第5話 結局見た目で決まると言うが


 


「聞きたいことがあるのですが、いいですか?」


 愛結の言葉だ。


 そよ風のような芯の通った安らぎが悟の耳に入る。

 瞳には一点の灯る白と、大きく澄んだ黒があった。

 悟と違って唐突に言わないところに性格の違いが出ている。悟が頷いた後も、静かに佇む姿勢は揺らがなかった。


「おしゃれ、ってなんのためにするんでしょうか」

「外見か」


 悟は空を仰ぐ。

 承認欲求を挙げれば『他人に褒められたい』『自身を持ちたい』『モテたい』となる。『他人から舐められない』『友人に見劣りしない』などという鎧になるし、隣に恋人がいるなら『ふさわしくなりたい』も含まれるだろう。そんな高校生ながらに得た知識を喉元に準備することぐらいはできる。

 ――が、悟は制服のポケットに手を忍ばせた。


「検索しよう」


 たくさんの人が言う。ネットの力は偉大だと。

 しかし、何か疑問が湧くたびに、画面に文字を打ち込む超人はそういない。

 面倒くさい、という人生のボスはそう簡単にはイージーモードを許してくれない。だからこそ、となりにいる愛結の悩みをきっかけにする。チャンスを逃すまいとする悟の指は素早い。

 記事をあさること数分後、


「やはり『他人の評価が気になるから』がどこでも書かれているな。ありきたりな答えしかないというよりは、真実だから強い情報になっている、ということかもしれない」


 瞬時に思い至ることは、大きな影響を受けてきた証拠でもある。

 とはいえ、もがいたのに同じ答えしか出ないで終わるのは癪というもの。


「で、どうしてそんな質問を?」


 異性である悟に聞くということは、ファッションセンスより、男性の視点や、心理的なことが知りたいのだろうか。

 愛結は額にかかる髪に触れた。


「単純に、自分の中でおしゃれをしようという気があまり起きなくて」


 今日もそうだが、彼女は学校から公園に直行することが多い。

 義務付けられた制服を不満に思わず、むしろ認めているからこそ、外見的な面でより素敵になろうとする意義を見いだせないのだろうか。


「前に私服姿で会った時は、似合っていると思ったが。あれ以上の可愛さや綺麗さを考えているのか?」

「……あれは一応気を遣った方といいますか。でもやっぱり最低限のお金しか使っていないと言いますか。結局意識は機能重視なので、たまにやらかす時があるらしいんです。色合いが雑だったり」


 制服とて、トップスとボトムスの色合い合わせて、袖や裾にアクセントをいれるくらいのことはしている。私服が制服以上の力を持たなければならないのは、世間において必須なのかもしれない。


「水野さんが外見を気にしない人であることは分かっていたので、どう思うのか知りたくて」

「やはり分かるか」

「はい」


 雨の中レインコートを装備してベンチに座るのが悟だ。というか、今日は学校帰りなのに、相棒をお供にしている。機能性や便利性に極振り以外のなにものでもない。

 ん? と悟はかしげた。


「気を遣わない人にどうしてそれを聞く」

「綺麗な人とかには意見を聞いたんですけど、水野さんの言い方を真似すると、私自身が『ふーん、そっか』で終わってしまったので。気にしない人だからこそ何か見えているものがあるかもと思いました」

「……」


 おしゃれ、で嫌な事でもあったのだろうか。


 抱いた疑問に明確な理由はない。声の高低や言葉尻から、何となく思った。

 ベンチから立ち上がり、携帯をカメラに切り替えつつ愛結に渡す。


「なら『おしゃれ』をするしかないな。体験したり、同じ土台にたつことで言葉はパワーを持つと言うもの」


 公園の中央へ闊歩する。前回のサッカーを思い出すが、今回立ち上がるのは悟だけ。


「成し遂げたいことは単純だ。林道さんが着飾る意味を実感すればいい。とりあえず色々と着こなして(?)みせるから、林道さんの心に響くファッションを見つける。休んでいる感性をわめかせよう」

「制服で、ですか?」

「今動くのが一番だろう。他者から意見をもらっても君自身があまり実感できていない状態だったら、実際に行動する段階ということだ。とはいえ、たしかに制服でやるのは奥深くやりがいのある試みかもしれない」

「だったら、私がやるべきでは……?」

「林道さん自身でやるくらいは試しているだろう? 俺がやった方が新たな発見があるかもしれない。加えてここには鏡がない」


 というか、愛結の外見を検証していたらセクハラのグレーゾーンである。

 やるべきこと、の項目以外に、別次元の危険領域は存在するのだ。悟のモットーはいつも楽しく、である。


 改めて、悟は自身の制服姿を確認。


 青みがかった白のワイシャツは澄んだ水をイメージさせ、紅のネクタイがまっすぐに走る。灰色のブレザーがそれらを包めば、力ある色を内包しつつ冷静さがにじむ紳士になる。ボトムスである紺のズボンは、際立つトップスを支えていた。


