思ったが、優秀な彼らなら納得できなくもない。

 そんな話をすると


「我々をお見知りいただき光栄です」


 細身で華奢な方――といっても騎士としてではあるが――の騎士ヨハンが落ち着いた口調でそう言い、二人は優雅に騎士の礼をとる。

 王太子の婚約者ではなくなったとはいえ一応は公爵令嬢である。こんな場所であっても礼節を忘れない、正に騎士の鑑だ。

 ちなみにヨハンは伯爵家次男でサイモンは侯爵家三男だそうだ。近衛騎士だけあってなかなかの身分だが我が従者のカインとメリルにも居丈高に接することもなく、ますます好ましい青年たちである。

 そんな生真面目三人組に映る私の姿はちょっと刺激が強かったようで。

 埃をかぶりながら室内の清掃を手伝う私の姿に「自分たちでやりますので!」と慌てて止めてくる。


「ここは私の城ですもの、住人のために自分ができることは何でもしますわ。それに王子様だって働いてますわよ?」

 

 セドリック殿下を見やって言えば返す言葉もなく、三人で困った顔を見合わせる。

 ああめんどくさい。私はこの地での生活をエンジョイするため好きに生きると決めたのだ。我慢や遠慮はもうたくさん。


「私をただの引きこもり令嬢と侮っていただいたら困りますの! 侍女のメリルからは『お転婆令嬢』との堂々たる称号も得ていましてよ!」


 必殺の悪役令嬢スタイルを繰り出しお転婆令嬢の称号を揚々と掲げる。いよいよもって三人の顔面をハテナが埋め尽くしているが、とにかくそういうものなのだと言いくるめる。

 三人は深く考えることをやめたようだ。うむ、考えても仕方のないことはストレスになるだけなのでいい心がけだ。せっかくのスローライフ、ストレスフリーで行こうじゃないか。

 三人の中でいち早く頭を切り替えたサイモンが話題を変える。流れの読める、見どころのある男だ。


「それにしても廃墟であるにもかかわらず見事な城ですね!」


 落ち着きのあるヨハンとはうって変わっての親しみやすさを感じさせる陽気な騎士だ。長身の体でぐるりと周囲をやや大げさに見渡す。


「ちなみにレティシア様の私室はどちらに?」

「あそこですわ」


 二階の角部屋を指さす。ちなみに城内の階段は途中で崩れ使い物にならない。上を見ながら首をかしげるサイモンに質問される前に答えを差し出す。


「そこの大樹の枝をですね、するすると」


 身振り手振りで枝を伝う様子を表現する。三人の目線が私の手を追いそのまま二階の部屋に行きつくと、眉間に皺が深く刻まれる。


「そのためのこの改造ドレスなんですわ!」


 スカートのサイドをつまみくるりと回れば自由な足が軽やかに踊る様が見える。


「……なるほど?」


 色々とご納得いただけたようで何よりである。


 心なしか打ち解けて、和気あいあいと荷解きをしながら居住環境を整えていく。

 魔石灯――魔力を孕んだ石を組み込むことで光を灯せる魔道具――を生活動線に沿って配置し、調理場には魔力コンロ・食料用の冷温保管箱を設置。持参した生活用魔道具のおかげで廃墟の生活水準が一気に跳ね上がる。

 ちなみに水を生み出す生活魔道具はない。水は出せば出すだけ魔力を消費するのでコストに見合わないのが理由だ。

 なので水は朝のうちに確保した泉頼りとなる。敷地内で水場が見つかってよかった。

 住環境がある程度整ったところで食料調達のための準備に取り掛かる。まずは狩猟班と採集班をどう分けるか。頭を悩ませる私を、後方から注意深く観察する瞳が捉えていた。


 ◇ ◇ ◇


 目の前で表情をころころと変え忙しなく動き回る公爵令嬢を瞳が捉える。まったく予想だにしていなかった光景だ。

 それは今までに見たことのない彼女の一面だった。

 ベルナード王国第二王子であるセドリックは未だに理解が追い付かない現状に頭をめぐらせる。


 事の発端はつい五日前に王宮で繰り広げられた断罪劇だった。

 当時自分は騎士訓練場の方へ顔を出していたため現場は目撃していない。翌日になって王宮中に広まった噂が耳に届き、悪夢のようだと眩暈がした。

 なぜそのような事態になったのか。あのレティシア嬢がそんなくだらない嫌がらせ行為などするはずがない――そう確信した上で詳細を調べさせていたところに、すでにレティシア嬢は廃墟領へ向かうため王都を発ったとの知らせが耳に入り慌てて馬で追うことにしたのだった。

