第4話

「あ、えっと……寝ぼけてないよね?」


「なんのことかわからない……」


「ええ……」


あかねさんが朝ごはんを食べている間に僕は学校に行く用意を済まして、家を出ようとしたのだけれど、そこをちょうど食べ終えて部屋に戻ろうとしていたあかねさんに見つかってしまった。


そして、今に至る。僕のベッドの上でがっちりホールドされて身動きができなくなった僕は、珠空さんの意向で車で送ってもらえることになった。登校初日からついてない。もちろん、あかねさんに抱きつかれるのが嫌というわけではない。


「学校に行きたいんですけど……」


「……先に行ったら学校でこの関係を大声で言うからね?」


「それって、普通僕がやることでは?」


「……うるさい」


「すみませんでした……」


怒られてしまってはキリがないので、ここは素直に甘えてもらうほうが身のためかもしれない。あいにく珠空さんはみんなが登校している時間帯から少しずらして車を出してくれるため、学校に着き次第僕が早めに教室に入れば良い。


「……月波くんは私と登校するのが嫌なの?」


ふとあかねさんがそんなことを聞いてきた。


「嫌ってわけじゃないけど……色々立場的にまずい気がして」


「むう……」


「ほら、すぐ拗ねないでくださいよ。僕だって別に意地悪したくていってるわけじゃないんです。ただ、あかねさんはこの家のお嬢様。それに比べて僕はただの高校生です。見た目も立場も天と地の差があるんですよ」


僕は腕の中に甘えてくるあかねさんの頭を撫でながら話した。


僕とあかねさんの関係はただの関係じゃない。普通に生きていれば交わることのなかった僕たちは周りからすればおかしいことだと思われてしまう。例え、それをあかねさんが否定しても、僕はこのことを隠しておきたいと思う。今こうしてあかねさんが僕の腕の中で甘えていられるのだって、いつ終わるのかわからないのだ。


それに、僕がここにいるのは大輝さんの頼みであって、実際に言えば、僕はここにいる事自体おかしいことだ。あかねさんのズボラな性格が収まってきたときが潮時だろう。その時に僕はあかねさんの救いになれていたのか聞いてから別れようと思っている。


「ですから、学校ではいつもどおり過ごしましょう。家に帰ったらいくらでも今のように甘えることも許します。本はといえ、僕のお節介が招いたことですし、家出の僕はあかねさんの言う通りにしますよ」


「……わかった」


「ありがとうございます」


それから数分経って僕たちは学校に向かった。


車の中でもベッタリくっついているあかねさんを珠空さんはニコニコ笑って見ていた。僕はというと切り替えるためにスマホで動画を見ながらあかねさんの頭を撫でた。



車に乗ること数分後、学校に着いたは良いものの……


「天月さん、できれば僕の隣あるかないでもらいたんですけど……」


「なんでですか? それと名前呼びにしてください」


「名前呼びは家でだけで、あと、妙に距離近くない?」


来る前に言ったことを完全無視して校舎内を歩いたため、周りからは驚きの視線が向けられていた。


__おい、嘘だろ……


__何? どうなってんのこれ?


__あの、天月さんが、同じクラスの月波の隣を歩いてるだと?!


とまあ、こんな感じで驚きの声も上がっていた。それりゃそうだ。学校一の美女が陰キャの僕の隣を肩を揃えて歩いているのだから。


そのまま教室に入いろうものなら、この騒ぎ。


「おい、月波!? これはどういうことだよ!?」


「そうだ説明しろ!? なんでお前が天月さんと登校しているんだよ!?」


「それは……その……」


あかねさんが車で登校していることは学校中では固定観念なので偶然居合わせたなんて言い訳は通用しない。つまり、完全に詰みということだ。


あかねさんはと言うとあかねさんもあかねさんで女子に囲まれていたけど、僕たちとは違う話して盛り上がっているようだった。


その日は一日質問攻めにあっていた。


先にあかねさんの家に帰った僕はカバンを置いてから疲れを取るためにベッドに寝っ転がった。


「あー疲れたー」


一日中、聞かれたことに対しての対応をしていたため、相当な疲労が溜まった。休み明けだと言うのになぜこんなにも疲れなければいけないのか。


__コンコンッ


「月波くん? いるかしら?」


「います」


声の主は珠空さんだった。なにか野暮用なのかな。


「どうかしましたか?」


「そのね、今日のことなんだけど。大変だったみたいね」


「まあ、それなりに。でも、あかねさんが悪いとかじゃないので、珠空さんが輝にする必要はありませんよ」


「そう? ならいいんだけど、私としても月波くんには迷惑をかけたくないのよ。ただただ大輝さんのお願いでやってくれているのかなと思うと、あかねにはしっかり言っておかなきゃいけないと思うの」


珠空さんはちゃんとした母親だ。家族でもない、ただあかねさんのお世話係として雇われている僕にここまでの気を使ってくれるなんて。僕はこの人の信頼に応えられているだろうか。


「……僕にはあかねさんのやりたいこと、何を思っているかなんてわかりません。でも、あかねさんが僕を頼ってくれるように、珠空さんが僕を信頼してくれるのであれば、僕は全力でそれに応えます。例えそれが僕にとっての迷惑でも、僕が必要にならなくなるまでそばにいますよ。そう……約束したので」


「ふふ、頼もしいわね。あなたにあかねを任せて正解だったわ。これからもよろしくね?」


「はい、こちらこそ」


僕がお礼を言うと珠空さんは鼻歌を歌いながら夕ご飯の支度をしに行った。


ごきげんな人だな。


「約束、か……」


「約束がどうかしたんですか?」


「うわっ……アカネさん!?」


「ふふ、いい反応」


後ろにいたことに気づかず、思わず声を上げてしまった。この人くノ一にでもなれるのか?


「どうでした今日一日」


「どうでしたって、はぁ……少し寝ます」


「え、なんでですか?」


「なんでだろうね。自分で考えてみてください」


僕はそれだけ言って自分の部屋に入った。


あかねさんの思いには応えたい。でも、今日みたいなことが起きるとさすがの僕も黙っていられない。たかがお世話ががりに任命された僕があかねさんと肩を並べて歩くのはまだ先が遠い。


そして、僕は眠りについた。


「んん……」


目を覚ましたのは時刻が8時を回った頃だった。まだわずかに思い瞼を開くと__


「あ、起きた」


「いや、なんでいるんですか」


「だって、起こそうとしたのに全然起きてくれないから」


「いや、そういう問題じゃなくてですね」


この人今自分が何をしているか自覚していないのか???


同い年だからとはいえ男子の寝ているベッドに入り込んでくるなんて正気じゃないでしょ。


「あかねさんって本当に羞恥心とかないんですか? 抱かれた時は驚くくせに」


「うーん……月波くんの寝顔が見れたからよし?」


「うん、何も良くないよ?」


ニヤニヤしながら僕の部屋を出ていったあかねさんを見ながら、僕は俯いた。


「心臓に悪い……」


夜ご飯前なのに、こんなの卑怯だろ……


今日はあかねさんに負けっぱなしだ。僕はいずれあかねさんを手懐ける事ができるのだろうか……


いや、もう懐いているのか? ますますわからん。

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