「林道さんから見て、今の格好はどう見えている」

「灰色のブレザーを着ている学生は見たことがないので、けっこう大人びて見えます。年上の人、という感じです」


 高校入学時にこの制服を通した時に、悟も似たような気持ちは抱いた。


 とりあえず、直立した自身の姿を愛結にスマホで撮ってもらう。

 おおむね予想した姿が切り取られた。


「どう思う」

「えっと、どう、とは」

「制服だけで着こなし方を変えていく。どんなふうに変えていくかは、すべて林道さんがどう思っているかで決める」


 ネットの波を探れば、制服を着こなしたカッコいい学生はたくさんいるだろうが、必要なのは一般的評価ではなく愛結へのピンポイントである。

 恥ずかしさは生贄に捧げよう。今大切なのは悟ではない。

 まぁ、どうせなら開き直りの後、快感を目指してもいいが。


 愛結は若干おろおろしていた。

 逆の立場になれば気持ちは分かる。


「とりあえず、短足という個性があるな。下半身も頑張って支えてくれてはいるが」

「……!!!」

「日本人の体形という理由もあるが、腰まで伸びるブレザーがズボンを覆い隠すから、上半身の方が長く強く見えるんだろう。君はどう思う?」

「え、えーっと」

「どう思う?」

「……実際の長さのセンチメートル、から考えれば、トップスがボトムスを隠しているから短く見える、かもしれません……」

「と、言うわけだからこの点から直す」


 ブレザーを留める中央の二つのボタン、その下の方をとる。

 両足を軽めに開けばブレザーの裾も開かれて、ズボンのベルトが露になった。さして難しいことではない。もう一度距離をとり、カメラで切り取る。


「どうだ?」

「わ、わかりました。わかりましたので、圧をかけるのはやめてください」


 頬を引きつらせながらも覚悟を決めたのか。

 じっと、悟を見つめる。


「ネクタイをもっとぴしっとさせたら、しゃきっとするかもと思います。あと、髪がもっとかっこよくなれる気がします。両手がまだ『きをつけ』みたいになっているので、もっといいポーズがあるかもしれません。表情の真剣さをさらに加えると魅力的になりそうです。補足、みたいなことすると、メガネをかけても似合いそうです。……あと、私のためにありがとうございます」

「気にする必要はない。全部やろう」


 こんな言葉がある。

 どんな出来事であったとしても極めた人間はカッコいい、と。

 まぁ、難しいことを考えずに楽しめばいいと思うが。




 数分後。


「人は外見では決まらない」

「そ、そうですね……」


 天下はそう簡単にはとれない。

 愛結の感性はあいにく思い切りビビンとは来なかったらしいし、悟も悟で覚醒したと思ってはいなかった。

 締めくくりに交わした二人の言葉も虚空へ消えた。

 戻ってきた現実味。

 もしかすれば悟も愛結も、自室のベッドの快適さの方が重要度が高いかもしれない。視線を持ち上げた愛結が笑顔を作った。


「でも写真の水野さん、かなりカッコいいと思いますよ。好きな人とかが学校にいるなら、そのままこの格好を続けたらどうでしょう」

「そうだな。好きな人ができたら考えてみよう」


 いずれどこかで話のネタになるだろうと、悟は写真を保存する。

 その時にも恥ずかしがらずに巧みな話術を披露できるか。これもまたやりがいがありそうだ。


「さて、色々やった。俺たちは未だ『途上』ということだ。だが試行錯誤したからこそ、素直に考えられる」

「どういうことですか?」


 凱旋だ。

 試行錯誤し、探しつくした者が最後に帰ってくるところ。


「おしゃれをする理由はモテたいからだ。俺たちの中では、今はそれが一番有力だろう」


 ぶったぎだが、ただの開き直りとも少し違う。

 できる最善を尽くしたからこそ、ならしゃーない、と笑えるのだ。

 それに、頭の片隅に問いは残る。

 いつかの出会いで答えがやってくるかもしれない。だから今は、ぶったぎり、結論付け、切り替えてしまえ。


 そう話すと、愛結は「な、なるほど……?」と頭を動かしていた。


 彼女はどう結論を出すか。

 心の内は探らない。

 ただ、前回と同じく想う。

 できることなら、彼女にとっての何らかになりますように。


 雨の降らない交流が続く。



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