第5章 魂喰ライ

「やっと着いた」

 宇古陀がほっとした表情で黒いRV車を神社の駐車場に入れる。

「宇古陀さん、すみません。運転ありがとうございます」

 事務所を出てから三時間。ハンドルを握りっぱなしだった宇古陀に鴨川が労いの言葉を掛けた。車は鴨川のものだが、これから取り掛かる儀式に備えて、疲労が重ならない様にと宇古陀が計らったのだ。

「まあ、俺は見てるだけだから」

 宇古陀は笑みを浮かべながら鴨川に答えた。

「神社の宮司さんには電話でお話をしてあるので、早速参りましょう」。

 四方は車を降りると、颯爽と参道を進んだ。参道は川の流れに沿って続いており、その両側を樹齢を経た杉並木が続いている。一之鳥居、二之鳥居、三之鳥居と進むに従い、空間を取り仕切る神気の密度が次第に濃厚なものへと変わりつつあった。

 拝殿にお参りし、これから取り行う大仕事について報告を済ませる。

 と、拝殿から心地良い風と共に清廉な波動が四方達を包み込んだ。

 この社殿の祭神が示した同意の返礼だった。

「四方さんですね」

 気が付くと、白髪交じりの初老の男性がにこやかに四方達を出迎えていた。

「宮司の松友です」

「四方です。お忙しいところ、急に押しかけて申し訳ございません」

 四方が松友に深々と頭を下げ、鴨川達もそれに倣った。

「いえいえとんでもないです。むしろ来ていただいて有難いのですよ。さ、ここではなんですから社務所の方へどうぞ」

 松友の案内で四方達は社務所の奥に案内された。普段、打ち合わせや縁起物の準備で使われるのか、幾つものテーブルと椅子が並べられている。

 席に着くと、巫女達がお茶を用意して四方達に勧めてくれた。

「お話頂いた件、実は私どももよく似た相談を何件か受けておりまして・・・」

 松友は表情に暗い影を孕ませると、静かに言葉を紡ぎ始めた。

 彼がその存在に気付いたのは、数年程前からだという。

 夕刻になると、それは川辺に姿を現せ、程なくして何処かに立ち去ってしまうとの事だった。

 最初は何故現れるのかは分からなかったが、頻繁に現れる様になって漸くその目的が明らかになった。

 それは、「欲望」を喰らいに来ているのだ。

 神社とは、そもそも神々に生かされている事を感謝し、また、生きて行く中での目標を達成すべく誓いを立てる場であり、また、万人の幸せを祈願する場所である。

 個々の願いを祈願するにあたっても、神前では努力を惜しまぬ姿勢をも伝えるべきなのだ。

 ところが、多くの場合、希望や願望ばかりが先行し、そのための努力を誓う事がおざなりになってしまっている。

 人々が祈りとともに思い綴った様々な情念は、清廉な神気に触れ、浄化されて昇華していく。

 ここの神社の場合、神域を流れる川が禊の場であり、人々の心に巣食う情念を洗い流す場でもあるのだという。

 どうやら、川辺に姿を見せる得体の知れぬ存在は、参拝客の情念――欲望を貪り食っているらしいのだ。

「最初は物の怪か、妖の類が気まぐれに立ち寄ったのかと思っていましたが、頻繁に姿を見せる様になりました。その頃からでしょうか、参拝に来られて河原に立ち寄った方の中に、体調を崩される方が現れ始めたのです。大抵の方は川から参道に戻ると回復したり、症状が重くともこちらで祈祷させていただければ祓えるのですが、最近、お一人だけどうしても祓えない方がいらっしゃいました」

 松友は心苦しく感じているのか、語る言葉に巧断の思いが滲み出ている。

「恐らく、その方と言うのは・・・」

 四方が松友の眼を見た。

「ご察しの通りです」

 松友が静かに頷く。

「残念ながら、我々にはどうする事も出来ませんでした。ですが、皆さんでしたら可能かも知れません。私は今までにこれ程にも清廉な光に包まれた方々とお会いしたことがありませんから。実は言うと、今も眩しくて眼を開けて居られない程なのですよ」

 松友は眼を細めて微笑んだ。

「え、本当ですか? 」

 宇古陀が驚きの声を上げる。

「宇古陀、残念だがお前は別だ」

 つぐみはすかさず宇古陀に一矢を報う。

「では、早速かからせて頂きます」

 不満気な宇古陀を尻目に、四方は松友に一礼した。


 

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