第10話 ただのやりとりにしない
「質問ごっこはどうだ? 交代で質問をしてお互いのことを知ったらいい」
愛結のとある質問に、悟はとりあえず案を投げてみた。
六月上旬。
彼女はこの時期に来た転校生と交流を深めたいらしく、打ち解ける方法を尋ねてきたのだ。
とりあえず思うまま提案を。
詳しい事情を聞く必要はないと、何となく判断する。
「うまく行くでしょうか? その子けっこう内気で私もあまり話す方じゃないですし……」
そう言ってはいるが、悟と話している時は、最近は愛結から話しかけられることも多くなった。
紺のパーカーにクリーム色のスカート。ふんわりと包んだ優しい服装は年相応の愛らしさがある。両手の指を重ねてスカートの上に置いている。
「条件を加えると楽しくなってくる」
質問ごっこにおける強敵は――停滞の亜空間。
何かに問いかけ答えた後に、起伏なく『ふーんそうなんだ』で終わってしまうこと。厄介なのはやはり、それに他ならない。
とはいえ、処すべき問題がありありとしているならば、対応しやすいというもの。
「例えば、『もらった答えに対して、さらに掘り下げて聞かなければならない』とかだ。質問ごっこという『質問をしなければならない』状態をつくる時点で、多少なり踏み込んだコミュニケーションがとれる。利用しない手はない」
亜空間の中でお互いに手を握り、離れないようにするためのもの。
道の領域から平穏な場所へ戻るには力を合わせる必要があるのだ。
「どうせなら、俺たちでやってみよう」
模擬演習。効果実感。会話スキル上昇。おまけに、悟と愛結の交流。時間つぶし。メリットは沢山あれど、ぱっと出てくるデメリットは特にない。強いて言うなら質問に答える際の羞恥心となるだろうが、ほとんどは『条件』で食い止められるだろう。
うなずいた愛結も躊躇いは見えない。
「具体的に決めよう。質問は交互に、ただし、さらに詳しく聞きたい場合はその限りではない。答える内容は可能であればその理由も言う。多少踏み込んでも問題ない。答えたくない時は遠慮なく秘密にする。嘘をついても構わない。こんなところか」
心を通わすやり取りの中で、躊躇してしまう原因を取り除く。
それを念頭におけばルールは自然と定まる。会話なのだからコストもなし。
さぁ、はじめよう。
最初は悟の番。
深読み不要のストレートを選ぶ。
相手は悟の拳を止めることも、かわすこともできる。それを知っているから遠慮はしないのだ。
「初恋はいつだ?」
ビキッッッ、と愛結が凍った。
こわばりすぎて氷漬けになっている。表情はそこまで崩れていないが、目がチカチカしているようだ。
だが、どんなに状態異常になったとしても、秘密にするという盟約があるかぎりダメージは回避できる。
「と、このように初撃からぶちこむと、後々になってやりやすくなる。強く話せて、探り合いがいらなくなる」
さて、愛結はどう返すか。
気まずくならなければいいが、模擬練習を望む以上は、本気で挑まなければならない。
「……なるほど。でも遠慮が無くなるのは、私がここでちゃんと答えられたら、の話では?」
「大抵はそうでもない。こちらがオープンであることだけ示せればいい。相手に答えてもらうのを期待する質問じゃない」
「どういうことですか?」
「質問ごっこは社会において発展途上だ。必ず仲良くなれる魔法ではなく、条件で工夫しても相手は内気なままかもしれない。だから大切なのは、こちらの仲良くしたいという意思を示すことと、そして、相手の好みなどを含めてプロフィールを覚えることだ」
遠慮なくぶつかるきっかけ。
質問ごっこの可能性を、演習の中で愛結に伝えきれるか。
「続けてみよう。秘密、でいいからな。初恋はいつだ?」
氷から溶け出し、愛結は頭を回転させる。
ただ、目を細めてうなっていたところをみると、冷却装置がないようで面白い。『はい』『いいえ』の二択だとしても彼女はいつも懸命だ。
「たぶん、恋はしたことないです。よく分からなくて」
どんなふうにぐるぐる回って、その返答にたどり着いたのかは興味深いが、プライバシーテリトリーなので留まる。相手に秘密というバリアがあっても、しつこくない男の方がもてる。
愛結が質問する番。
「何を聞きたい?」
