第6話 こいつは強い
母が言ったことを思い出す。
『感情から生まれる行動が、場所や時間帯、とりまく状況によって確定する。着ている服、まばたき一つが知らず知らずのうちに未来を視ている。でもね――』
『未来なんて何一つ気にしなくていいの。気にしなくていいのよ、悟』
♦ ♦ ♦
四月下旬。
これまで何度か出会っているが、悟と愛結の過ごし方は色々ある。
この日は二人とも黙っていた。
先に悟がいて、後に愛結が来た。かるく会釈しあいベンチに並ぶ。沈黙を許せる関係は少なからず打ち解けあった証拠だろう。悟は携帯の画面を指でつたい、愛結は本を手に取っていた。
互いに黙っていたから、後の会話に花が咲く。
携帯をポケットにしまったのをきっかけに、「集中してましたね」と愛結が声をかけてきた。
「ソーシャルゲームをしていた。林道さんはゲームはする方か?」
「そういうのはあまり……ネットを通じて他の人とやるゲーム、ですよね?」
ぴん、と悟は背筋を伸ばす。
気持ちの切り替えだ。例えるなら、剣を片手に構えた。
オンラインゲームの話題を出した時は、相手にデメリットについて語る義務がある――と悟は勝手に思っている。
愛結があまり知らないのなら尚更、確実に伝えたい。
「ゲームは――強い」
「ゲーム自体がですか?」
「そうだ。ゲームには離れられなくなる魅了の力がある。その上、オンラインゲームはこの世のお金すら動かす超常的存在だ。その領域へ踏み込むなら、自分という芯をしっかり持たなければならない」
「……えっと、詳しく分かりやすくお願いしても?」
いつもの愛結の歩み寄りに敬意を。
話に付き合ってくれて、ありがとう。
真剣に応えようとする悟は恐らくアドレナリンが出ている。
「ソーシャルゲームは強力な必殺技をもっている」
人差し指を静かに上げる。
「『ガチャ』というゲーム内のシステムがある。現実のお金を支払うほど、プレイヤーはレアなものを手に入れられる。そういう仕組みだ。初めて携帯ゲームをやった時、レアの魅力にのめり込み現実のお金を多く支払った。あの誘惑は相当だ。話術に変えて身につけたいとすら思う」
中指を上げて、愛結の瞳に『2』を示す。
「ゲームが持つ、もう一つの能力が『時間の操作』だ。いつの間にか時間が過ぎている。夢の世界を見せてくる」
「分かりやすく、お願いします」
「ネットで他の人に勝ちたくて沢山プレイする。ゲームだけをするようになる」
時間操作など、まるで神がごとき影響力だ。
ゲームは無数の人に恵みを与え、共にこちらの世界へ行こうと手をつかむ。
「打ち明けると、小学校を卒業するまで、俺の時間のほとんどはゲームだった。当時は携帯のソーシャルゲームではなかったが、ハマりすぎて向こう側へ完全に行かないように引き留めてくれた親には感謝している」
ゲーム自体に悪意はない。
『面白いを作りたい』が集まったことで、人は異世界すら創造する偉業を成し遂げた。
世界そのものに罪をなすりつけるのは違う。
行くかどうかは自らが決定しなければならない。
携帯のゲーム画面を愛結に見せた。
「ゲームは強敵であると同時に、糧でもある」
「糧……」
現れているのはイラストだ。
彩られる背景の中、絶世の美少女が綺麗な服を身にまとい可愛い笑顔でこちらへ話しかけてくる。命の息吹がそのゲーム世界を奥深くへ響かせていく。
「ただフィクションの世界に入るということではなかった。ゲームに触れながらたくさんのことを想い、自分なりにくみ取る機会をもらった。それは経験値だった。創りあげた現実の人と、フィクションにいる人の本気を見せつけられた」
感銘を受けたその時点で、ゲームはもはや自らの一部。
だから今がある、と。
すごいものだからこそ、害ではなく糧にしたい。
悟は、背もたれに軽くよりかかった。
「同時に、『もしやっていなかったら』とも考える」
何度も異世界に行く選択をしてきた。
だがもし、現実に居場所をつくっていたら、現実の世界に全力を注ぎ込んだら、自分の役割は『ここ』であると定めていたら、果たしてどうなっていただろう。
「ゲームとの距離感をしっかり決められるようになった今では、現実も視界に入るようになってきた」
「今はどんな感じで携帯ゲームをしているんですか?」
「心から好きなゲームがある。その中で『自分なりの』遊び方を思いついた。他者と競い合うことをなくした。自分のペースで進めるという気分転換の『仲間』にした」
「折り合いを見つけられた……?」
「また色々と語ってしまったが、伝えたいことは一つ」
当然だが、人は誰だって幸せになりたい。
ゲームもまた楽しんだもの勝ち。
やりすぎに後悔することなく「すごいすごい!」と手を叩いて笑顔で遊ぶ。
きっとそれが幸せだということ。
だから、
「ゲームやるときは気をつけて」
「あはは、分かりました」
伝えきった。今後ゲームに相対することがあれば、愛結は選ぶことになる。
少し偉ぶった言い方をすれば、悟はもう伝えきった。
「ゲームをするつもりは……今は全然ないですが、でも念のため用心したほうがいいかもとも思います。はまった時にコントロールできるといいのですが」
悟は躊躇いなく言う。
「君ならできる」
「……どうして断言できるんですか?」
その『信じる』は、無条件のものだ。
「なぜなら……そっちの方が君の人生が面白くなるからだ。存分に、面白い方へ進めばいい」
理屈をかざし、根拠に助けてもらうのはまた今度。
胸にある想いが腕を通り、それは先端にある親指に届く。
サムズアップだ。
真剣にポーズする悟に、愛結はまた苦笑いする。
「答えになってないですよ」
大人びた表情と、色の通った瞳。
出会いを繰りかえせば、無邪気な素顔も見ることもあるのだろうか。
彼女には甘えられる存在はいるのだろうかと思ったりもする。
ベンチに置いていた携帯を、悟は再びポケットに入れた。
起動し続けていた携帯は、もしかすれば悟を想ってくれたのだろうか。家に帰るまで充電が続いていた。
今日もまた、いつも通り、課金をしたいとは思わない日のようだった。
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