第2話
「勿論、クレシー領で式をあげるでしょう? 既に教会の手配は終えておいたわよ! ドレスのデザインも、既に要望を伝えておいたわ!」
式の打ち合わせをする為にクレシー侯爵家へ出向けば、何故か業者と一緒に居たブリジット嬢が、笑顔でそんな事を言ってきた。
どういう事だという意味を込めて、ジャンへ鋭い視線を向けるが、ジャンは気が付く事なくブリジット嬢の方へ歩みを進めた。
「義姉さん、体調は大丈夫なのか?」
「大丈夫よ! ジャンの結婚式なのだもの! 私も張り切っちゃって」
「ありがとう! 流石、義姉さんだね」
「いや、関係ないだろ」
「マリー」
二人のやり取りに対し、私にだけしか聞こえないよう、ドスの聞いた小さな声で呟いたマリーに、牽制の意味で名前を呼んだ。
勿論、私も同じような言葉を二人に対して投げかけたい思いは十分すぎる程ある。だけれど、とりあえず今は、言葉の意味を理解するのが先だ。
「あの……クレシー領の教会を手配したとは……?」
「勿論、侯爵家の領地で式を挙げるのでしょう? 流石に侯爵家が子爵家に合わすのは……ね?」
ブリジット嬢は、貴族なのだから家格が上の方に合わせるのは当然よね、と言外に匂わせてきた。
それは、お互い親の意向を聞いて、二人で擦り合わせる予定だったのに……。
「ジャンも、わざわざ子爵の領地へ出向くなんて嫌よね?」
「そうだね、義姉さんの言う通りだ」
ちなみに、私の両親は、子爵の領地で小さな二次会程度のパーティでも良いから顔見せ程度にしようと言っていたのだ。……それはジャンにも手紙で伝えていた筈なのに。
ジャンとブリジット嬢のやり取りを目の当たりにするのは初めてで、ここまで義姉の言いなりだとは思わなかった。
仕方ない。私の領地ではパーティ程度をして、それにジャンも出席すれば良いだけだ。
「……ドレスの要望とは?」
1つずつ……その言葉を紐解いていくように。そして、私の中で整理できるように訊ねる。
「アンヌ嬢には絶対ベルラインのドレスが良いと思ったのよ! ウエストを細く見せられるし、お尻の大きさもカバーしてくれるわ! それにウエスト部分を少し上に持っていけばスタイルアップも狙えるし……あ、胸や腕をカバーする為にも長袖をお願いしておいたわ」
「流石、義姉さんだね! アンヌの為にありがとう!」
この馬鹿は気が付かないのか。
親切なアドバイスを進言するように、思いっきり私がけなされている事に。ウエストが太く、お尻が大きく、スタイル悪くて腕が太く、胸がないと言われているのだ。
貴族同士、言外に言葉の意味を含む事はあるけれど、ブリジット嬢はあからさまだと言うのに……。
これが次期クレシー侯爵で、私の旦那になると思えば、頭痛案件だ。
教会の場所も諦めた。
ドレスの形も諦めた。
どうせ好きどころか、何とも思っていない相手との契約結婚だ。形なんて、どうでも良い。こだわりだって、ない。
けれど、やはり一生に一度の事だから、他人に決められたものではなく、自分で選びたかった気持ちはある。
ただそれ以上に、義姉の言いなりとなっているジャンに対して、失望しか感じられない。
これから夫婦となり一緒に侯爵家を盛り立て、領地を経営していくのだ。それなのに、お互いの意見を出し合って、すり合わせる事も出来ないのだ。二人で話し合って、自分の意見を譲ったのなら、まだ納得がいくというのに。
――なのに。
「ブーケは白い百合で、飾りは白いバラにしましょうか! 私の夢だったの!」
今日も何故かにこやかに、ブリジット嬢は打ち合わせに同席している。私の実母どころか、義母となる侯爵夫人でさえも遠慮しているというのに。
「夢? 義姉さん、どういう事?」
「だって……どうせ私は結婚できないわ……」
ジャンの問いかけに、悲しそうな表情を浮かべたブリジット嬢。
「だって、こんなにも身体が弱いんですもの……どこの貴族令息も、お嫁になんて貰ってくれないわ……」
「義姉さん……」
今にも溢れそうな涙に、業者の人も思わず涙ぐんでいる。
確かに、どこかに嫁いで夫人となったとしても、その家を盛り立てないといけない。家を守り、家を切り盛りし、書類もさばく。更には茶会を開催したり、出席等して、横の繋がりを強化していく。まさに体力勝負だ。
「良いよ! 義姉さんの夢を詰め込んだ結婚式にしよう!」
「まぁ! 本当に!? ありがとう! ジャン!」
怒気を孕んだ、床を踏みつける音がした。
視線をそちらに向けると、マリーの眉間に皺が寄り、目が完全に吊り上がっている。
誰の結婚式だ!と、怒鳴りそうになった私は、またもマリーのお陰で冷静になれた気がする。……怒りがなくなったわけではないが。
「テーブルクロスは、この色でどうかしら」
「義姉さん、ナプキンの色はどうする? 折り方も色々あるよ」
「ねぇ! キャンドルも注文しましょう?」
「義姉さんの望む通りの式にしたら良いよ」
「嬉しいわ!」
私を差し置いた二人が、どんどん式の形を決めていく。
一体、誰が新婦なんだと平手打ちたい気持ちがフツフツと沸き上がると共に、二人がどんどん人間ではない何かに見えてくる。
業者の人達はチラチラと私の顔色を窺いつつも、結婚できないだろう身体の弱い侯爵令嬢に同情しているのは、丸わかりだ。
私は小さく息を吐いて、出された紅茶を飲みながら、早くこのくだらない時間が終わるのを願った。
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