第17話 ぐわっ! ばっ! さっ!


 


 秋本番。


 十月中旬特有の、散る落ち葉と舞い上がる土の香り。

 日本にいる多くの人に行き届いていることだろう。

 息をすって染み入れば、きっと背中を押してくれる。


 改めて、静かな公園だった。

 微笑むことのできるベンチに悟は座っていた。


 しかし、今日の悟はいつもと違った。どうしてもやらねばならないことがあったのだ。


「協力してくれないか?」


 愛結の前で、これほど真剣になったことはない。

 きっかけはあくまで日常のささいな出来事。だが、悟の魂がささやく。ここがターニングポイントであると。


「緊急事態ですか?」


 きりっと、真面目に返してくれる愛結がいるから、悟も胸を張れる。


「命にかかわる案件ではない。しかし、今後の人類の未来に関わる」

「……なるほど!?」


 なるほど、ではいだろうに、なるほど、と言ってくれる愛結の優しさ。

 一度頼った以上は死力を尽くす。

 若干ふざけまじりの勢いで飾っていたとしても、大切だ、と断言できる価値がある。


 ここから先はそういう会話だ。


「家で毎日でる洗濯物。それを極めて楽に一瞬で処理する方法はないだろうか? ただし、乾燥機はつかえない。お金はかけがえないからだ。加えて複数人ではなく、一人で成し遂げる必要がある」


「……。この前わたしが相談してもらった料理の、洗濯バージョンということですか」


 洗濯は人生と共にある。つまり、生涯にわたる時間の節約。

 だから、ぶれなく頷ける。


「言ってしまえば方法が見つからない。『洗濯 効率』などたくさんの言葉で訴えたが、ネットという偉大な存在も手を晒すことはなかった」

「その検索だと、~おすすめの洗濯機ランキング~ とか出てきそうですね。服を洗うだけじゃなくて、一瞬で干して、一瞬で取り込んで、一瞬でしまう方法ですか」

「ぐわっ! と洗い、ばっ! と干して さっ! としまいたい。文字通りな」


 洗濯機を使うまではいい。

 洗濯すすぎ脱水は比較的お金がかからない。だから全部任せられる。

 厄介なのは洗濯物干しと、洗濯物たたみ、そして収納であった。やはり、乾燥機は電気代の都合で毎回使えない。


 加えて、この解決は『時間の節約』に留まらない。

 むしろ最たる利点は、時間をかけないことによる精神エネルギーの消費を抑えられるという点にあるだろう。


 これは、世の理。

 疲れないは素晴らしい。

 めんどくさくない、は本当に素晴らしい。


「実は、策があるにはある」

「あ、そうなんですね」


 愛結の力みが分かりやすく抜けた。

 彼女からすればいつのまにか山道の途中にいた感覚かもしれないが、以前より頭をフル回転させてきた悟からすれば、多少なり成果はある。必死さは労力を生み、労力は結果を生む。


「畳むことも、収納も、しなければいいんだ。求めているのは衣類をすぐに取り出せる状態にすること。だから段ボール程度の箱を複数用意して、種類ごとにぶちこんでしまう。使う時はその宝箱をあけるだけでいい」


 家族ごとに分けたりなど応用もきくことだろう。ネットに出ないのは、行儀が悪いという思想があるからか。

 しかし、ここまできている。

 ここまできているのだ。

 残るは『干すこと』のみ……!


「洗濯物をいちいちハサミでとめなきゃいけないところが時間かかりますね」

「そこなんだ。ばっ! とやりたいんだ」


 これから冬にはいって気温がより下がれば、感想の難易度は上がる。導き出せる答えがあったとしても、『温かい季節限定』になってしまうかもしれない。

 だが、それでも十分革新的だ。とにかく秋のうちに色々試したい。


「ハンモックを使うのはどうですか? ばっ! とできます」

「やったことがある。だが、ばっ! と服を広げてかけるのがかなり難しい。重なってしまうと濡れたままだからな」

「家中にハンモックを張り巡らせるのはどうでしょう? ばっ! とやってもできる限り重ならないようにできるかも」

「試した」

「それも試したんですか」

「だが、外で干せば当然飛ばされてしまい、家の中だとスペースをとってしまう。別の行動が制限されてしまうのも中々に難しく――」


 そこで、愛結が声をもらした。

 顎に指をあてて唸る悟に、笑いをこらえていたのだ。


「めずらしいですね」

「どういうことだ?」

「いつもなら、もっと上を見ていますよ。できるだけ否定形を使わずにプラスに話すようにしていることぐらい、私にだって分かっているんですからね」


 背筋が伸びる想いだった。

 たしかに気づいてなかった。


「……」


 きっとこれは、甘え。

 頼ったということ。

 愛結に話すならまぁいいか、と思っていたのだ。

 だとするなら……喜ばしいこと。


「どうして、見つけたいと強く思ったんですか?」

「林道さんとは馬が合う。だが、そう何度も会えるわけではない」


 他にも理由はある。愛結の今後に置いても、役立てるかもしれない。

 ただ、一番の理由を挙げるなら――、


 予感がしている。

 ベンチの左隣は、近いうちに空く。


 愛結に誘われる形で、二人は色々と探してきた。いわば同士である。

 縁が途切れる前に話しておきたい。


「でも……、ハンモックが一番いいのではないでしょうか」

「シンプルに、か」

「はい。シンプルに考えてみませんか?」


 ないものはない。あるものはある。

 二人は前からそんなふうに会話をしてきた。ぐちゃぐちゃな思考があるなら、大きなハンコを上から押してしまえと。

 悟は、試しに押してみる。


「ハンモックをやると全部が乾かない」

「全部乾かなくてもいいんじゃないですか?」


 なるほど、と頷く。

 愛結も生き生きとしだした。


「乾いていないものがあるなら、また洗濯機にぶちこむか」

「そうですね。生乾きしそうなものだけぶちこみましょう。干す前に、必ず乾くと分かるものだけ、ばっ! とやって、後はハンガーを使うとかもできますよね」


「あくまで合格ラインを超すことを目指すということか。痛みやすくなるかもしれないが、その日の時間は確かに得られる」


 自然に紙コップへと手が動く。

 温かな緑茶を入れた。最近は自販機のバリエーションが温かくなりだしたのだ。香ばしさを共有したく愛結にもコップを手渡した。


「乾ききらなかった物を洗濯機に放り込むのは一瞬で済みます。それに何回もハンモックに投げているうちに、うまく広げてかけることもできるのではないでしょうか」

「あとはハンモックのスペースの問題か」

「強引にねじこんでください」

「それがシンプルか。転がり落ちない程度に斜面を作ることでかけやすくもなるか」


 コップを左手で支え、右手を添える。

 口に含めば温かみがおりていく。白い息は、遊ぶように透明へと流れた。


「……ふむ。とりあえずそれでいこう」

「ダメだったらまたチャレンジですね。試すことが大事です」

「そうだ。試そう、ということが生まれた」


 コップを持ち替え、あいた左手で空気を軽く握った。


「林道さん、少し心境に変化でもあったか?」

「色々と水野さんから影響は受けていると思います」


 次のことは――本当に何とはなしに、だ。


 愛結と洗濯物を干している光景が浮かんだ。


 望んでいる、とも違う。

 文字通り、ふと、だった。

 しかし、跳ねのけたい訳でもなく内心で苦笑する。


 今回は前提条件として候補から省いたが、瞬時に終わらせる案があるとするなら……『誰かと一緒にやる』なら確かに速い。


 協力することの楽しさも、きっとあるのだろう。




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