 もちろん王宮の者たちには止められたのだが、優秀な護衛を二人つけることで反対を振り切った。とにかく、一刻でも早くレティシア嬢の元へ駆けつけたかった。


 レティシア嬢とはほとんど接点はなかった。

 彼女は兄である王太子の婚約者にして公爵家の令嬢だ。彼女が10歳で兄が13歳の時に婚約が決まり、それから時々王宮内で妃教育を受ける姿を見かけていた。

 初めて見かけたときは人形のような整った造形の、かわいらしい令嬢だと思った。

 しかしそんな少女を囲む厳しく冷たい大人たちによる『教育』はとても目を背けたくなるようなものだった。ミスを犯せばすかさず激しい叱責や時には鞭まで飛んでくる。いくら何でもやりすぎだ。

 あそこに座っているのが自分だったらと考えると怖気が走る。にもかかわらず、彼女はそんな大人たちに負けじと前を向く。瞳に涙をためながら、泣き言ひとつ言わず、失敗を繰り返さぬようひとつひとつ王太子妃としてのふるまいを身に付けてゆく。

 強い人だ、と思った。自分と同い年の少女が一人で戦い続ける様を見て強く惹かれるようになり、気付けば自然と彼女を目で追うようになっていた。――彼女は兄の婚約者だというのに。

 それでも気丈に立ち向かう彼女に少しでもできることはないかと想い見守り続けた。

 気付けば彼女は完璧な淑女に成長し、同じく完全無欠と謳われる兄にふさわしい令嬢だと周囲からも称賛される存在となった。自分の手の届かない遠い存在に。

 兄は何事においても完璧な人だった。その比類なき能力により冷静に状況を見極め合理的に物事を進めていく様は時には冷徹とも捉えられ反感を買うこともしばしばありはしたが、それらの感情ごと利用して貴族たちを掌握する手腕は見事としか言いようがなかった。王となるには十分すぎる資質。

 幼い頃からずいぶんと比較され育った。だが自分が無能であると評するほど凡夫ではないとも自負する。

 少なくとも学問・武術とも研鑽を重ね広い視野を身に着けた。周囲の声に耳を傾け自分に足りないものがあると感じれば教えを請い、臣下や貴族連中との関係も地道に積み重ねてきた。俺が唯一兄に勝てるであろう点だ。それだけの努力をしてきた。

 それでも周囲からの評価は有能な第一王子と愛想のいい第二王子というものだった。

 だからこそ諦めることができた。自分のたったひとつ、唯一の望みであるレティシア・グランドールという令嬢を。

 なのに。なぜ。どうして。

 あの兄がレティシア嬢以外の令嬢と懇意にし、挙句裏切るような真似をするなんて。兄の考えなど到底理解することはできない。たとえ理解できたとしても許容できるはずもない。

 ならばもう遠慮する必要もないだろう。



 顔を上げれば視線の先で彼女が笑う。長い間、遠い場所から眺めていたその人。

 初めて見るその表情は雪解け水のように清らかできらきらと輝き、新しい、しかし懐かしくもある感情を呼び起こす。

 ふと視線が交差する。思わず愛おしさがあふれ出し自然と表情に笑みが零れる。

 それを見た彼女ははっと目を丸くしたと思うとすいと顔を背けてしまった。ちょっときまりが悪そうな、それでも心なしか美しい髪の隙間から見える耳がほのかに色づいているようにも見える。

 愛しい人。

 俺は全力で彼女を守り、支えようと心に誓った。

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