「キスの経験はありますか?」
きりっ、とした愛結の表情。
光ある彼女の視線は、メガネの縁に手をかけたキャリアウーマンが放つ、キラン、の眼差しに近い。ふざけまじり、且つ、まじめな姿。
「経験はない。いつかすごく大切な人に出会えたら素敵だろうなとは思うが」
「そうですか……。もし、していたら感触とか学んでおこうと思っていたのですが」
「ネットで検索するか?」
「……いやー、結構です」
フィールドは用意された。
目的を達成するために、悟と愛結は共に歩む。
三問目。悟の番
「一番好きな食べ物は?」
「一番、と言われると迷います。……チャーハン、かな。どこがと聞かれるとうまく言えないですが、やっぱり味が好きです。でも、家で作るとパラパラしないんですよね。水野さんは何が好きですか?」
「緑茶だ」
「食べ物に勝つほどの好物であると?」
「そのとおりだ。濃さ、と、深み、は語りつくせない。生命維持に必要な食料以上の価値があると踏んでいる。チャーハンと一緒に飲んでも悪くない。心に作用する要素が多く、たくさんの効能がある」
もし緑茶にカフェインが入っていなかったなら、悟はそこにある自動販売機で毎日のように買っている。
四問目。愛結の番。
「犬と猫、どっちが好きですか?」
「猫だ。林道さんは?」
「そうなんですか。私は犬です」
刹那の沈黙。
かみ合わずに生まれてしまったぎごちなさか。
が、些細なことにしてみせる。
「なら、どこが魅力的なのかお互いにプレゼンしようじゃないか。ズバリ、林道さんは犬のどこに惚れた」
「かわいがるとなついてくれるところです。こちらが寝ている時に、上に乗ってこられたりするとたまりません」
「言葉だけでは説得性にかけている。ここに一台の携帯がある。某サイトを検索して、エサをねだってみーみー鳴きながら飛びつく子猫の動画を見せよう」
「それは卑怯です! わたしは携帯をもっていません!」
「貸すから後で探してくれ」
五問目。悟の番。
「最後にお互い質問して、それで終わりにしようか」
「あれ、もう終わりですか?」
漫画の一コマにしたなら、小首をかしげた愛結からは、小さく可愛いはてなマークでも浮き出ただろう。
「この後行くところがあって……、すまないな。だが、流れをマスターした弟子に教えることはもう何もない。さっきも言ったが確実に会話が弾む保証はない。だから、会話で得た相手の情報をメモして、後で活かす。……仲良くなれるかどうか。結局、絆というのは積み重ねだ」
「……分かりました。ありがとうございます」
「ただ交流するだけで終わらせない。相手を知る機会にすれば何かしらにつながっていく。とりあえず、君がチャーハンが好きだということは覚えておく」
「なら、いつか私も水野さんに少し高価な緑茶をおごります」
「機会があったら、一緒に食するのも面白いな」
「コンビニでチャーハンを買えばここで食べることができますよ。コンビニのチャーハンもぱらぱらしていて美味しいですよ」
実現するかはお互いの気まぐれ次第だが、実際に試したら面白そうだと、悟は頭に残した。
「じゃあ、最後だ」
改めて、場は作られた。
ラスト。
今までに増して踏み込める状況。
だから、言える。
「無理をすることがあっても、無理しすぎないように気を付けてくれ」
「……えっと、何の話ですか?」
「そのままの意味だ」
ただ言っただけだ。あまり効力はない。
そして、取り繕ってもいない。
「あまりキツイ思いはするなと言った。林道さんが今の言葉で特に思うところがないのなら、今の林道さんは心配がいらない状況ということだろう」
「それ、質問じゃないです。水野さんはよくそういうことをします」
「不意打ちになったか? だが、これも含めて参考にしてほしい」
怒っているわけではないだろうが、愛結の頭上にまたこんがらがった何かが出だした。それもまた経験。
愛結だけでなく悟にとっても。
「……なら、私は質問するのを保留にします」
「というと?」
「後日、私が何か質問したら教えてくださいということです。質問する権利のストックです」
そういうのもアリだろう。
悟は楽しみだと頷いた。
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