第4話 キャッチサッカーボール?


 


「何か面白いことはないか?」


 前回と同じように、悟の唐突な一言から始まった。


「面白いこと、ですか?」


 今日の愛結も、戸惑った可愛いリスだ。

 驚き戸惑い気遣い心配優しさ、を足して五で割っている。加えて、興味をもつように少しだけ姿勢が悟に傾いている。

 歩み寄ってくれる優しさ、陽だまりの温かさは見習いたい。


「多くは語らない。面白いことは、存在自体がこの上なく素晴らしいと思わないか?」

「は、はい。まぁ」

「というわけで、一緒にサッカーをやろう」

「いきなりですね!? わたしサッカーなんてできませんが!」

「それが終わったらキャッチボール。それが終わったらビーチボールをやろう。しかも、すべてこのサッカーボールでだ」

「話を聞いていますか!」


 シルバー色の完全防水クーラーバッグから、白黒六角形のおりなす頭サイズの弾力ボールをとりだす悟。五本の指で掲げるように持つことで、やる気の大きさを愛結にしめす。


「待ち合わせているわけじゃないのに、ここ数日ずっとバッグの中に入れていたということですか……?」

「その通りだ」

「そんなにやりたかったんですか」

「パスをしあうだけだ。願いを叶えてくれないか? 友人とサッカーを楽しくやるのが夢だった」


 公園の真ん中まで歩いて振り返ると、ちょうど愛結も立ち上がってくれた。

 近すぎず遠すぎないベンチ一つ分だった二人の距離がより長くなる。今までなかった変化が二人になにをもたらすのか。正面にいる小さな少女が新鮮に見える。


「いくぞー」とパスが始まる。

 足の側面でボールを静かに飛ばした。ボールをたどる愛結はぎこちなくも、足の裏でしっかりと受け止める。

 不思議な光景。ボールは景色にいる愛結に尋ねられた。


「夢って、どういうことですか?」


 幸運にも、今日の愛結の服装は明るく、それでいて落ち着いていた。

 ボタンで小さく飾られたオレンジのパーカーに、膝丈まである白いズボン。淡く映えるクリーム色のスニーカーと一緒に、愛結から優しくパスがくる。

 悟をしっかり習ったのか、ちゃんと足の側面を使っていた。


「以前の俺にとってサッカーは挑むべき存在で、迫りくる剛球はまさに破壊神だった。ゆえに鋼の心をもって戦場をかけめぐり、まっこうから迎え撃った。実に立ち向かいがいのある戦場だった」

「…えっと、サッカーの部活か何かをやっていたということですか?」

「いや、学校行事」


 一歩下がって身体全体でパスをちょこんとする。愛結はしっかり靴の裏で抑え、ボールの背中を押すように返す。不意をつく必要がないのだから、ゆっくり受け止めてゆっくり返せる。

 落ち着いてサッカーをしたことはなかった。


「要するにわたしのような子とサッカーをしたことがないから新鮮だ、みたいなふうに受け取れば良いです?」


 遊ぶやりとりの中、合間をつくって語り合う。


「ああ。それでいい」


 結局、楽しんだもの勝ち。悟はそうぼやく。

 かすかに動いたように見えた彼女の顔と口元。握った手が胸の前に置かれている。

 何かあった? と尋ねられている気もする。

 悟もまた視線を向けて、目の色が濁っていないことを伝えておく。


「付き合ってくれて感謝する」


 穏やかで力を抜ける時間がここある。試練から楽しいへの昇華。

 悟は気づかれない程度にはにかんだ。


 そろそろ頃合いだ。

 数分後、どちらも話さない状態が三十秒ほどできた。

 つま先から両手へとサッカーボールをすくう。


 愛結の変わらない態度を、次のステップへうつる合意と判断した。とはいえ、日が暮れるまで遊ぶ子供ではないため、かみしめる時間は集約させたい。


「なんでサッカーボールでキャッチボール……。新鮮で面白いですけど」

「便利だぞ。小さくて飛び過ぎない分、暴投にならない」


 高く遠くへ放り投げてしまった際の、『あ、ごめん!』を抹消できる。不安をなくして交流を育める。キャッチサッカーボールにおいて、これほどまでの利点があるだろうか。ふわっ、と放物線が描かれる。ボールで愛結の顔が半分隠れた。


 両目だけがこちらを向く。

 穴から顔を出すリスだ。


 愛結の投げたボールが地面で一回弾む。受け取った悟はバスケよろしくシュートしてみる。バウンドせずに届いたボールを愛結が再び投げる。今度は少しだけ腰をひねっていた。悟の真下で軽く跳ねる。


「わたしも、それなりには楽しいです」

「新鮮か」

「確かに年上の人とサッカーボールのやり取りをやったことはなかったのですが……」


 抱いているボールを見つめている。


「前にも言ったような気もしますが、私もよく、『答え』みたいなのを探そうとします。でも、いつも見つからなくて悩むんです。だから、自然にベンチから立ち上がったのは久しぶりな気がします。…わくわくした、ような気がするのですが、すみません、ちゃんと言葉にできないみたいです。言葉にするのはいつも難しいです」


 表情に影は見えない。


「でもきっと、楽しいと思っているんだと思います。こちらこそ。ありがとうございます」

「こちらこそ」


 悟はいつも勝手に思っている。


 可能ならば、どのようなベクトル…矢印だろうと、自分とのやり取りが彼女にとっての何らかになればいい。


 かつての悟と、愛結は似ている気がするのだ。


 その後、バレーボールよろしくトスをしあった。

 汗をかく前にベンチへ戻れば、陽気な気持ちが残るだろう。



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