第5話

僕があかねさんの家に来て2週間が経過した。


相変わらず大輝さんと珠空さんは優しくて色々なことを話してくれる。僕も楽しい毎日を送れている。


あかねさんはと言うと__


「月波く〜ん」


「あの、そんなに抱きつかれるとゲームやりづらいんですけど……」


「……かまってくれないならずっとこうしてる」


「あ、そすか」


と、このようにゲームをやっている時にも抱きついてくるほどに仲良くなった(?)。でも、本当に2週間でここまで懐かれるとは……


「んふふ〜良いにお~い」


「そりゃあだって、同じシャンプーとか使ってるし」


「違う、月波くんの匂いがする……」


もはやカップルまであるぞこの会話。2週間でここまで仲良くなれると予想もしていなかったけど、僕も慣れてきた。


「あかねさんって男子と付き合ったたりとかしないの?」


「なんですかいきなり」


「好きな人とかは?」


「いませんよ? それに今月波くんに甘えることができて十分だよ」


それってどういう意味なのだろうか。まあ、高嶺の花だからこの人に付き合いたいって言うのにも勇気がいるだろう。


「でもさ、そろそろ潮時じゃない?」


「どういうことですか?」


「だって、あかねさんもうほとんどズボラな性格消えてるし」


僕が来てから2週間が経過してあかねさんのズボラな性格は直りつつあった。もう僕がいなくても十分ぐらいだ。予想していた通り、潮時だ。


「僕とあかねさんの成約は僕があかねさんのズボラな性格を治すことと、大輝さんとあかねさんの喧嘩の仲介に入ること」


「じゃあ、もうこの関係は終わりなんですか……?」


「そうなるね」


突然こんな話を突きつけて申し訳ないと思うけど、でもこれは僕と大輝さんの約束だ。



__数日前


「どうだい。あかねのズボラな性格はなんとかなりそうか?」


「ええ、まあ、あと数日あれば、完全とまでは行きませんけど、ある程度は抑えられるかと」


「そうか。月波くんがうちに来てくれて本当に助かったよ」


「いえいえ、本はといえ、僕のお節介が招いたことですし」


僕は大輝さんの部屋で話していた。


「2週間。本当にあかねが世話になったな」


「まあまあ苦労しました」


「はは、それなりに楽しんでくれたようで」


僕は大輝さんとの約束通りにあかねさんのズボラな性格を出会ったときより抑えることができた。それにより、これからのことを話に来ていたのだ。


「さて、ここからが本題だな。月波くん。君はこれからどうしたい」


「……正直言って、もうこの家にいる必要もないと思ってます。もうあかねさんは僕がいなくてもしっかりと部屋の整理整頓ができますし、元のお願いの大輝さんと仲介も解決できたので」


「そうか……それは残念だな。私たちとしては君をこの家に本当に住まわせたいと思っていたのだけどな」


「……その言葉だけで僕は十分です」


僕にも思うことがあった。たしかにこの天月邸で過ごせたことは何よりも楽しかった。あかねさんとゲームをやって、勉強をして、ご飯を食べて、いっぱい笑って。全部が僕の大事な思い出だ。でも、僕はこの家の人間じゃない。どれだけ時間が経っても僕は月波家の人間だ。分かれ道はいずれやってくる。


これがその分かれ道の入口だ。


「また、呼んでください。僕はいつでもあいてるので」


「わかった。私も無理にとは言わない。もとは私が君にお願いした立場だからな。君の意見も飲むよ。だから、最後のお願いだ」


__あかねを最後まで見てやってくれ


それがこの天月邸で最後に大輝さんの口から聞いた言葉だった。


「嫌です! 終わりたくありません!」


「僕もそうさ。できることなら終わりたくない」


「じゃあ……っ」


「でも、人生には諦めなきゃいけないことだってあるんだ」


「え……」


僕はいつにもなく真剣な顔であかねさんに言った。


どんな人生でも、諦めて、悔やんで、また新しい道に進んでいく。僕もその一歩前に立っている。


「気づかなかった? この部屋の荷物が減っていることに」


あかねさんは部屋を見渡した。実は大輝さんと話したその翌日、あかねさんにバレないように少しずつ、使用人である月島さんが僕の家に運んでくれていたのだ。


「なんで、なんでそんなことを……」


「僕は腹をくくった。分かれのときだよ。明日にはここを出ていく。長期休みなるからね」


「嫌、いや!!」


あかねさんは僕に抱きついてきた。僕はそれをしっかり受け止める。これも最後になるのかと思って。


「嫌だ! ずっと燈雅くんと一緒にいる! 絶対離れない……!」


胸が焼けるように熱くなった。あかねさんの体温を感じる。僕の服を伝うあかねさんの涙が伝わる。泣き崩れるあかねさんを僕もギュッと抱きしめた。


「ごめん。最後にこんなことを言って。でも、仕方がないことなんだよ」


「バカ!! 燈雅くんのバカぁぁぁ!!」


あかねさんは僕の名前を呼んでわんわん泣いた。部屋の外に声が漏れるくらい、大きな声で泣いた。僕も苦しかった。


こんな分かれ方しかできない僕をどうか許してほしい。どれだけ罵倒されてもいい。どれだけ泣かれてもいい。僕は受け止めると決意したのだから。これが陰キャである僕ができる精一杯の甘やかしだった。辛い、苦しい、悲しい、その先には闇しかないのかもしれない。でも、僕はいずれあかねさんに光が差し込んでくれることを願ってその日を終えた。



___翌日


僕は最後の荷物を母さんの車に詰め込んだ。


美空さんや、大輝さんや、月島さん。本当にお世話になった。


「じゃあ、僕は行きます」


「燈雅くん。本当にありがとうな。君が来てくれたことを心から感謝するよ」


「そんな大輝さんの器の大きさで言ったら僕のほうがまだ小さいですから」


「私からもありがとうね。あかねのことをよく見てくれて助かったわ」


珠空さんはそう言うと僕にハグをしてきた。


「このハグは、これからたくさんあかねさんにしてあげてください」


「ええ、そうするわ」


そう言うと珠空さんは僕から離れた。


そして、母さんが準備ができたということで、僕は車に乗り込むことにした。名残惜しいけど、お別れだ。あかねさんがこの場にいないのが残念だけど、部屋から見てくれていると信じよう。


「では、また」


「ああ、また用があったら連絡させてもらうよ」


「いつでもお待ちしてます」


それだけ言うと車の窓を開けたまま僕を乗せた車は走り出した。


泣きたいのを必死に堪えて、僕は天月邸をあとにした。









次回最終話です。

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